第12話 潜入

 辺りを警戒しながら屋敷に近付き、その建物沿いに歩いて侵入経路を探す事にする。

 かなり大きな屋敷だ。探すのも大変そうだが、ユニの言う様にこちらも身を隠しやすいかも知れない。

 屋敷の周りには手入れの行き届いた花壇が並んでいるが……、どうも良くない植物の様な気がしてならない。見た事のない、とても観賞用とは思えないグロテスクな色や形の物ばかりなのである。


 上を見上げれば、屋敷の上に何本か塔まで立っている。これはもう、屋敷と言うよりは一国家の城だ。さしずめ自分は囚われの姫を救出に来た騎士かと、自分で妄想して首を振る。そんなにスマートに行く筈もない。


「あれ、イケそうだな……」


 目線よりもたいぶ高い場所だったが、通気口だろうか? それでも人が通れそうなくらいの穴が開いているのを発見した。鉄の格子が付いているがそれでも隙間を潜っていけそうなくらい大きい。


「色々とデカくて助かる」


 アルヴィはまず近くの木によじ登り、そこから鉄格子に向かって軽やかにジャンプした。衣装のせいで動きにくいがどうにか格子を掴む事が出来た。そこから腕の力で通気口の縁に足を掛ける。

 やはり格子も荒い。ぐいと腕と肩を通すと、そのまま全部をねじ込めそうだ。


「……」


 悔しいが、確かにスレイヤーらしからぬ細身の身体で助かったと言える。こんな隙間を通れてしまう事が少々悲しくはあったが考える前にアルヴィは強引に潜入した。

 幸い、潜入した先にも人影はない。気配もなさそうだ。

 良しと覚悟を決めて飛び降りる。着地の瞬間に膝をたたんでなるべく衝撃を逃がしたがそれでもそこそこの音は出てしまう。しばらくその姿勢のまま息を殺していたがどうやら誰かが駆け付けて来る事はなさそうだ。ふぅと息を吐きながらゆっくり立ち上がる。


 ここは生活空間ではなさそうだ。

 左右に木製の扉が並んでいるが壁や天井に何も装飾がない。灰色のそっけない石造りだ。

 度々仮面舞踏会なんて派手な催しをやる連中なら常に見る景色がこんな殺風景な筈はないではないか。おそらくここは倉庫か何かなのだろう。


 試しに一番手前の木製扉を引っ張ってみたらワケなく開いた。入ってみると、どうやら穀物類の保管に使われている様だ。他の部屋も恐らくはそんな用途ではないかと思われる。もしかしたらイケない粉なんかもあるかも知れない。

 潜入ポイントとしては上出来と言えるだろう。


 あとはこの屋敷でちゃんとオルが居る所に辿り着けるかだが、悩んでいても仕方がない。アルヴィはとりあえず自分の勘を信じて歩き出した。

 生活空間、倉庫、客間、そして調教部屋……なんてものがあるとしたら、きっと倉庫よりももっと奥ではないだろうか。

 ただでさえジーダの屋敷は森の奥にひっそりと……、屋敷そのものの大きさはそうは言えないが、大樹と山の間に見付からない様に建てられている。人道外れた調教など見られたくない筈だ。


 正面玄関から奥へ、奥へ……。自分の勘を信じて進む。人が居なさそうな方、オルが居そうな方……。何の理論もない。スレイヤーの勘だ。そう言って信じる人間が何人いるか分からないが紛れもない勘だけで、実はアルヴィは確実にオルに近付いていた。


 ああ、ここだ。


 ほぼ確信に近い形で、アルヴィは発見した地下へ続く階段を下りる。しかし、その先には人の気配がある。それはそうだろう。

 だが、進まなければならないと思う。どうする……。もうここからは戦闘になっても仕方がないか……。だが万が一この先にオルが居なければもう手立てを失う。

 極めて冷静に事を運んで来たアルヴィの心臓が早鐘を打つ。

 すると、終わりの見えないその階段の下から何者かが上って来る音が聞こえて来たではないか。

 背を向けて立ち去るか、戦闘に突入するか……、少しだけ悩んで、アルヴィはそのまま進む事にした。ただし、大きな足音を立てて。

 下からの足音も近付いてくる。当然アルヴィの足音にも気付いている筈だ。


 そして、薄暗いその階段の先から一人の男の姿が確認出来た。男が何か言う前に、アルヴィは一世一代の大芝居を仕掛ける。


「パーティ会場はどこだ?」


 自分で言っていて吹き出してしまいそうだ。何故自分がおかしな仮面を付けてパーティに参加したがらなきゃならないのか。


「あ……? 何だ? あんたお客人ですかい?」


 門番や玄関で出迎えた使用人達とは明らかに様子が違う。偉い身分なのか、そもそも仕事の内容が違うからなのか、アルヴィに遜る様子は見せなかった。だがアルヴィの事をお客人と言った。それならばとアルヴィは続ける。


「そうだ。妹のユニと共に招かれたがちょっと迷ったんだ。俺……私は、パーシーの者だ」

「あー、ひひっ! あんたパーシーの人かよ! いつも世話になってんな。俺は調教師のガストーネってんだ。あんたみたいな変態のお陰で俺も毎日ハッピーだぜぇ?」


 調教師……。

 この感じだとこいつはジーダの人間ではなく、外部から雇われたその道のプロと言う事なのだろう。そんな職業の者が居るとは驚きだが、ここで調教師に鉢合わせたと言う事は、やはりこの先にオルが居ると見て間違いなさそうだ。


 ガストーネと名乗った中年の男はそのままへらへらとアルヴィに近付き、手袋を取ってその手をアルヴィに差し出した。手袋も着ている物も茶色の質素な物だったが、その身体には良く分からない器具がごてごてと巻き付けてある。調教用の何かなのだろう。


「どうも」


 正直あまり触れたいとは思わなかったがアルヴィは差し出された手を握った。スレイヤーの手とは随分違う。


「しかしどんな迷い方をしたんだか、こんなとこに迷い込んじまうとはねぇ、ひひっ! 悪いが俺ぁパーティ会場なんてもんは知らねぇよ」

「そうか、なら良い。パーティは諦める。その代わりお前の職場を見せてもらおう」

「へあぁ?!」


 おかしな声を出してガストーネが驚く。そしてその後、盛大に吹き出して笑った。


「ひはははっ! こりゃ良いや! やっぱパーシーの人間なんてのはどうしようもねぇ変態ばかりなんだなぁ! 調教してるとこが見たいのか?」


 悪趣味極まりない。そんなワケがあるかと殴ってお終いにしてしまいたいがアルヴィはグッと堪えて言った。


「……そうだ」

「ひははははっ! 良いねぇ、欲望に正直なのは良いよぉ。人間誰しも嗜虐性を孕んでいるっつーこったぁ。だけどねぇお客人、今はダメだ。ちょっと特殊なもんに取り掛かってるから調教が済むまで見せられねぇよ、危険なんでね」


 特殊……。

 オルの事に違いない。アルヴィの身体の中の血がざわざわと騒ぎ出して気持ちが悪い。


「オーガか?」

「ひひっ、依頼主に特殊なもんだなんて濁す事ぁなかったか。まぁパーシーにも色々居るのかと思って一応気を使ったわけよ」

「ああ、俺が頼んだんだ」


 へぇ! とガストーネの細い目が興味深そうに見開かれた。


「お前の調教の腕を見てみたくなった。それによってはお前が望む仕事を直接回してやれるかも知れないぞ。それには調教前のオーガがどんな様子なのか見ておく必要がある」


 見る者が見れば、アルヴィが嘘を吐いているのなんて簡単に見抜くだろう。それくらいアルヴィの芝居は拙かった。

 だが、口から出まかせにしては説得力のある言い分だ。信じたガストーネは考える素振りを見せる。


「うーん……、そりゃ正直嬉しい申し出だがよぉ、ジーダを裏切ってパーシーと直接取引する勇気もねぇよ」

「なら報酬を増やすよう指示してやっても良い」

「別に報酬に不満はねぇ」


 ガストーネは金で動くタイプではない様だ。


「オーガが苦しんでいるところが見たい」


 ならばとそう口を開いたアルヴィに、ガストーネが嬉しそうに口元を歪ませた。


「ひひゃひゃっ! おいおい、ヤバいってあんた。もっとお上品なもんだろうよぉ、金持ちなんて人種はよぉ」

「仮面舞踏会にも飽きてるんだ」


 その答えもガストーネを喜ばせたらしい。ガストーネは顎を撫でながらアルヴィをしみじみ観察し、そして言った。


「俺はあんたみたいのがオーガの調教を見てどんな顔するのか見てみたくなったぜぇ……。仮面は外しな」

「……分かった」


 仮面の下から、まだ大人とは呼べないあどけなさの残る顔が現れて、ガストーネは益々愉快そうな表情になる。


「ひひっ……、良いね、調教したくなるお顔だぜぇ……。おっと失礼、今のは忘れてくれ」


 くるりとアルヴィに背を向け、来た階段をまた戻るガストーネ。

 長い階段だった。ようやく階段が終わると、地下にはほぼ空間は広がっていなかった。前方に続く通路のみだ。等間隔で発光性の鉱石が設置され、かろうじて足元のみを照らしている。

 そうしてしばらく歩き、前方に見えて来たのは上りの階段だ。


「調教室まで遠いのがちょっと面倒だが、まぁ仕方ねぇって分かるだろ?」

「ああ」


 長い階段を上り切ると、鉄製の重厚な扉が現れ、その扉の向こうは室外であった。

 振り返ると、そこには地下への扉のみで、後ろの木々の向こうには屋敷の塔が見える。地下通路を通って別の施設へ到着した様だ。


「こっちだ」

「……っ! 待て!」

「ああん?」


 大きな生き物の気配を感じて、アルヴィは神経を研ぎ澄ませた。


「何かいるぞ……、大型だ」

「あーあ、ひひっ、あいつの気配に気付いたのかい? 敏感だねぇ、スレイヤーの素質でもあるんじゃねぇか? 大丈夫だよ安心しな」


 こんなに気配を感じるのに、ガストーネはなんて事ないと揚々と歩き出し、ほらあれだと顎で岩間の陰に蹲っている何かを指した。


「嘘だろ……グリゼーじゃないか……」


 そこに居たのは、子供だがグリゼーと言う大型ドラゴンだった。

 正式にはない分類だが、スレイヤーの間では超大型、と言われる事もある。そしてドラゴン種の中では熱心に子育てをするタイプであり、子供に害を与えたらそれだけでは済まない。親も仕留めるつもりで挑まないといけない筈だ。何故かは解明はされていながグリゼーは自分の子供の居所が分かるからである。


「どうやって繋ぎ止めてるか知らないが……、親は仕留めたのか? もしまだならすぐに親が来るぞ」

「あーんた本当に詳しいねぇ」


 スレイヤーなら知っていて当然の知識だが、そう言われて喋り過ぎた事を咄嗟に誤魔化す。


「……ゴホン、お金持ちなら当然の教養だ」

「へぇ、そうなのかい。まぁ安心しな、親は仕留めちゃいないって聞いたがここがばれる事はないらしいぜ? 俺も詳しくは知らねぇがよ、この岩間に囲まれた空間は毎日結界術を掛け続けてるんだとよ。決まった時間に何人か術を使えるやつがやって来てはムニャムニャ言って帰ってくのを見た事がある。その証拠にもう半月も無事だからよぉ」


 半月も親が来ないと言う事は本当に大丈夫なのだろう。解明されていないグリゼーの生態だが、結界内であると子供を探知する事が出来ないらしい。


 キュゥン、キュゥオン……。


 と、弱々しくグリゼーの子供が鳴いた。子供とは言えアルヴィより遥かに大きい。ユニと洞窟の中で対峙したオラールの子供よりも今は少しだけ小さい様だ。オラールは子育てをしないのですぐに狩りが出来る様大きく生まれるが将来的にはグリゼーの方が大きく育つ。

 赤褐色の鱗、深い緑色の瞳、オラールにはなかった逞しい前足もある。その上で、背中にはオラール以上に大きく立派な翼があるのだ。

 一度だけ飛んでいる成体を見た事があるが、アルヴィが一番好きな大型ドラゴンである。それなのに……、気高きドラゴンの子供だと言うのに、なんと哀れな姿だろうか。


「まだ買い手は付いてねぇけど調教が可能か実験中なのよ。まぁ、無理なようなら上等な防具になってくれるから損はねぇって事だ」


 一見、傷は付いていない様に見えるが、良く見ると鱗と鱗の間から血が流れている。鱗を傷付けない様に苦痛を与えているのだ。


「……オーガの調教よりよっぽど危険だと思えるがな」

「まぁ知能が低い生き物だとなかなか痛みを覚えねぇから大変は大変だ。だがやっかいなのは信念やプライドがある奴よ。そう言う意味で危険なワケ。だけどよ……、そうでなくっちゃなぁ? ひひっ、やりがいがねぇってもんよ」


 ガストーネの話しを聞き流しながら、憐れなグリゼーを観察していると、その前足には青い枷が付いていた。


「あの足枷……」

「ああ、そうだぜ」


 あんたなら知ってるだろうと、特に説明もなくガストーネは肯定だけした。オルのチョーカーと同じ鉱石で作られている様だ。身に着けた者の力を奪うと言うその効力は生物全般に有効らしい。


「とんでもない貴重品だがあれがありゃオーガもドラゴンも怖かねぇ。ドラゴンみてぇなデカいのは自分の身体が重くて立ち上がる事でも出来ねぇんだからよ、ひひっ」


 悲し気な声を出してずっと蹲っているのはそのせいかと、アルヴィは益々やるせない気持ちになった。

 あながち……しくじった者をドラゴンに食わせて抹殺すると言うユニの冗談は冗談ではないのかも知れない。


「ドラゴンもやってみてぇのか? 絶対オーガの方が面白れぇから行こうぜ」


 アルヴィがグリゼーから目が離せなくなっているのに気付いたガストーネがそう言って先を促す。前方には……あの屋敷に比べたらだいぶ小さいが、石の家と同等くらいの建物が見える。二階はないようだが、実際は木造の石の家とは違い、重厚な石造りだ。


「オーガは今どんな様子なんだ、お前が休憩中と言う事はオーガも寝てるのか?」

「いやぁ? 痛みとか空腹とかよりも、寝ないのが一番しんどいんだよ、交代で寝かさない様にしてんのさぁ」

「……」


 オルがどんな目に合っていようと、冷静さを失わない様にしよう。アルヴィはそう思うのだが、冷静で居ようと思う時はすでに冷静ではない。


「一人か?」

「まさか、三人態勢だよ。でも俺がリーダーだ」

「他に護衛は?」

「さぁ……とりあえずまずあそこに二人」


 石造りの別宅……調教用の建物の前に、護衛が二人立っている。二人は近付いて来たアルヴィ達に緩く敬礼した。


「ご苦労さ~ん」

「休憩に行ったんじゃ?」

「あー、ちょっとお客人をエスコートしてんのさ」

「良いのか?」

「こちらパーシー家の坊ちゃんだぞ? パーシーさんがそうしたいって言ってんだ、お前断れるのか?」


 護衛は顔を見合わせて、結局はアルヴィ達を通した。

 スレイヤーでもない……護衛が二人と、調教師が全部で四人……。護衛に気付かれない様に軽く絞め落とす。ガストーネだけは合流前にぶん殴る。アルヴィの気持ちはすでに臨戦態勢だった。


 しかし、中へ入ると護衛はそこかしこに配置されていた。なるほどガストーネがいちいち認識出来る筈もないくらいだ。

 ここがジーダの核心部だとすれば、たかだか屋敷の護衛だと侮る事は出来ない。とにかく冷静に一人一人……。


「うああっ……!」

「!」


 オル……!

 オルだ。通路の向こうから、苦し気な声が聞こえた。

 冷静に冷静にと思っていたアルヴィの心臓が跳ねて、血は沸騰する。

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