第11話 仮面舞踏会
エフィリアの背中をすっかり見送ってからアルヴィが口を開く。
「なぁ……、ジーダってのは相当にヤバい組織なんだな。だったら……あいつの言う様にパーシーに渡ってから助け出した方が……」
「パーシー家に渡った時にオル様がすでに無事でない可能性も十分あるんですよ。むしろそうである可能性の方が高いんです」
「それもそうだが……。ドラゴンの糞って事は、大型ドラゴンをどうにか出来る様な組織って事だろう? やり合う事になったらさすがに二人も庇いながら……」
「え、アルヴィ様もしかして……」
ユニは口元を押さえてしばしアルヴィを見詰めた後「信じました?」と言いながら小首を傾げた。
「……嘘なのか……?」
真顔でそう聞くアルヴィが少し可笑しくてユニは笑った。
「ふふ。まぁ、嘘かどうかは分かりませんがね、ふふ」
やはり金持ちの言う事なんか信じられないのだとアルヴィは思い知る。
「ふふって何だよふふって。どっちだ? 居るのか居ないのか?」
「ごめんなさい、よほど大丈夫でしょう。少なくともそんな噂は聞いた事ありません。それにしても彼女は絵に描いた様な小悪党でした。騙せると思いましたので少し懲らしめようと……」
ドラゴンが居ないからと言って安心出来る相手ではないだろうが少しだけホッとしてアルヴィは額に滲んだ汗を拭った。
「俺も騙されたし、更にはその小悪党にも騙されたよ」
「お優し過ぎるのですね」
「……ジーダの屋敷はどこにあるのか知ってるのか?」
もう慰めなのか嫌味なのか分からないユニの言葉の真意を考えるのは止めてアルヴィは言った。
「はい。早速竜車を走らせましょう」
「竜車? ……ああ」
噴水の前にあったあの立派な竜車はやはりユニが乗って来た物だった様だ。
ユニはオルの危険に気付いてすぐに、パーシー家の竜車を自分で操ってやって来たのである。本来竜車を持っている様な人間は専門の御者に操縦を任せるのだが、ユニはこれまでも良く自分で竜車を操っては遠出したりしていた。やはり自由を求めて一度はスレイヤーになった様なお嬢様なのだ。
「立派なもんだな。初めて乗る」
「馬より揺れますのでお覚悟を」
そう言って慣れた手付きで手綱を握るユニ。後ろには豪奢な個室が繋がれていたが、ゆったり座っていられる気分ではない。十分なスペースがあったので隣りに座らせてもらった。
「はいやっ!」
軽快に竜車を走り出させるユニ。その横顔は何だか逞しい。
「近いのか?」
「残念ながら近いです」
前を見据えたまま険しい顔で言うユニ。あの穴の中でもマイペースに生き抜いていた、あの時のユニとはだいぶ印象が違う。
「近い方が良い……とは言えないのか」
「はい。その分オル様も早くにジーダへ入れられたと言う事です。何日か掛かる様な場所でしたらこちらが寝ずに竜車を走らせれば先回り出来たかも知れませんが……」
「でも一体何をされるって言うんだ? すでに魔石で力は奪ってあるんだろうに」
「簡単に言えば……調教だと思います」
「調教??」
やはりアルヴィには金持ちの考える事が理解出来ない。馬じゃあるまいしとしか思えないのだ。
「これからは人の持ち物になったのだから自由はない、主の言う事だけを聞けと言われてすぐに納得出来ますか?」
「出来る奴いるのか?」
「特殊な環境で育った方ならあり得なくはないでしょうが、普通は違います。だからそう思い込ませるように洗脳するのです」
「そんな事……一体どうやって……」
馬であれば痛みで覚えさせる事も出来るだろうが、人にそれをしたら恨まれるし、いつか復讐される恐れがあるではないか。聞いても分からないかもと思ったがアルヴィは聞かずにはいられなかった。
「私にも詳しくは分かりませんが……。苦痛や快楽を与えて肉体的、精神的に追い込んで逆らえなくするんです。薬を使って人格を壊してしまう事もあります」
「……」
やはり聞いてもピンと来なかった。だがもし、薬でオルを別人にしてしまおうと言うなら事は一刻を争う話しだ。
「さぁ、街を抜けたのである程度飛ばします。舌を噛まぬ様に」
ユニがそう言って竜車に鞭を入れた。すると、ドラゴンが地を蹴る度にとんでもない轟音がするではないか。舌を噛む噛まないではなく、これは会話どころではない。
そうしてしばらく森の中を走ると、そう経たないうちに竜車の速度を落としてユニが口を開いた。まだ正午前だろうか。
「見えてきました」
そう言われても……景色は変わらない。相変わらず森が続き、その後ろの山が少し近付いただけの様だ。
「何が見えるって?」
「あれです。あの大樹から向こうは、すべてジーダの敷地です」
前方には確かにひと際立派な大樹が確認出来る。
「あれか……。こんな距離に、そんなヤバい連中が居たなんてな」
想像以上に近かった事にアルヴィは驚く。もっとも、まだ建物は見えていないのでこのまま広大な森を延々と走るのかも知れないが。
「敷地内にスレイヤーが立ち入る事はないでしょう。何か出てもジーダ内で解決出来ますし、人を寄せ付けない様に普段から気を配っている筈です」
「なら……、このまま大樹の向こうまで竜車で行って大丈夫なのか?」
「どうしましょう? 森に火でも付けて混乱を起こし、このまま竜車で突っ込みますか?」
真顔でそう言うユニにアルヴィはギョッとした。
森を燃やすなど……いくらなんでもめちゃくちゃだ。この辺はスレイヤーの発想ではない。
「待て待て待てお前潜入って言ってたじゃないか。そんな派手な事出来ない。それに森は大事にしろ。スレイヤーの生活を支えてるんだぞ」
「ごめんなさい……」
すぐ理解してくれた事に胸を撫で下ろす。
「でも……、アルヴィ様は潜入とかした事あるんですか?」
「ない」
「私もです。上手に出来るでしょうか?」
「やるしかないだろ」
「とっても無茶な気がしてきました」
「最初から無茶だと思ってるよ……」
あまりにも無策なまま走り出してしまった事を改めて思い知る。かと言ってのんびり作戦を立てている時間もないのだ。ユニの提案はあまりに力技だがそれに近い大胆さは必要だろう。
「どうせ一か八かだ。なら正面から入ってみよう。まぁ、俺には決行出来ないからあんたがやるって言ってくれればだが……」
「……と、申しますと?」
竜車は結局、そのまま大樹の向こうまで進んだ。
延々と広大な敷地を進み続けるのではと言うのはアルヴィの杞憂に終わり、いよいよ立派な門構が現れる。鬱蒼とした森の中に突如現れたそれは、到底個人の所有物とは思えない、何かしら国の施設であろうと思わせる程に巨大であった。
その白い門構の左右に、二人ずつ門番が立っている。そして中程にも二人。合計で六人もの門番だ。国の施設でもここまで居ない。
「止まれ!」
案の定、竜車は門番に止められた。
操縦席にはユニ一人だ。ユニは大人しく竜車を止めたものの、極めて不機嫌そうな顔で竜車から門番を見下ろす。
「無礼な。この竜車の紋章が見えぬのですか。私はパーシーの人間ですよ」
「えっ? し……しかし、その様な来客があるとの報告は……」
パーシーと聞いて、門番は分かりやすくたじろいだ。
「報告? パーシーがここへ来るのに何故報告が必要なのです? 良いから早く通して!」
声を荒げたユニに様子がおかしいと思ったのか、左右に構えていた門番もすぐに駆け付けた。
「どうした」
「こちらのお嬢様がパーシー家の方だと……何か聞いてるか?」
「いや聞いてないぞ。すぐに確認して来るからお待ち頂け」
「いやそれが……」
この異常事態に、門番達は頭を突き合わせては小声で相談している。だがユニにはそれを待つつもりは一切ないのだ。
「あなた達……、まさか誰一人パーシーの紋章を知らないのですか? 偽造出来るものではありませんよ? 確認って何かしら? その間私を待たせるの? もし私を待たせた事が分かったら全員職を失うでしょうね? それでも良ければ待ってあげます」
毅然とした態度でそう畳み掛ける。門番達は顔を見合わせてからそれぞれのタイミングでユニに頭を下げ、一人がとうとうこう言った。
「お通り下さい」
「ご苦労様です」
ユニは硬い表情のまま竜車を動かし、その立派な正門をくぐる。手綱を握るその手は小刻みに震えていた。
「成功しましたアルヴィ様!」
すると、後ろの個室の窓からアルヴィが顔を出す。
「なかなか役者だったぞ、良くやった」
「はわわわ手が震えていますよー! お約束もないのに、なんと非常識な事でしょうか~」
「きっとあの門番達も金持ちに常識は通用しないと思ってるから大丈夫だ」
「なっ……何だか酷いです……。しかしここからどうやってオル様を探すかです。このままパーシー面して、捕まえたオーガの様子を見に来たと言ってしまいますか?」
「パーシー面も何も、本当にパーシーの人間なんだからそうも出来るだろうが……お前はどこまで付き合う気だ」
「え?」
「お前はいずれパーシーの人間に……いや、すでにそうだと言っても良いんだろう? もうここまでで十分だ。このまま俺が潜入してオルを捜す。お前は茶でも飲んで適当に帰れ」
「そんなワケには……!」
「じゃあ全部捨てるのか?」
アルヴィの率直な言葉が、ユニに突き刺さった。
一族に対する反発はある。パーシーの人間になりたいワケでもない。一度は全部捨てたではないか。
でも……、それでも結局ユニは生まれ育った環境に戻った。スレイヤーの楽しさも過酷さも知った上で、一族の人間としての生き方を選んだのである。
「私は……なんて優しくない人間なのでしょう……」
自分自身がもどかしいのか、アルヴィに届くユニの声が小さく、弱々しくなった。
「ふざけるな、俺の方が優しくない」
アルヴィはまた個室の小窓から顔を出して断固言ってやる。
「良いか? オルを発見して逃げる前に見付かったら大暴れするからな。その時お前は知らん顔してろ。俺はただの賊だ。お前を人質にする。そう出来る為にもお前にはパーシーの人間で居てもらわないとな」
ユニを慰める為の言葉だったのか、本当に優しいと思われたくないだけなのか、恐らくその両方であるが、意外にもその作戦は悪くないかもとユニは個室の方を振り返った。
「アルヴィ様! その作戦……!」
「待て待てまずは潜入を試みる。言ったようにいざとなったら人質になってくれって話しだ」
案外すぐに大胆な行動に出ようとするユニをアルヴィは落ち着かせる。
「分かりました。……そうだ! では念の為変装して入ってください。万が一見付かっても一目見てスレイヤーと分かる格好ではない方が良いかと」
「スレイヤーじゃなくたって見知らぬ男が居たら普通に騒ぎになるんじゃないか?」
「ジーダにはパーシーの他にも色々な資産家が出入りしています。敷地も屋敷も広大ですからいちいち知った顔、知らぬ顔とはなりません」
「なるほどな」
想像を超える世界に、アルヴィから溜息が漏れる。
「個室の中に仮面舞踏会用の衣装が積んである筈です。それに着替えて下さい」
「なるほ……は??」
同じ屋敷内で知らない顔に出会っても不自然ではない、そこまでは納得したアルヴィだったが、仮面舞踏会と言う言葉は一度で飲み込むことは出来なかった。
「金持ちって本当にそんな事して遊んでるのか? そしてどうしてそれの衣装が積んであるんだよ?」
「急な仮面舞踏会があっても大丈夫な様にです」
「急な仮面舞踏会って何だよ……」
きっと、よほど顔を隠したい様な後ろめたい事をしてきた連中なのだ。アルヴィはそんな風に決め付けて個室の中を探してみた。ユニの言った通り、男女それぞれ二着ずつ衣装と仮面がセットになって置いてある。アルヴィはそれにしぶしぶ袖を通した。
「どうですか?」
「少しきついがまぁ着れた」
ユニが小窓からアルヴィの姿を確認すると衣装はアルヴィにピッタリだった。着慣れていないので少々きつく感じた様だが、アルヴィの身体のラインが美しく出ている。
「まぁ! とても良くお似合いです! アルヴィ様がスレイヤーらしからぬ細身の身体で良かったぁ」
ユニの何気ない言葉に、アルヴィはムッと眉間に皺を寄せた。褒められたとは思えない。
「オル様を発見して、やむを得ず戦闘に突入する際も十分お気を付けください。もちろんそうならない様立ち回れるのならそれに越したことはありませんが」
「大丈夫だ、スレイヤーが屋敷の門番やら護衛に負ける事はない」
「もちろんアルヴィ様はお強いスレイヤーであると分かっておりますが、ジーダの事ですから手練れを揃えている筈です。ジュールノンにも元スレイヤーなんて肩書の護衛が居ますから」
こっちは現役だと思ったが、アルヴィは分かったと頷いた。
屋敷が近付くと大きな正面玄関の前に何人か使用人が立っているのが見えて来た。門番が先回りして出迎える様に伝達したのだろう。
ずらりと並び、深々と頭を下げる使用人達。
「ユニと申します。こちらには大変お世話になっているとイズラ様に伺いまして……、近くに立ち入る用事があったので是非ご挨拶致したく……」
イズラとは来月結婚予定のユニの婚約者だ。その名を聞いて使用人達はまた一段と頭を低くした様だった。まぁそうでなくとも、この森の奥に屋敷があると知っている時点で関係者であるのに間違いはないのだが。
「ようこそおいで下さいました。竜車をお預かりしますのでユニ様はこちらへ……」
「結構です。この子は私以外に慣れません。決して近付かないでください。ああ、そこの庭木へ繋げても?」
中にアルヴィが潜んでいる事が分かれば、衣装のお陰で賊とは思われないだろうが潜入出来なくなる。ユニは厳しめに使用人にそう言って人を払う。
「承知致しました。ではこちらにお繋ぎください」
「ありがとう」
「本日ご主人様は外出しておりますがお嬢様が……」
ユニが竜車から降りる音がして、そのまま周りから人の気配が消えて行った。ぞろぞろとユニを囲んで屋敷内へ移動した様だ。
アルヴィは小窓から外を確認し、慎重に個室から出る。
バカバカしいが仮面も付けた。
目元のみを隠すハーフマスクだ。脇に大きな羽が飾られていたが邪魔なので毟り取った。
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