第13話 爆弾

「おい……すぐにやめさせろ……!」


 頭で考えるより先に身体が動いて、アルヴィはガストーネの胸倉をぐいと掴んでいた。


「おっと……、ひひっ、血の気の多い坊ちゃんだな、大丈夫、心配しなくてもなかなか頑丈な奴だったからそう簡単に意識を飛ばしたりしねぇよ。ちゃんとあんたにもやらせてやるか……らがぁっ……!!」

「あ……」


 しまった。

 思い切り殴ってから我に返る。殴ると言うよりは拳で床に叩き付けたので、不意を突かれたガストーネは反応出来ずに頭を床に打ち付け、そのまま……気絶してしまった。

 それに気付いた護衛達が何事かと駆け付けて来る。もう良い。ここまで来れば十分だ。

 やってやる! そう思ったアルヴィは背中に手を回した。


「んっ……?」


 いつもある筈の感覚がない。大剣のグリップに辿り着く筈だった右手は虚しく空を掴む。

 ああ、そうだ、アルヴィは今スレイヤーではなく、仮面舞踏会の会場を探す資産家のお坊ちゃんだったのだと思い出した。

 いくらなんでも武器が要る。今まで戦闘に突入した際のシミュレーションは間抜けな事に愛剣をもっている前提の話しであった。


「クッソ……!」


 自分のバカさ加減に打ちのめされそうになりながら、アルヴィは倒れているガストーネの身体に巻き付けられていた器具を漁る。ないよりはマシだ。どう扱うか見当も付かない鉄製の器具を両手に一つずつ頂いた。


 そして護衛を振り切り、とにかく声がした方へ走る。

 突き当りを左だ。すると、曲がってすぐのところに、扉もなく、調教部屋が広がっていた。

 壁にはやはり良く分からない調教用の器具が色々掛けられていて、そこに備え付けてある手枷に……オルが繋がれていた。


「……!」


 調教? これはただの、拷問じゃないのか……。とんでもない極悪人に、今までやった悪事を全部吐かせる為にやる拷問じゃないのか。


「何だあんた?」


 きらびやかな舞踏会用の衣装に身を包み、両手には調教用の器具、まだ年若い見知らぬ男が鬼の形相で賭け込んで来たのだ。ガストーネの情報通り三人居た調教師は皆困惑して立ち尽くした。


 カッ! と、履き慣れない立派なブーツの高い踵が、アルヴィが飛び出したと同時に鳴り響く。


「なっ……! うぐっ!」


 こんな奴ら、武器がなくても問題ない。動けない人間を相手に、三人掛かりで痛め付けるのが仕事だと? こんな奴らに……!


 怒りに任せて突き出した腕は器具ごと調教師の顔にめり込んだ。それを見てすっかり腰が引けた二人にもお見舞いしてやる。左腕で一撃、もう一人は頭突きだ。


「ぎゃっ……!」

「あぐぁっっ!」


 このくらいで倒れるなとばかりに、アルヴィは倒れた調教師の一人に馬乗りになって握っていた調教用器具を振り上げる。だが後ろに護衛が追い付いて来た様だ。ドカドカと足音が聞こえて「離れろ!」と威嚇された。

 アルヴィはすぐに立ち上がり標的を護衛達に切り替える。調教師よりはやれる筈だ。そしてこちらに武器はない。更に後ろから新たな足音も聞こえて来る。一つ一つ素早く片付けなければどんどん増援を呼ばれてしまうだろう。ならば睨み合っている時間などない。


 また一気に距離を詰めて、護衛の一人に飛び膝蹴りを見舞うアルヴィ。さすが調教師とは違い、護衛は咄嗟に腕をクロスさせて防ごうと反応する。だがその腕に付けていた銀の手甲が逆に牙を剥いた様で、そのまま無抵抗に後ろへひっくり返った護衛の額からは血が流れていた。


「貴様っ!」


 同じ様に銀色の装備品を所々に付けている護衛が腰の剣を抜く。だが構える前に握っていた器具を思い切り投げ付けてやると、手首に当たったそれはそのまま剣を跳ね上げた。


「しまっ……!」


 宙を舞う剣を目で追う護衛。アルヴィはがら空きの護衛の顎に拳を叩き込んで昇天させた後、悠々と落ちて来る剣を受け止めた。

 普段使っている物よりだいぶ小さいが、これで武器が手に入った。


「アル……ヴィ……」

「寝てろ」


 オルの掠れた声が聞こえたが、そちらを見ないままでアルヴィはそう言った。

 また二人、新たな護衛が駆け付けた。もっと来るだろう。だが駆け付けた護衛はすでに五人もの仲間が倒れているのを見て、それだけで怯えた顔を見せた。


「普段はデカい獲物を相手にしてるんでな。手加減は出来ない」 


 言いながら切っ先を突き付ける。


 ジーダの護衛が何だ。

 スレイヤー上りが何だ。

 人間だろう。

 こちとらは現役だ。


 別に脅しではない。人間相手に剣を振る訓練など実際にしていないのだから。


「アルヴィ……!」


 オルが繋がれたままの鎖を外そうともがいているのか、ガシャリと鎖がぶつかり合う音が聞こえる。それでも、アルヴィはオルの方を見なかった。


「寝てろって言ってんだ!」


 すっかり委縮している護衛に向かい剣を水平に払う。同時にかかれと誰かの声がして、左右から斬り付けられたが何なくかわした。どうやら一気に増援が来ている様だ。囲まれる前に一人一人を倒していく。

 負ける気はしなかったが随分と騒ぎになってしまった様だ。これでは屋敷中の護衛全てを相手する事になる。

 しかし、それでも構わないと感じるくらいにはアルヴィのアドレナリンは放出されていた。


「うおあああ! えあああっ!」


 剣を振りながら雄叫びを上げた事などあっただろうか。

 アルヴィが剣を振る時、そこに怒りの感情が乗った事なんてないのだ。獲物に対してはいつもその生命力をリスペクトしている。

 だが今はふつふつと沸き起こる負の感情を吐き出すように、叩き付ける様に、アルヴィはひたすらに剣を振った。

 時には調教用の器具をぶん投げ、護衛の盾を奪って突進し、後ろから首を絞められた際は思い切り噛み付いてやったりもした。


 どのくらい立ち回ったか……、しかし数は減らない。


「?!」


 違う気配がした。人間ではない気配だ。そう、スレイヤーとして森に入った時に感じるあの気配。グリゼーを感じた時と同じ気配。


「どけっ!」


 アルヴィに群がる護衛達の後ろからそう声がして、彼らは道を開けるように左右に散った。

 息を整えながらそちらを見やると、護衛の後ろから現れたのはガストーネだ。そしてその傍らには三頭ものヴォルフが居て、それぞれがハッハと舌を出し涎を垂らしていた。

 ハイヴォルフより小型の種類で、二回りは小さい。だが知能はハイヴォルフより高いと言われている。確かに調教師ならヴォルフを従えるくらいワケはない筈だ。


「バカにしやがって……! ぶっ殺してやるからな! かかれぇぇ!!」


 ガストーネは目を血走らせてヴォルフをけしかけた。

 ガストーネにしてみれば、まんまと賊を内部へ引き入れた事になる。ジーダからどんなお咎めを食らうのか……、何としてもここでアルヴィを仕留めたいだろう。

 飛び掛かって来るヴォルフをかわすと、それを待っていたかの様に別のヴォルフが牙を剥いて突進して来る。使い慣れない剣で防いだところをもう一頭が来る。

 もともと知能が高く、集団で狩りをするのがこのヴォルフだが、それにしても良く訓練されている様だ。


「くっ……!」


 ぼんくらな護衛達よりよっぽど手強い。アルヴィはとうとうまともな攻撃を受けてしまい、その肩から血を流した。血の匂いにヴォルフが興奮し、まただらだらと涎を垂らす。


「ひひっ、どうだぁ? 俺の良い子達はよぉ……ひひひっ」


 ガストーネのいやらしい笑い声に、護衛達が良いぞと沸いた。自分の不甲斐なさは感じていないのか、プライドのない連中めとアルヴィは心の中で蔑む。


「さぁ~! 久しぶりのご馳走だぜぇ?! とっとと喰いちぎれぇー!」

「……頼むぞ」


 ガストーネの奇声に掻き消えたが、アルヴィはそう小さく祈り、刃こぼれの酷くなった剣を捨てた。アルヴィが戦っている間ずっと、がちゃがちゃと鎖を揺らしていたオルをチラリと見てから……。


「ふん、諦めたみてぇだな! だが今更降伏しても遅いんだよぉ!」

「こっちのセリフだ。もうどうなっても……、知らねぇぞ!」


 襲い来る三頭のヴォルフに向かい腕を突き出す。そしてその掌から立て続けに三つの火球が出て……くれば良いなぁと、アルヴィは思っていた。


 ボッ……!! ゴオォォッ……!!!


 だが、突き出した腕に一体なんの役目があったのか、飛び出したのはアルヴィの肩口あたりから、猛烈なエネルギーの火柱だ……。轟音と共に真上に伸びて一瞬で天井を破壊した。それでもまだ、その炎は燃え続け、薄暗かった地下を熱風で包み込む。


 ギャインッ! キャンッ!


 ヴォルフ達は驚いてすぐさま逃げ出し、護衛達もあまりの光景に何人もが腰を抜かす。


「なっ……何だこの炎は……」

「いくらなんでもめちゃくちゃじゃねーか! 何なんだこいつはぁ!」


 やはり希望通りの展開ではなかったが、とりあえずヴォルフは追い払い、護衛達にも良い威嚇になった。

 ただ……、とんでもなく派手な事をしてしまった。これはジーダとの戦争になりかねないが、そうなっても仕方がない覚悟で魔術を使ったのだ。

 ふいに火柱が消え、轟音がやみ、あたりが一気に冷えた。


「次はお前らを炭にする」


 その静けさの中で、アルヴィはそう言った。随分とわざとらしい演技じみた言い方だったが、その小さな声は妙に響いて護衛達を震え上がらせる。もちろん脅しだ。

 じり……と一歩近づくと護衛達も下がった。ガストーネもだ。さっきまでの狂気的な笑みも勢いも消え失せている。アルヴィがこのまま全員下がってくれと願った……その時だった。


 ジジ……。


 護衛達の後ろからポーンとボール状の物体が放物線を描いて、彼らの頭上に落ちてくるのが見えたのだ。

 あれは……と、アルヴィがそれを認識した途端、案の定それは爆発した。


「ギャッ……!」

「うわぁっ!!」


 それを中心に護衛達は放射線状に吹っ飛び、アルヴィにも衝撃波が来る。片腕で軽く顔をガードしてその隙間からボールが来た方を覗くと、爆発の際に出た煙がアルヴィの開けた天井の穴からもうもうと出て行ってそこに立つ人物の姿が明らかになって来た。


「何やってんだ……ユニ……!」


 極めて小さな声でだが、思わずそう漏らしてしまうアルヴィ。それもそうだろう、何故ならユニの両腕には尚も一つずつ爆弾が抱えられているのだ。


「ご無事ですか?! アルヴィ様!!」


 ああ、もうダメだとアルヴィは頭を抱えたくなった。どうしてこの状況で俺の心配をしてしまうのだと。いざとなったら人質になってくれと言ってあった筈なのに、これではパーシーですと名を偽った二人組の賊だ。

 しかも、アルヴィの炎にほとんどの人間が戦意を喪失していたと言うのに、何故要らない一撃を……。


「俺の事なんか良いんだよ! どう言うつもりだ!」

「あああ、途中で非常に状態の良い火薬用の草が保管されているのを見かけまして……つい!」


 言いながら右手に抱えていた爆弾を高々と掲げる。


「つい、で許される威力じゃなかっただろ……」

「うふふっ、本当に立派な草でした。野生でも商店でもお目にかかった事がありません! さすがはジーダファミリーと言ったところでしょうか……うふっ、うふふふ!」


 自分で掲げた爆弾をしみじみ眺めるユニは、またアルヴィが知らなかった一面を覗かせていた。まるで理解出来ないところに興奮を覚える姿は、何だかガストーネに感じた気味悪さにも似ている。


「こっ……この女……!」


 最初の爆風を逃れた護衛がユニに飛び掛かかろうとしたので、アルヴィは手放した剣を拾い上げ、それを投げ付けようと構えた。だがユニはその爆弾を護衛に突き出して、勇ましくこう言ったのだった。


「お気を付けください! こちらの爆弾に火は必要ありません。衝撃だけで爆発するタイプですので、むやみに私に触れると……」

「振れると……?」

「どかんっ!」

「いっ……?! そっ……そんなもの聞いた事が……」

「うふふっ、試してみますか? さっき投げた物とは比べ物にならない威力ですから、私と心中したい方は……ああ、ごめんなさい、そうでない方も巻き込んでしまうと思います」


 何だか生き生きしている……。さすが、オラール相手に逃げずに爆弾で対抗してみせただけの事はある。


「アルヴィ様!」


 おもむろにユニに爆弾を放り投げられ、アルヴィは慌ててそれを受け止めた。両手でふんわりと、優しく衝撃を殺す様にだ。

 そして片手の開いたユニは胸元に手を突っ込んで指に挟めるくらいの小さな爆弾を取り出し、くるりと護衛達に向き直る。


「アルヴィ様、オル様を!」


 爆弾で牽制しながらユニはアルヴィを誘導した。しっかりとオルの事を視界に入れての行動だった事に驚くアルヴィ。自分は自分が思う以上にオルの悲惨な姿に取り乱してしまったと言うのに……。


「おい……! 俺の……オーガに……近付くんじゃねぇ!」


 最初のユニの爆弾で倒れていたガストーネがしぶとく起き上がろうとしながらそう言った。どうやら護衛達よりも根性がある。

 俺のオーガだと? と、アルヴィはまたあっさり頭に血が上りそうになったが、ユニがぽとりと胸元から出した小さな爆弾をガストーネの近くに落とした。


 バンッ……!


「あぎゃっ!」


 それはガストーネの顔面で爆発し、殺傷能力や範囲は劣るものの、相手の気持ちを削ぐのには十分役に立った様だ。

 ガストーネはチクショウチクショウと顔面を押さえながら床をのたうち回っている。その時、ガストーネのベルトに付いていた鍵の束がジャラジャラと鳴った。


「あら、ありがとうございます」


 使えるかも知れません、とユニは手早くそれを外してはまたアルヴィに投げる。アルヴィは慎重に爆弾を片手だけで抱えるとそれを受け取った。


「……お前……凄いな」

「早く」


 おそらく大切であろう鍵の束を奪われ、それでも尚のたうち回るしか出来ないガストーネに目を奪われていたアルヴィは、そう急かされていよいよオルに近付いた。

 護衛達はどうする事も出来ずにユニと睨めっこを続けるしかない。アルヴィを狙おうにも同じ爆弾を持っているのだから。

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