第10話 ナイフ

 乱暴に扉を開けてすぐに受付を確認した。しかし、そこに居る筈のエフィリアの姿がない。


「アルヴィ様、一体どうされたのです?!」


 追い付いたユニがアルヴィに声を掛けた。


「どうにも違和感だったんだ。受付のエフィリアの言動がな。」


 突然のチョーカーのプレゼント、オルが急に休んだ事に対する反応。

 どちらも、人付き合いが苦手な自分には分からないだけで、それが普通なのかもと思ってしまった。だけど違ったのだ。どうしてオルが何も言わずに休む筈がないと信じてやらなかったのかと悔やむ。


「いらっしゃらない様ですが……」

「ああ、さっきまでは居た。何か知ってるって事で間違いないだろ。探すぞ」


 またパッと駆け出しそうになるアルヴィにユニは慌てて言った。


「お待ちください! 闇雲に探しても時間が掛かります!」

「だからってどうやって……」


 時間が惜しいのはユニだって分かっている。アルヴィが言い終わる前に、石の家全体に向けて、ユニはまるで演説の様に声を上げたのだった。


「皆さん! 私はジュールノンの娘です。ワケあってここの受付を担当していたエフィリアさんを探しています。正式な手続きではありませんが、今ここで捜索依頼を出します! エフィリアさんを探し出してくれた方に五十万ゴールドお支払い致します」


 居るだけで目立っていたユニだ。全員がその声に耳を傾け、その内容にどよめいた。


「五十万ゴールドってマジかよ……」

「あいつがジュールノンの人間なのは間違いない……」

「すげぇ! 俺達もジュールノンの恩恵を受けるチャンスが来たって事か?!」


 アルヴィ達がジュールノンから百万ゴールドの報酬を受け取ったのは記憶に新しい。いや、きっと時が経っても語り継がれる程の出来事だ。


「抵抗される可能性もあります。その場合は追加でもう五十万ゴールドお支払い致しますので拘束して下さい!」


 うおおおおー!


 合わせて百万ゴールド。前回の実績。石の家のスレイヤー達をやる気にさせるには十分であった。一斉に石の家を飛び出す。

 中には複雑な思いのスレイヤーも居た様だが……。


「ああ……エフィリアちゃん……俺は……俺は……エフィリアちゃんんんんーっ!」


 エフィリアのファンだ。だが結局は出て行った。エフィリアを保護するつもりなのかも知れないが、他のスレイヤーから守りきれるものではないだろう。


「俺も探してくる」

「いいえ、私達は信じて待つべきです」


 ジッとしていられないアルヴィに対し、今ではユニの方が落ち着いている様だ。


「どなたかがここへエフィリアさんを連れ帰った時にアルヴィ様がいらっしゃった方が心強いですから……あ、大変!」

「どうした?!」

「殺さないでくださいと付け加えるのを忘れてしまいました。私ったら……やはりかなり動揺しているようです」

「だ……大丈夫だろう」


 座ろうと椅子を引くと、それが床にギッと擦れた音が妙に大きく響いた。いつもうるさい石の家がやけに静かになってしまって落ち着かない。

 これは待つのも辛いだろうと思ったアルヴィだったが、石の家の静寂はすぐに破られたのだった。

 探し人はあっという間に石の家に連れて来られたのである。拘束された状態で……。


「どう言うつもりなのよぉ! 何であたしがこんな目にあうわけぇ?! ねぇ離して? 離してよぅ」


 喚いても無駄だと悟った途端に、今度は上目遣いでネコナデ声を出すエフィリア。甘えられたスレイヤーは参ったなとデレデレ頭の後ろを掻いたがユニに報酬の話しをされるともうエフィリアの方は見なかった。


「こちらはティーブの彫刻の入ったブレスレットです。施された宝石はステアストーン、隣りの青い方はラシュストーン。これだけでも換金すれば百万ゴールド以上になるとお分かりいただけると思いますが、ご面倒でしたら後日金貨でお支払い致します。今はどうかこれでご勘弁を」


 身に付けていたブレスレットを手渡し頭を下げるユニ。受け取ったスレイヤーはティーブの彫刻とやらが何なのか知らないし、宝石の価値だって分からない。


「アルヴィにちゃんと百万支払われた事を知ってるからな。これで満足しておいてやるよ」

「ありがとうございます。さて、場所を変えて拷問といきましょう」


 変わらぬ口調で物騒な事を言うユニ。おそらく冗談ではない。それを感じたエフィリアが怯えた声を出した。


「ヒッ……! ごごごご拷問?! ちょっと! 助けて! あたしとデートしたいって言ってたよね?! ねぇ! 何でも言う事聞いてあげるから行かないで!」

「悪いエフィリア、もう報酬を貰っちまった。悪く思わないでくれよ?」


 そう言ってそそくさと出て行くスレイヤー。その背中に罵声を浴びせるエフィリアを見て、拷問するまでもなさそうだとアルヴィは思う。相当に自分の身が可愛い奴なのだろう。


「拷問されたくなかったら早急に知っている事を話せ」


 アルヴィはロープで拘束され、石の家の床に直に座っているエフィリアと目線を合わせて問う。


「オルはどこだ」

「はぁ……? どうしてあたしに聞くのよ。別に知っている事は話すけど、知らない事は話せないわよ」

「小指から順番に行きましょう。時間は掛けられませんのでそれでダメならやはり場所を変えて……」

「ギャーッ! 知らない! 知らないって言ってんでしょっ!」


 案外すぐに実力行使したがるユニをまぁまぁと落ち着かせるアルヴィ。


「もう色々分かってる。オルにやったチョーカーは魔石で出来てるんだろ? ユニが依頼主のパーシー家と関わりのある人間だと知っていたから逃げたんだろ? これ以上は本当に小指から折っていく事になるぞ」

「……チッ」


 確かに状況は状況だが、こんな時に舌打ちが出るのもお里が知れると言うもの。いつもの顔は営業用だったワケだ。アルヴィは何となくエフィリアの笑顔が好きになれないと思っていたが、そう言う事だった様だ。


「分かったわよ、でも話したら逃がしてくれるんでしょうね」

「そう言った相談は話してからして下さい。勘違いなさっている様ですが今私達は対等ではありません」


 上品ぶっていたエフィリアが途端に偽物に見えたのは、紛れもない本物がいるからかも知れない。ユニの傲慢な言い方は何故だか気品に包まれている。


「……オルみたいなバカも嫌いだけど、あんたみたいな偉そうな女も大嫌い」

「私もあなたの様に人を人とも思わない方は嫌いです」

「人? 笑わせる」


 そう言ってエフィリアはせせら笑った。石の家で誰よりもオーガを差別していたのはエフィリアだったのだ。


「人とオーガの違いも分からないジュールノンさんが大金をあげちゃったからいけないのよ。あたしのところで報酬を止めておくことも出来たけど、それでジュールノンに不信感を持たれるのも嫌だったから渡したけどね」

「そう言えば前からオルに違う仕事を勧めていたな」

「そうよ。何とか懐かせて上品にいきたかったんだけどね……」


 上品と言う言葉を使うエフィリアが滑稽だと思う。


「美味しい仕事の話をしてあげたり、居心地が悪くなる様オーガの悪い噂を流して嫌われる様に仕向けたり、あたし頑張ってたのよぉ? それなのにあんたのせいでスレイヤーを辞める気配が微塵もなくなった。でも……ふふ、スレイヤーを続けていたからこそ、あのバカが湖の化け物を倒してくれたってんだから笑っちゃうわよね。お陰で例のチョーカーが出来たワケで……、あははっ! 文字通り自分で自分の首を絞めた事になるわね」


 ペラペラ喋っているが、アルヴィは小指の一つも折りたくなって来た。何が面白いのか。


「余計な事は良いのです。今オル様がどこに居るのかだけ答えて下さい」


 ユニも同じ思いだった様だ。


「行き先がパーシー家だって分かってんじゃないの? ならそれで良いじゃない! どうやって突き止めたか知らないけど、これをタネにジュールノンさんはパーシー家に戦争でも仕掛けるつもり?」

「まさか……。私はパーシー家に嫁ぐ身。戦争など……」

「はぁ? あははっ! ジュールノンとパーシーがくっ付くんだぁ? それは知らなかったなぁ~。どっちが得する話なのか分からないけど何となくえげつない話しね。だったらあんたも同罪でしょっ! 自分で結婚相手に聞いてみたら良いじゃない。お嫁さん、あんまり発言権ないわけ?」


 エフィリアがまるで挑発する様な態度でそう言ったが、ユニはどうしても、オルがパーシー家に入れられる前に助け出す必要があると考えていた。パーシー家での暮らしはまだ数日だったが、それだけでパーシー家の主とは相容れないと分かってしまったからだ。

 ユニの事を一族繁栄の為の道具と見ているのは実の父と同じだが、父以上に非情で、自分の欲望に忠実過ぎる。

 パーシー家の地下には、すでに可哀想な生き物たちがたくさん居たのである。自慢げにそれらを披露されたので露骨に不快感を表したが、ユニの方が物の良さの分からぬ浅学な女だと思われた。


「まだ華燭の典を済ませてませんのでお嫁さんじゃありませんっ!」

「あははっ、したくない結婚なんだぁ、かわいそ。結婚したら少しくらい言う事聞いてもらえると良いね」


 どこまでも人を舐めた態度に我慢の限界を迎えたアルヴィは、拘束されたエフィリアの手首をロープごと掴んで、反対の手で小指だけを強く握った。


「きゃあああっ! やめてっ! やめてよっ!!!」


 もちろん折ってなどいない。


「今お前には何の権利もないんだぞ。聞かれた事だけ答えろ」

「じゃあ放してよ!!」

「オルは今どこに居る」


 少しだけ逆関節に反らせる。


「ジーダ! ジーダファミリーの屋敷に居るわよっ!!!」


 こんなに簡単に済むなら最初からこれくらいの事はしてやれば良かったとアルヴィは思った。そうすれば不愉快な話しを聞かなくて済んだのに。ユニを止めた事が悔やまれる。


「聞いた事ないぞ。本当にそんな組織あるのか?」

「あんたなんかが聞いた事あるワケないでしょ」

「何だと?」

「いたあぁぁいい!!」


 どうにもまだ自分の立場が分かっていなさそうだったのでまた小指を持つ手に力を込めた。

 もっとしたたかな女だと思っていたが、わざわざ言わなくても良い事を言って痛い目に合うなんて、思っていたよりずっと感情的な女の様だ。


「確かに明るみに出る様な組織ではありません。非合法行為含め、お金次第で何でもしてくれる組織なので資産家たちの間では有名です。正直、あらゆるパターンの中で一番最悪な組織が絡んでいた感じですね……」


 どうやら金持ちには法律は通用しないと言う事らしい。


「この女と引き換えにオルを返してもらおう」


 ならばこちらも遠慮はしていられないと、アルヴィはそう提案した。


「残念、あたしはジーダの人間じゃないわよ、ただお金で雇われただけ。あたしも危ない事はしたくないから、オルに新しい仕事を勧めたり、チョーカーを付けるだけならってやっただけよ。お金だってそんなにもらってないわ」

「そんなの信用出来るか。とにかく一緒に来てもらうからな」

「ええー! オルの居場所ちゃんと話したじゃない! 約束が違う!」

「約束なんかしてないだろ」

「してなくたって普通の人間なら放してくれる筈よ! あたし言う通りにしたでしょ!」


 この期に及んで自分の権利を激しく主張するエフィリア。足をジタバタさせて大いに暴れ出した。


「もし彼女の言う様に、本当にジーダの正式なファミリーでなければ逆に危険です。一か八かの交渉をするより潜入の方が確実かと」

「でもこいつがジーダに俺達の情報を流したら潜入も無理だろ? イテッ! おいこら暴れるな、小指折られたいのか」

「いやああああぁぁ! はなしてぇぇぇ! あたし何もしてないのにぃぃ~!」


 もう小指の脅しは使えなかった。折る気はなさそうだと見抜かれてしまったのだろう。その辺の勘は鋭い。


「ジーダでこの様な失態を犯せばまず生きてはいられないでしょう。拷問の上で殺されます」

「……ひっ?」


 そんなエフィリアを大人しくさせたのはユニの言葉だった。


「小指くらいで喚いていたらどうなるのでしょう? ジーダの拷問は凄惨と聞きますからね。時間を掛けて……じっくりと……早く殺して欲しいと懇願するまで続けられるそうです。そして最終的に、ジーダは死体を隠すために大型ドラゴンに食べさせるんですよ。誰にも見送ってもらえず、ドラゴンの糞になるのです」

「そっ……そんな……嘘……嘘でしょそんなの!」

「まぁ、こんな常識も知らないのですか……?」


 目を丸くしてエフィリアを見下ろしたユニだったが、その目がだんだん憐れみに変わった。エフィリアにもそれは分かっただろう。


「お金に目がくらんで、ジーダの恐ろしさも知らないままに関わり合ってしまったのですね……。どうやら本当に正式なファミリーではない様です。アルヴィ様、捨て置きましょう」


 そう言ってユニは懐からナイフを取り出した。貴族のコレクションの様な、観賞用のナイフではなく、スレイヤーが使う実用的なナイフだ。それでエフィリアの拘束を解いてやるとこう言った。


「ドラゴンの糞になりたければジーダにお戻りなさい」

「い……いや……! あたし……そんなつもりじゃ……ねぇ、どうすれば……!」


 恥も外聞もなく、今度は助けを求めるエフィリアにユニは悲しげに首を振ってある物を施した。今使ったスレイヤー用のナイフだ。


「さぁ、これをお持ちになって。常に身体に忍ばせておくと良いでしょう」

「これはっ?! 何か特別なナイフなの?! どっかに偉い紋章でも彫ってあるの?!」


 奪う様に差し出されたナイフを手に取り、それを眺め回しては他のナイフとの違いを見つけようとするエフィリアをユニはあっさり否定する。


「いいえ?」

「じゃあこんなもんでどうしろってのよ!」

「捕まってしまったら自害をお勧めします」


 横で聞いていたアルヴィもその言葉にゾッとした。


「ね……ねぇ……お願いよ……。あたしあんた達の事ジーダに言ったりしない。だから、あんた達もオルを助けに行くなんてバカな真似はやめて? そうすれば全部ここだけの話しになるでしょ? パーシーに渡してから、それであんたが助ければ良いじゃない?」

「早くこの街から出た方が賢明ですよ。気付かれた時にまだこの大陸に居る様では捕まるでしょう。なるべく遠くへ、一刻も早く……。ドラゴンの糞になりたくなければ……」

「……っ!」


 これ以上無駄口を叩く暇はないのだと判断したエフィリアはパッと駆け出した。足が震えているのか、何度か床に膝を付けてはテーブルにしがみ付く様にして立ち上がり、どうにか扉まで辿り着く。


「いやぁっ……」


 最後に小さくそう呟いたのが聞こえて、それっきりだった。

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