第9話 プレゼント
オルアンジュ結成から早一ヶ月。
精力的に大型の獲物を仕留めてはスレイヤーランクを上げ、オルがカルム長の資格を得るのも現実味を帯びて来たある日。
「オルー! お疲れ様! ねぇちょっとこっち来て!」
一日の仕事を片付けて石の家に入るなり、オルはいつもの受付に座っていたエフィリアから大声で呼ばれた。オルは呼ばれるままに近付き、報酬を貰う為にアルヴィも続く。
「お疲れ様エフィリア! どうしたの?」
今までもエフィリアはオルを虐めたりなどしなかったが、最近特に仲が良い。
オーガへの偏見が強いスレイヤーには当然面白くない光景の様で、獣臭さが移るぞ等とエフィリアまで馬鹿にされる事もあったが、本人は別段構わない様だ。
「これ、オルに見せようと思って」
そう言って取り出したのは濃い青色のチョーカーだった。見た事のない鉱石で作られていて首にピッタリと付けるタイプの様である。
「なぁにこれ? 綺麗な色だね」
「でしょ? ちょっと後ろ向いて」
「うん?」
オルがエフィリアに背中を向けると、エフィリアは立ち上がってオルの首にそのチョーカーをまわし、真後ろでカチャリと留め具をはめた。
「え……これ……」
きょとんと振り返ってエフィリアを見ると、エフィリアはニッコリ笑ってこう言った。
「頑張ってるオルにプレゼント!」
「えっ?! えーっ! プレゼント?! あたしっ、プレゼントなんてもらった事ないよ!」
「そうなの? じゃあ初プレゼント!」
「……い……良いの? あたし、何もしてないのに……」
首元を撫でながらオルがそう聞くと、もちろんとエフィリアは頷いた。
「何もしてないなんて事ないよ。オル達は大物だけじゃなくて面倒な依頼とかも片付けてくれるから、あたしの仕事も助かるんだぁ。誰も受けてくれない仕事は返すしかなくなるからさ」
ユニの様な例があると分かってしまった以上、誰にも相手にされない依頼を見ると放っておけなくなったのは事実だった。
「えへへ……そんな……嬉しいな。でもまさか貰えるなんて思ってなかったから……綺麗なのは一目見て分かったけど、どんなのなのかもう一回見たいから外して? 自分の首にあったら見えないんだもん!」
「ふふっ! オルったら。良いのよ、それは自分で見て楽しむものじゃないの。そうね、見て楽しむのはアルヴィよ。似合うかどうか聞いてみたら?」
「えっ……どっ……どーお? 似合う?」
突然女同士のじゃれ合いに巻き込まれた気分のアルヴィは、つまらなさそうに頭を掻いた。
でも……。青いチョーカーはオルの鮮やかな髪色に良く似合っていると思う。
「そうだな」
結局、アルヴィはいつもの調子で相槌を打った。
「えへへっ!」
オルはすぐさまエフィリアに向き直り満面の笑みを浮かべる。今の聞いた? と。
「はぁ……、せっかく女の子が聞いてるのにさ……。もうちょっと他の言い方ないの?」
「良いから早く報酬をくれ」
「はいはい分かりました」
エフィリアがぶっきら棒なアルヴィの物言いに文句を言ったが、オルはそれがアルヴィらしいと思うし、何の不満もないどころか一番期待していた肯定の言葉だ。
とても満ち足りた気持ちで報酬を待つアルヴィの横顔を眺める。
「あ、オル、それ留め具のところ壊れやすいし、お守りになるから外さないでずっと付けておくと良いよ」
「分かった、そうするね! ありがとエフィリア!」
そう言ってオルはまたチョーカーを愛おしそうに撫でるのだった。
翌日……、上機嫌のままに別れたオルが石の家に現れなかった。
思えばカルムを結成してから、いや、エウロのカルムに居た頃から、二人が依頼を受けない日はなかった。別に一日二日休んでも平気なくらいの蓄えは出来たし、たまには休んだ方が良い。だけど毎日来るのが当たり前になっていたのだが……。
「今日はやたら空気がうまいなと思ったら……へへっ! 珍しいな、オーガの相棒ちゃんはどうしたんだよ」
面白い事の様に石の家のスレイヤーがアルヴィに声を掛けた。
「……さぁ」
休むとは聞いていない。
アルヴィはしばらく石の家でオルを待ってみた。
疲れが溜まって寝過ごしているだけかも知れない。そうなら今日は軽めの依頼を受ければ良いと。
だが、午後になってもオルは来ない。
「おいおいオーガ様も疲れちゃうのか? オルの奴どうしたんだよ」
「……」
他のスレイヤーも怪訝に思っている様だ。さすがに何かあったのかも知れないと思ったアルヴィは受付へ動いた。
「オルが来てないみたいね? 珍しい」
アルヴィが何か言う前にエフィリアはそう言って出迎えてくれる。それなら話は早いとアルヴィは早速用件を切り出した。
「心配が必要な奴じゃないが……あいつがどこに住んでるか分かるか?」
「えっ? もしかして様子を見に行こうって言うの?!」
エフィリアにギョッとした様な顔でそう言われ、アルヴィは何かおかしな事を言ったのだろうかと不安になる。
「まぁ……だから、心配が必要な奴じゃないのは分かってる」
「あははは! 案外優しいと言うか、過保護なんだねぇアルヴィは!」
「かっ……過保護?!」
心外だった。
どちらかと言うとアルヴィは……いや圧倒的に、人に干渉しない様にしているつもりだったのに。
「まさか、俺は別に……」
「だってそうじゃない? まぁ色々なカルムの色があるけど基本的には皆自由に休んだりしてるじゃない。まさか休む前は必ず報告するとか決めてあるの?」
「……いや」
確かに、今まで所属したカルムでは誰が休むだとかをカルム長含め、把握している者は居なかったと思う。朝集まったメンバーで適当に依頼を受け仕事をする。例えば午後から来ても誰か居れば仕事をするかもしれないし、カルムのメンバー以外と仕事をしてはいけない決まりもない。
当事者同士で報酬のやりとりをすれば良いだけだ。事前から大物を狙いに行くとかでない限りスレイヤーの仕事の仕方は基本的にとても自由だ。
もちろんエフィリアが言ったようにカルムの色にも寄るが。
「そう言う決まりがないなら今日は休みたい気分だったってだけの事じゃない?」
二人きりのカルムなのだから休むなら休むで一言あるべきだし、オルならきっとそう言う筈だと思ったのだが、仲の良いエフィリアが一切心配もせず笑い飛ばす。
そうなると、確かに今日一日来なかったからと言ってオルにとやかく言うのは過干渉な気がして来た。ただでさえ強引に自分のカルムに入れたりして、その時点で十分過干渉だったのだ。これ以上は迷惑になるかも知れない。
「アルヴィも今日は休んだら? それとも一人向けの依頼でも受ける?」
「ああ……、そうだな、今日は休む。もしオルが来たらそう伝えてくれ」
「ふふっ、はいはい分かったわ」
極めて何でもない事の様に言われると軽くあしらわれた感じがする。自分の方がオルに執着していると思われてもそれこそ心外だ。
そう思ったアルヴィはぷいとその場を去った。
結局、スレイヤーに貸し出されている集合宿舎の一室に戻ったアルヴィだったが、もやもやとした時間を過ごす事となった。オルが一言、明日は休むと言えば済んだ話だと言うのに……。
もう寝るに限るとほとんど無理やり寝て、その翌日……、アルヴィは悩んでいた。
黙って休んだ事をオルに一言言うべきか、それは過干渉なのか、うるさいと思われるだろうかと。他人に対してこんなに思い悩んだ事なんかない。
そして石の家に着く頃には色々と面倒になって、もう何事もなかった事にしようと決めた。
きっとオルはいつもの様に先に来ていて「アルヴィおはよう!」とパッと笑顔を見せるだろう。それでもう全部良しとしよう。そう思ってアルヴィは石の家の扉を開けた。
しかし、オルは居なかった。
いつもならもう居る時間なのに、どこを見渡してもあの明るいオレンジ色がない。
「……」
無意識に助けを求めてしまったのか、受付のエフィリアを見る。当然オルが居ない事に気付いている筈だが……。
アルヴィの視線に気付いて顔を上げたエフィリアは、ひらひらと笑顔で手を振ってまたすぐ仕事に戻ってしまった。あの調子ではきっとまた過保護だとバカにされるだろう。
だが二日も来ないなんてどう考えてもおかしい。
もう少し待ってみるか、誰かにオルの寝床を聞いてみるか、聞くにしてエフィリア以外誰が知っているだろうか。
「アルヴィ様!」
石の家の入口扉が開いて、朝の光が入ったと同時にアルヴィはそう呼ばれた。石の家でアルヴィをそんな風に呼ぶ奴は居ない。
え? と扉を確認すると、そこには朝日を逆光にユニが立っているではないか。見た事のない様な上等な服を着ていて、表情は逆光で良く分からなかったがその声に切迫した何かを感じる。
「ユニ……どうしたんだ」
そこに居たスレイヤー達も珍しいお客に浮足立ったのが分かった。ただでさえユニは石の家では異彩を放っていたのに、今やどこからどう見てもスレイヤーではない。ジュールノン家の御令嬢だ。そしてユニ自身もそれを承知していた。
「ここは少し面倒です」
小声でそう言ってアルヴィを外へ促す。
「分かった」
石の家を出ると、かつての集合場所だった大きな噴水の前に立派な竜車が止まっていた。唯一人に慣れる、二足歩行の小型ドラゴン種を使った竜車は、馬よりも速いが扱いも難しい。
アルヴィはこの街には不似合いなその立派な竜車に違和感を覚えつつ、ユニと小さな街路樹の下で話しを始めた。
「もしかして、オル様はまだ来られていないのですか?」
いつもおっとり喋るユニの声は少し早口で、かつ震えていた。
「ああ、昨日も見てないんだ」
「そんなっ……大変ですアルヴィ様! どうしよう間に合わなかった!」
そう言って両手で顔を覆うユニ。
「なっ……何だ、落ち着いて話してくれ」
「オル様が……、オル様が私の結婚相手にさらわれたかも知れません……!」
「……オルをさらうってどう言う事だ。ゆっくりで良いから……話してくれ」
アルヴィはユニの震える肩に手を乗せた。とにかく今はユニに落ち着いて話をしてもらう他ない。ユニは顔を上げ頷き、何故自分がまた石の家へ舞い戻ったかを話し始める。
「実は私はジュールノンと言う家の人間なのですが……そのジュールノンと言うのは……」
「ああ、知ってる」
アルヴィの返答に意外そうな顔を見せたユニだったが、そうでしたかと言って続けた。
「私がこの街でスレイヤーをしていたのは、ジュールノンとの関係を断ち切りたかったからでした。ジュールノンで生まれた娘は一族の繁栄の為の道具でしかありません。私もいずれ、ジュールノンを守る為に顔も知らない誰かの所へ嫁に行くのだと分かっていました。でも、一人でだってきっと生きていける。私は私を自由にする為にスレイヤーになりました。でも、父は私を死んだ事にはしてくれなかったのです」
「じゃあ……あの人捜しの依頼はお前が採取中に行方不明になったからじゃなくて……」
「はい、石の家にはたまたまトラブルに巻き込まれた時に依頼が入った様ですが、あらゆる街のスレイヤーズギルドへ私の捜索を依頼していたのです。そしてジュールノンに帰ったと同時に、案の定、私の結婚相手が決まったと言われました」
あの穴の中で、ユニが一人きりの生活を楽しんでいるようにも見えたのはそう言う事情があったからなのだとアルヴィは合点がいった。
「言ってくれれば死んだ事にしてやれたのに」
「いいえいいえ! お仕事にはそれ相応の対価が支払われるべきです。それに、お陰でオル様の危険に気付く事が出来たのです」
「どういう事だ……」
「私の結婚相手はパーシー家と言う資産家です。そしてそのパーシー家の主が……オーガを、コレクションにしようとしてるのです。まるで珍しい虫や美しい蝶の様に」
そのおぞましさに、ユニの眉間には皺が寄せられた。
「オーガを……? コレクションに?」
だが金持ちの考える事はアルヴィにはさっぱり分からない。
「殺して標本にするって事か?」
「いいえ。きっとその方が……まだマシかも知れません」
昔、オーガ族はその強さと純粋な性質故、人間に利用され戦争の道具に使われていた。
言葉巧みに無償で戦力に加えるなどと言うのは優しい方で、中には薬品で人格を破壊したり、獣と掛け合わせて生物兵器を生み出そうとしたり、聞くだけで吐き気のする事も平気で行われてきたのだ。
そして……それを憂いた先人が人里離れた土地へ逃げるようにして人間との交流は次第になくなっていったのだが、きっとオーガをコレクションにしようなどと思う人間は自分達の方がオーガより優れた生物だとでも思っているのだろう。そう考えるとオルがどんな目にあわされるのか少しは想像が出来る。
「だけど……オルはオーガだぞ。さらうったって普通の人間が束になっても好きに出来るとは思えん」
ユニの言う事を疑うわけではないが、単純に力ずくでと言うなら心配する必要はない。
「……人間がオーガ族を戦争の道具として利用していた頃、お金や名誉では動かないオーガを従わせる為、ある道具が開発されました」
「道具……? 一体何だ?」
「正確に言うと、重要なのはその道具に使われる鉱石……、いいえ魔石です。その魔石さえあれば、それが手錠でも、首輪でも構いません。とにかく肌に触れさせれば、対象の力を弱体化させる事が出来るのです。それで家族を捕らえ、人質にして動かすわけです」
「まさかそんなもの……」
ある筈がないと言いかけて飲み込んだ。アルヴィは幼い頃、魔石よって救われた経験がある。様々な効力のある魔石という物の存在を知っているのだ。
「ええ、ほとんどおとぎ話と思われていた様でしたが、石の家管轄内の湖でその魔石が採れたと自慢気にパーシー家の主が話していたんです」
「管轄内の湖? おいおい嘘だろ……」
すぐにパシウスの居たあの湖だと思い当たった。本当だとすれば、その魔石の採掘を可能にしたのは他でもないオルだ。オルは人助けが出来たと喜んでいた。
そして……、昨日からの違和感が、今一気に繋がった。
「それを使ってオル様の力を弱体化させたのに決まっています。一昨日、きっとアルヴィ様と別れた後、手練れを雇って……」
「いや……、恐らく俺の目の前で、知った顔にそいつを付けられた……やられたぜ……」
「ええっ?!」
「行くぞ」
短く言ってアルヴィは駆け出した。慌ててユニも付いて来るがまぁはぐれる事はない。目的地はすでに見えている石の家だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます