第16話 信用出来る武器を持って集まれ

 街に戻り、アルヴィは自分が借りているスレイヤー用の部屋に二人を通した。

 木造アパートの狭い一室だが、一階に共用の風呂が付いているのはこの街では贅沢な方だ。住人以外もお金を払って入りに来る立派な風呂である。


 一つしかない狭いベッドにまだ気を失ったままのオルを寝かせると、鼻をひくひくさせてうっすらと目を開いた。


「アルヴィの……匂い……」

「なっ……! しっ……仕方ないだろうが! 嫌なら床に寝かすぞ!」


 スレイヤーにしては小綺麗にしている方だが、匂いなどと言われてアルヴィはそう怒鳴り付ける。

 だがオルは安心した様な顔でまた目を閉じたのだった。

 ガストーネに寝かされていなかったので単純に身体が睡眠を欲しているのだろう。ユニの一撃によるダメージはなさそうだ。


「傷跡は残るか?」


 寝息を立てるオルの顔の傷を見てユニに聞く。スレイヤーの傷など勲章の様なものだが、こんな形で残る傷は無い方が良い。


「どんなにお金を積んででも腕の良い医者、回復術師に見せます……と言いたいところですが、私はもう、パーシーを裏切った事で、ジュールノンにも戻れません。後悔していない筈なのに、こんな時にとっさに甘い事を考えてしまう癖は直さないといけませんね……」

「いや、悪い。出てる」

「はい、お任せください」


 手当をユニに任せ外へ出る。空を見ると何だか黒い雲が迫って来ている様な……、いつもと変わらない様な……きっと自分は怯えているのだ。


 碧龍は恐らく、グリゼーを仕留めて今は身体を休めているところだろう。一方的だったとは言えかなり老体にも見えた。消耗した体力を回復したい筈だ。


 そしてその後……、どこへ行くか……。


 ジーダの屋敷から一番近く人間が集まっている場所は此処だ。当然火も使う。となれば考えるまでもなく、此処へ来るだろう。いつもの様に一番最悪なケースを想定しておくべきだ。


 一番最悪なのは、碧龍が休憩なんかを必要とせず、感知出来る火を一気に全部消し滅ぼさなきゃ寝ない事。

 最悪過ぎるがそうなった場合、この状況を早く街の住人に知らせて避難してもらわなければ。そうじゃなくても避難はしてもらった方が良いに決まっている。

 だがアルヴィは声を大にして誰かに何かを訴えるなんて出来ない。

 誰かに話して代わりにその役目をやってもらおう。


「……」


 だが一体誰を頼れば……、と、アルヴィは思考が固まる。

 誰か……、顔が広く、真意はともかくこの街の信頼を得ている知り合いは……。


「いつもにもまして辛気臭ぇな。独りぼっちで突っ立ってよぉ。背中越しでもてめぇの顔が想像出来るぜ」


 アパート前の通りで腕組をし、度々思考停止を繰り返していたアルヴィに低い声が話し掛けた。聞き覚えのある声だ。

 案の定、後ろを振り返るとエウロが居る。


「聞いたぜ、エフィリアに随分手荒な事をしたみてぇだな。それも石の家のスレイヤーを大勢巻き込んでよ、一体何のつもりだったんだよ。お前みたいのがそんな派手な真似するなんてよぅ。今石の家じゃエフィリアの手伝いをしていた入ったばかりの新人があいつの分まで仕事してるぜ」


 エウロか……と、アルヴィは品定めする様にエウロを見た。何か喋っていた様だがそれはどうでも良い。

 長年大人数のカルムの長をしているので顔が広く、真意はともかくこの街の信頼を得ていると言う条件もクリアしている。それに何より、選んでいられる場合じゃない。


「てめぇ……何か厄介事抱え込んできやがったな」

「……何で分かった?」


 意外そうな顔をするアルヴィにエウロは腹を立てた。様子がおかしいのを隠そうともしなかったくせにと。


「けっ! 相変わらず俺を侮る」

「確かにそうだ……」

「だから嫌いなんだよ」 


 ぷいと憎まれ口を叩いて立ち去ろうするエウロにアルヴィは追い縋った。


「手を貸して欲しい!」


 嫌いだと言われた直後だしアルヴィだってエウロが嫌いだ。だがお互いに好き嫌いを言っていられない時はある。アルヴィの思いがけない言葉にエウロは驚き、足を止めて聞いた。


「は? お前が? 俺の?」

「……そうだ」


 エウロは怪訝そうにアルヴィを眺めながら顎髭を撫でたが、ふいにニヤリと口角を上げた。


「……ふんっ、おもしれぇ、嫌いなお前に貸しを作っておくのも悪かねぇな」


 怒って立ち去られてもおかしくない状況だったが、エウロはそう言った。アルヴィとしても、貸しだと言ってくれた方が助かる。善意でエウロに助けてもらうなど気持ちが悪いからだ。

 言ってみろよと偉そうにふんぞり返ってエウロが腕組をする。何から話そうか少し考えたアルヴィに「早く言え」と顎をしゃくった。

 もともと話すのは上手くない。端的にしようとアルヴィはまずこう言った。


「色々あって碧龍が目覚めた」

「……」

「……此処の火にも気付く距離だ。人を集めて……いやまずは街の住人を避難させて欲しい」


 一応相槌を待ったがエウロが黙ったままだったのでアルヴィはそう続ける。


「お前が冗談言うとこ初めて聞いたぜ。クソ面白くねぇ」

「冗談も言える性質だがこれは冗談じゃない」

「ふっ! ちっと面白くなったぜ」


 エウロは笑ったが、アルヴィが冗談を言っているワケではないのは最初から分かっている。


「……で、なんでそんな事しなきゃならねぇんだよ」

「碧龍が来たら上空を通過するだけで死者が出る」

「だから、なんで俺が住人の為に逃げろなんて言ってやる必要があるんだよ」

「前線にはスレイヤーが出れば良い。だがそうでない者は避難……」

「くだらねぇなぁ!」


 アルヴィの言葉を遮り、エウロが太い指でアルヴィの胸の辺りをトントンと叩きながら言う。


「良いか? 俺は住人に逃げろなんて声を掛けるのはごめんだ。だがスレイヤーに集まれと言うのならやってやるぜ!」


 最後にゴリと指を押し付け、突き放す。指だけで少しよろけてしまうのに腹が立つアルヴィ。まったくエウロは馬鹿力だ。


「まぁ、碧龍を殺る為にスレイヤーが集まってたら……結果住人達は勝手に逃げるかもな」

「……分かった」

「へへっ、面白ぇじゃねぇかよ、伝説の碧龍たぁ腕が鳴る。まぁ最悪こっちにゃ無敵のオーガ様もおいでだ。せいぜい役に立ってもらえよ、お前のカルムだ」

「あ、それは当てにしない方が良い」


 アルヴィはすぐにそう反応した。どうあっても参加すると言うだろうが出来ればあのまま寝かせておきたいくらいだ。


「おお! 言う様になったじゃねぇか! そうだよ! 別にオーガの力なんかなくても俺達だけで碧龍を追い払ってみせらぁ!!」

「いや、そう言う意味じゃなくて……」

「よーし盛り上がって来たぜ! で? どっから、いつ来やがるかは分かってんのか?」

「方向は分かるが……」

「いつ出た」

「今日だ。本当は違うが、火の元をグリゼーだと思って飛んで来て戦って……たぶんグリゼーは死んだ」

「はぁ? なんちゅー状況だよそりゃあ……」


 自分でも特殊な状況だなと思うアルヴィ。でも作り話ではない。


「て事ぁ、その後やつはグリゼーを喰うだろうな」


 信じて聞いてくれているエウロに感謝する。


「喰ったらひと眠りってのが大型ドラゴンの共通点よ。しかもグリゼーを喰うなら喰うのにも苦労すんだろ、ちったぁ時間はありそうだな」


 グリゼーの鱗はドラゴン種の中でもかなり硬質な部類だ。ただそれが碧龍の牙にどれだけ抗えるかと思うと……そう期待は出来なさそうだが。量があるのに間違いはない。自分と同等以上の身体だったのだから。


「迫って来るならまずあの方角から雷雲が見える筈だ。日が暮れたら分かりにくいが……倒すつもりなら今すぐ人を集めて寝込みを襲った方が良い。最初の攻撃でどこまで削れるかだ」

「ダメだ。こっちから仕掛けるにしろ迎撃するにしろ夜は良くねぇ。暗闇は人間の味方はしてくれねぇよ」


 エウロの言う事ももっともだが、碧龍とまともに対峙したらいくら人数をかき集めたところで勝てる未来が見えない。


「そりゃそうかも知れないが寝込みを襲えるのは今しか……」

「見張り台には早速誰か一人立たせる。とにかく準備だ。一番信用出来る武器を持って石の家に集まれ」

「……分かった」


 あまり言ってエウロの機嫌を損ねるのも得策ではないと思い、とりあえずはエウロに従う姿勢を見せたアルヴィ。


「さーて、俺もメンバーを集めて……」


 パシンと作った拳をもう片方の手のひらにぶつけて音を出すエウロ。そこへタイミング良くエウロズのメンバーが現れる。


「何やってるんだエウロ?」

「おう! 良い所に来た、忙しくなって来やがったんだよ!」


 エウロは恐らく、強大な敵に立ち向かえる事をチャンスだと思っているのだ。オルの様に。だが実際に碧龍を見てもオルと同じで居られるだろうか……。


「じゃあ、後で石の家へ行く。よろしく頼む」

「おう、怖くなったら来なくても良い、じゃあな」


 エウロズのメンバーは、アルヴィがエウロによろしくなんて言っているのを聞いただけで、これは何かただならぬ事が起きると予想するのだった。

 どこか陽気に去って行くエウロ達の後ろ姿を見送って、アルヴィは溜息を吐く。どうにも良くない。

 嫌な予感を抱えたまま、とりあえず自室へ戻る事にしてアルヴィは自宅のドアをノックしようとすると……。


 ゴンッ……!


「うっ?!」

「うわぁっ……!」


 勢い良くドアが開いてオルが飛び出して来たではないか。


「お……ま……」


 完全に不意を突かれ、ドアで額を強打したアルヴィは、そこを両手で押さえながらオルを睨んだ。


「ごめん!」


 血とか涙とかで汚れていた顔も体もユニが綺麗にしてくれた様だ。ところどころにガーゼが貼ってある。


「でもっ! 急がなきゃと思って!」


 どうやら意識を取り戻した途端に碧龍の事を思い出したのだろう。


「待て待て落ち着け! 一旦戻れ! 色々話しもある!」


 今にも駆け出しそうな勢いのオルをアルヴィが必死で止める。オルの背後で、ユニが何かを持って振り上げたのが見えたからだ。


「わ、分かったよ」


 アルヴィのただならぬ様子に部屋へ戻るオル。


「お帰りなさいませアルヴィ様」


 何食わぬ顔でそう言うユニの手には、人を殺せる分厚さと言われているスレイヤー必読の武器全集が握られていたのだった。


「もう、大丈夫なのか?」


 オルがぶんぶんと首を縦に振るがアルヴィはユニに尋ねた。


「見た目ほど大きな怪我はありませんでした」

「本当か? だってあんなに……」


 信じられずにオルを見るが、言われてみればだいぶ顔色が良くなっている。


「もう痛くないよ!」

「寝かせてもらえなかった事で体力が大きく落ち込んでいたんですね。オーガ族は睡眠による回復力に優れていて、少しの睡眠でも普段通りのパフォーマンスが可能だと聞いた事があります。逆に不眠よる能力の低下は人間以上だとか……」


 言葉少なに済ませたオルに変わり、ユニがそう続けた。ガストーネはそう言った知識も持った上でオルに的確な調教をしていたのだろう。

 それで行くと、竜車の中で睡眠をとった事でかなり回復出来た様だ。強制的にユニに意識を飛ばされたのはある意味で正解だったのかも知れない。


「擦り傷や打撲など多数ありましたが、骨や筋肉に関わる様な傷は一つも。いずれパーシーに渡す計画だったのですから当然と言えば当然ですね」

「そうか」

「ねっ!」


 何が、ねっ! なのかオルはソワソワ両腕を走れる形にしてこちらを見る。


「まぁ待て、俺達だけで行ったところで無駄死に確定なのは分かるだろ?」

「だからって……!」

「だからって! スレイヤーの仕事を放り出すとも言ってない。ただそれなら大勢に仕事を手伝ってもらおうって事だ」

「大勢……?」

「ああ、エウロが人を……、スレイヤーを集めている。爺さん達もそうしたんだ」


 わぁ、と顔を輝かせるオルと、真顔のまま固まったユニ。


「もちろん強制参加って事じゃないからユニは……」

「それでしたら私も行きます!」


 きっと無茶だと言われると思っていた。思っていたからある程度、そう言われた時に何と言って説得するか少し考えたりもした。

 それなのにこんな想定外の返事をされては……、アルヴィはもう何と言ったら良いか分からないではないか。


「……本気か?」

「もちろんです」


 エウロは碧龍を見てもいないのに討伐してやると息巻いた。ユニはあの地獄を一緒に経験して尚討伐に参加すると言っている。どちらもバカなのではと思ったが、自分もバカだった。だが自分には死ぬ覚悟もある。もちろん別に負けに行く気はない。それは死ぬ覚悟がある事と矛盾する事ではないのだ。


「ユニ・エインズワースは、すでに死んだ身ですし」


 ユニの方がよっぽど覚悟があるのかも知れない。止めても無駄な人間と言うのは、まぁ目を見れば分かる。


「……なら、ありったけの爆弾を準備してもらうとして問題は……」


 ユニと同じ目をしているオルに向き直るアルヴィ。多少睡眠を取ったところで、例のチョーカーをどうにかしなければ元通りとは言えない。


「お前……、いくら怪我がなくても今はただの人以下だぞ? 武器も扱えないし魔術も使えない、爆弾を作る事も出来ない」

「頑張るよ!」

「いやどう頑張るつもりなんだよ何も考えてないだろ!」


 もしかしたらオルがしょげ返ってお留守番をしていると言い出さないかと思い酷い事……ただし本当の事を言ったがオルにはノーダメージだった。


「エフィリアさんを逃がさず拘束しておけば良かったです……。指の一本も折る前に言葉の脅しだけであっさりチョーカーの封印を解いたに違いありません」


 うーんと唸るユニ。


「え? 何で? エフィリアがどうかしたの?」


 何も分かっていないオル。


「お前どうして力が出なくなったか分かってないのか」

「アルヴィ知ってるの? ユニも?」


 オルはそう言って二人の顔を交互に見た。なるほど、どうやら気合いで頑張ればどうにかなるとでも思っていたのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る