第8話 オルアンジュ

「あれぇ?! アルヴィもジャンプしたんだぁ? ユニ様は?」


 振り返ると、オルが体中に蔓を巻き付けた格好で立っていた。その姿にホッとしてしまった自分に気付き、随分オルをあてにしてしまっていたなと反省する。


「やってみたら届いたんだよ。ところで何だユニ様って」

「だってユニ様もあたしの事オル様って言うから悪いと……、あっ! アルヴィ! 血! 血が出てる!」


 アルヴィの怪我に気付き、オルはひゃっ! と身体を跳ねさせた。


「ああ、お前が遅いから色々あったんだよ。北がどっちかちゃんと……まぁ良いから早くそいつでユニを引き上げてやってくれ」

「うっ、うんっ!」


 ユニの信頼しているロクヅルは確かにとても丈夫で、そんなにたくさん巻いて来るまでもなく、十分安全にユニを救出する事が出来た。


「アルヴィ様、オル様、この度は本当にありがとうございました」


 そうして無事、一ヶ月以上ぶりに地上へ出たユニはそう言って二人に深々と頭を下げる。


「えへっ、良いよー! ねっ、アルヴィ!」

「そうだな。でも……もし本当に感謝していると言うのなら、少し助けて欲しい事がある」


 やれやれ助かったとしみじみする事もなく、アルヴィは早速そう切り出した。

 言われたユニは不思議そうな顔をして続きを待つ。


「え、えぇ。もし私に出来る事なのであれば喜んで」


 何故かオルも不思議そうな顔をして待っている。自分が言い出した事なんて忘れてしまっている様だ。


「俺達のカルムに入ってくれ」

「あっ! そうだ! そうそうユニ様! 是非入って!」

「私が……カルムに……」


 消え入りそうな声でそう呟いて、ユニは下を向いてしまった。あまり良い感触ではないと思ったアルヴィが話しを繋げる。


「今うちは俺とこいつだけなんだ。つまり、シールも支給されずろくな仕事が受けられない状況だって事は分かるよな? あんたが採取専門を続けたいって言うならそれでも構わない。無理に狩りに同行しろとは言わないし、逆にあれだ、危険地域の採取なんかには俺達を連れて行っても良い」


 この条件ならユニがカルムに入るのにデメリットはない。一人で居る事に何か拘りでもない限り、きっとうんと言ってくれるだろう。アルヴィはそう思ったのだが……。


「ごめんなさい……」


 その顔が上げられることはなかった。


「もう、スレイヤーを辞めようと思います」

「そうか……」

「ええっ! 辞めちゃうの?! 続けようよ! 一緒にやったらきっと楽しいしよ!」


 オルはそう言って引き留めたが、本人が辞めると言っている以上、アルヴィはもう何も言う事はない。

 よほどさっきのオラールが恐ろしかったのか、生死の関わるこの世界に引き留める事など誰が出来ようか。


「やめろ、お前みたいに頑丈な奴ばかりじゃないからな。仕方ないだろ」

「ええー、そんなぁ~」

「お力になれなくて本当にごめんなさい……。でも、シールの申請ならお金があれば二人でも通りますよ」

「金で? そんな裏技聞いた事ないぞ。いくらで出来るんだ?」

「確か百万ゴールドでしたか……」


 二人でもシールが貰えるかもしれないとユニの言葉に一縷の望みを見出した二人だったが、その金額を聞いて顔を見合わせ、溜息を吐いた。

 百万ゴールドと言えば大金だ。大型ドラゴンの討伐と同等の金額になるがそれも一人で討伐出来たとしてだ。こんな現実的でない方法じゃ出回っていないのも納得である。


「そんな大金あってたまるか」


 アルヴィは吐き捨てた。


「私を助けて下さったのは依頼でなんですよね? でしたら、その報酬で」

「いやいや、あんたスレイヤーの報酬の相場分かってるか? ただの人捜しで一体いくら貰えると……」

「百万! アライブ限定で百万って書いてあったよ!」


 依頼書に書かれていた報酬金と、シールの申請に必要なお金がピッタリ同じだった事に興奮し、オルはアルヴィの言葉を遮って言った。


「でしたら、お陰様で私は元気に生きていますので問題ありませんね」

「いやいや、俺だってそれは覚えているが……、いくらなんでも大型ドラゴンと同等の報酬が貰えるワケがない。何だかんだ難癖付けられて減らされるのは目に見えてる。何せ受けるのに契約金も発生しなかった依頼だしな」

「え……? じゃあ……、報酬はもらえないものと思ってたのに来てくれたんですか?」

「そうだ。だけど人助けとかじゃなくて、あんたが三人目になってくれりゃ良いと」


 わざわざ助けに来たのだと言えば恩を売れるかも知れないのに、アルヴィにはそんな発想はない。

 むしろ人助けだったとしても言わないのがアルヴィだが、少しだけ寂しそうに笑ってユニは言う。


「三人目が欲しい理由がシールなら……大丈夫、きっと達成されますよ。さぁ、街までエスコートして下さいましな」

「ああ……」


 百万と言う数字に少しも動揺を見せないユニ。もしかしたら本当に払われる可能性があるのだろうか……、いや、もしそんな身内が居るのならスレイヤーなどやっている筈はない。アルヴィは馬鹿な期待をしない様、頭を振って街を目指し歩き出した。 


「ユニ様、エスコートってどう言う意味~?」

「ふふっ、護衛と言ったら良いでしょうか。それと私の事はユニとお呼びください」

「え~? 良いのぉ~? じゃあオルって言ってね」

「いいえ、オル様はオル様です」

「え~? 変なのぉ~。あ、そう言えばアルヴィ、肩んとこ舐めてあげようか? オーガの唾液って殺菌効果や治癒促進効果って言うのが人間より……」

「いらん」

「ユニ様……ユニは? どっか怪我してない?」

「はい、大丈夫です」

「本当に良かったね! そうそうあたしね、蔓を探しに行ってね……」


 オルの方もオルの方で色々あったらしく、道中はオルとユニのお喋りが止まなかった。

 二人きりだと全部アルヴィが返事をしなければならないので、そう言う意味でもやはり三人目は欲しかった。

 それにオラールを退けたのはユニの知識と勇気のお陰だし、やはりユニがスレイヤーを辞めるのは残念だと思わざるを得ない。


 帰り道は特に危険もなく、まだ日が明るいうちに石の家への帰還が叶った。

 そして石の家の入口をくぐると、またスレイヤー達がざわついた。前回同様、死んだと思われていたスレイヤーが立っていたからだ。しかも今回は一ヶ月以上振りに登場のスレイヤーである。


「ユニじゃねぇか! おめぇ生きてたのか!」

「え? ああ、あの依頼書のスレイヤーかよ」

「あの百万のか?! ぶははっ!」

「報酬百万?! がははっ!」


 全員がそんな大金貰える筈がないと、骨折り損の仕事をしたアルヴィ達を笑っている様だ。


「受付に行きましょうアルヴィ様」


 失礼なスレイヤーには目もくれず、ユニは毅然とした、でも柔らかな物腰で受付へと歩いた。いつもの様にエフィリアが対応してくれる。


「ユニ・エインズワースです。この度はアルヴィ様とオル様に多大なお力添えを頂き、無事帰還する事が叶いました。報酬につきましてはどうぞお二人がご満足いただけるような額を」

「もちろんです。お手柄だったわね、二人とも!」


 エフィリアが二人を労う。分かりやすい褒め言葉にオルがエヘヘと笑ったが、アルヴィは無愛想にどうもとだけ言って続きを促した。


「まぁ人捜しに相応しい報酬が支払われりゃ満足はする。なんだかんだ延ばされるようならそう言ってくれ」

「討伐依頼の報酬とは違うから翌日には入らないのよね。条件はユニ・エインズワースがこの依頼主のところへ帰還する事……。確認次第って事だから日数は掛かるかも知れないわ」

「確認次第、ね……。いつ確認されるのかまぁ気長に待つさ」


 どうとでも出来そうな言い回しに、アルヴィはもうすっかり報酬はないものと諦めたが、ユニはそれでも揺るがぬ笑顔で言う。


「そんなにお待たせしませんよ。明日の朝一番で馬車を頼む事にします。少し遠いですが近日中には……。ではアルヴィ様、オル様、本当にありがとうございました」


 そして改めて深々と頭を下げるユニ。


「やだなぁ、もう聞いたって~、良いってば~」


 かつて誰かにこんなにも感謝された事がはたしてあっただろうか? さすがのオルも少々むず痒い様だ。ユニを発見したのは単に肉の匂いに釣られただけなのだから。


「はい、ではどうか、御身お大切に」


 もう一度頭を下げ、不躾なスレイヤー共の視線を浴びながらユニは石の家を出た。その姿はどこまでも優雅だ。

 ユニがこのままスレイヤーを辞めるのであれば、これは今生の別れなのかも知れない。


「……残念だったね」

「そうだな」


 それから……、アルヴィ達はコツコツと採取や食料用の獲物の調達などをして過ごしたが、その程度の報酬ではその日暮らしが出来るだけだった。

 そんな日々も数日が過ぎた頃、こうなったら誰か脅してでもカルムに入ってもらおうとアルヴィが物騒な事を考え始めた時、ユニの報酬が入った。

 依頼書通りの報酬金、百万ゴールドが渡されたのだ。


「……マジかよ……」

「すごーい! 良かったねアルヴィ! 本当だったんだね!」


 アルヴィは信じられず、それを渡してくれたエフィリアを見る。エフィリアはにっこり微笑んで肯定してくれた。それはあなた達の物なのだと。

 オルが大声を出したお陰で、他のスレイヤー達にもすぐにバレた。


「おいおいあの百万が本当に入ったってぇ?!」

「どうなってんだ? 一体あの姉ちゃん何者だったんだよ?」


 分かりやすい手の平返しだ。普段バカを見るような目で見ていた、仲良くもないスレイヤーがアルヴィ達を取り囲む。


「依頼主の個人情報は漏らせません。石の家の信用問題になりますから」


 エフィリアは断固ユニの正体に言及しなかったが、一人のスレイヤーが何かに気付いた。


「おい、その袋……」


 報酬の入った袋に、控えめだが紋章が書かれていた。はて、この紋章が何を表しているのかなんてアルヴィには分からない。だが、それがとても質の良い物だと言う事だけは分かる。

 だいたい、報酬なんていつも裸で渡されるのだ。


「そいつはジュールノン家の紋章じゃねぇか!」


 たまたまそこに居たスレイヤーの中にその紋章の意味の分かる者がいた。

 ジュールノン家と言えば、アンスガーランドで……いいや、西の大陸全体で見てもかなり有名な資産家だ。

 石の家の様な、各スレイヤーズギルドへの支援もしている。

 ちらりとエフィリアの顔色を伺うと、何とも言えない表情で誰とも目を合わそうとしていない様だった。おそらく、ユニがジュールノン家の人間なのは間違いないのだろう。もちろん驚くには驚いたが、あの雰囲気には納得が行った。


「かーっ! あいつそんなお嬢様だったのか! もっとお近付きになっときゃ良かったぜ」

「へっ、金持ちの道楽だったって事かよ、俺はそう言う奴は嫌いだね」


 スレイヤーなんて道楽でやる仕事ではないとアルヴィは思ったが、皆が好き勝手な事を言って盛り上がる。


「人が悪いぜエフィリアちゃん、そんな依頼だったならちゃんと報酬は支払われるって言ってくれよ」


 そう言ってエフィリアにまで絡む始末だ。


「私支払われないなんて一言も言ってないわよ。例え言ったところであなた達勝手にもう死んでるって言って受けてくれなかったんじゃない」


 しかし、エフィリアにとってスレイヤーの扱いなんてお手の物である。


「チェッ! なぁオル、半分もらえんだろ? 今日くらいはパッと奢ってくれよ」

「残念、この金は今すぐなくなる」


 性懲りもなくオルにたかろうとするスレイヤー達に、アルヴィはその紋章入りの報酬袋を掲げて言った。

 そしてスレイヤー達の視線が集まるそれをゆっくり受付台に置く。


「これでシールの申請をする」


 その金の使い方に、また周りが騒ぎ立てる。


「おいおいマジかよもったいねぇ!」

「俺が入ってやるから少し寄こしな!」


 金を持つとこう言う輩が増えるものだ。やはり必要以上に持つものではない。

 確かに誰かが入ってくれるならこの金は使う必要がない。

 だが今入ってくれると言うスレイヤーをどうすれば仲間として信頼出来るのか。


「良いな?」


 一応オルに確認する。


「良い!」


 満面の笑顔のオル。


「なかなか痺れるお金の使い方ね。はい、受け付けるわ!」


 エフィリアは受付台に置かれた報酬袋を持ち上げて、ゆっくり手元に納めた。

 その様子を見ていたスレイヤー達は報酬袋が見えなくなった段階で興味が失せたらしい。やれやれとようやく散って行った。


「カルム名は決まったの?」


 エフィリアに言われて気付いた。いよいよカルム名を決めなければ。シールの刻印が通し番号ではさすがにカッコが付かない。


「オルズ以外に何か考えたか?」


 オルは首を振った。


「アルヴィは?」

「そうだな……暗黒帝国……なんてカッコ良くないか?」

「ぶふっ……! ゴホッ! ゴホゴホッ……!」


 アルヴィの良くない一面を見てしまった気がしたエフィリアは思わず吹き出し、そのまま笑いそうになるのを咳でごまかした。


「え……カッコ良くないと思うけど……」

「んぐっ……!! ゴホゴホゴホッ……!」


 あっさりオルに却下されているのもハマってしまった様だ。エフィリアは激しく咳込み、オルに大丈夫? と心配される。


「じゃあお前が決めろ、俺は何でも良い」


 少し不機嫌そうな様子のアルヴィも面白かったが、エフィリアはどうにか落ち着いた。


「アルヴィの意見もちゃんと入れたいから……アンジュ、はどう?」

「アンジュ? なんかそれっぽくなったな」

「あら、素敵な響きねオル。どういう意味?」


 オルの方にネーミングセンスがあって良かったと、エフィリアはオルを褒めたが……。


「暗黒帝国のアンと、お金をくれたジュールノンさんのジュ!」

「ぶっ……! ゴホッゴホゴホゴホ……!」


 アンが暗黒帝国のアンだと聞いてまた咳込む振りをする羽目になった。


「良いだろう。じゃあ、これで頼む」


 アルヴィの機嫌が直り、申請書類に必要事項を書き込んでエフィリアに出す。それを見たエフィリアはまた、今度は別の意味で笑った。


「ふふっ。はい、じゃあ……、オルアンジュ……で間違いないわね?」

「ああ」

「え、オルアンジュ?」


 オルが目を丸くしてアルヴィを見る。


「お前の意見も入れなきゃダメだろ。そのうちお前が長やるんだから」

「……! ありがとアルヴィ! あはっ! 今日からあたし達! オルアンジュだねっ!」

「そうだな」


 こうして、二人だけのカルム、オルアンジュは誕生した。


 石の家に来て一番の笑顔を見せたオルを、エフィリアはしみじみ見詰めて言う。


「スレイヤーを辞める理由は、もうなくなっちゃったみたいね」


 少し残念そうに言うのでアルヴィは思い出した。そう言えばエフィリアはオルに違う仕事を紹介してやると言い続けていたのだ。


「最初からないよ!」


 オルは終始笑顔であった。

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