第6話 ユニ・エインズワース
翌日、アルヴィは例の人探しの依頼を受けた。正直見つかるとは思っていないが別の依頼と並行してやるなら悪くないと思ったからだ。
行方不明になっているのは無所属のユニ。十八歳の少女らしい。
身長一五五センチ、痩せ型、髪は栗色。緑のマントを着用。そのマントの下には常に巨大な背嚢を背負っているとある。
「何でこいつは常に巨大な背嚢を?」
何か手掛かりはないかと、アルヴィは依頼書を眺めながらエフィリアに尋ねた。
「ああ、ユニは採取専門のスレイヤーなのよ」
「採取専門? そんなんでやっていけるのか?」
「ええ、ここは色んな依頼はあるものの、やっぱりスレイヤーなら派手に狩ってパッと稼ぎたい人が多いのよね。あんまり採取とかの依頼をやってくれる人が少なくて。それをユニが一手に引き受けていたって感じ」
なるほど。確かにシールの支給もしてもらえない今、どうやって早く大物を狩れる様になろうかとばかり考えていた。石の家でなら豊富な依頼で生活は十分にして行けるのだろう。
「ユニがしてくれないから採取系の依頼は溜まる一方。あなた達どうせ大物依頼受けられないんだからついでに色々採って来てくれない?」
ニッコリとエフィリアに大量の採取依頼も渡されてしまった。
「もともとそのつもりではあったんだが……。うっ……カーモ草採取もあるじゃないか……」
「背嚢はもちろん、消臭剤なんかもここで買えますよー」
また笑顔で押し通すエフィリア。
「はぁ……、分かったよ。やるから教えてくれ。ユニが最後に受けた依頼」
「良いわよ」
エフィリアの情報によると、ユニも一度にたくさんの採取依頼を受けるので最後にどこを回ったかは分からなかった。
しかし、その時期にだけ採れるジーナダケと言う食材採取の依頼を受けていた事が分かった。ジーナダケの繁殖エリアは限られていて、逆に一緒に依頼を受けていた鉱石や草花はどこででも手に入れられる物である。つまり捜すならジーナダケの採れるエリアが良さそうだ。
早速、アルヴィはオルと共にジーナダケの繁殖エリアである森林へと向かった。
少し悩んだが背嚢を背負うのに邪魔なので大剣は置いて行く事にした。
何かあってもオルが居れば大概どうにかなるだろうし、改めて考えると相棒としてはかなり頼もしい存在だ。
「アルヴィ、ほらここに毒消しの草いっぱい。依頼に入ってたよね」
「え? ああ、それが毒消しなのか」
採取の依頼など受けた事のないアルヴィには草なんてどれも同じに見えた。
「詳しいんだな」
「爺ちゃんに教えてもらった」
「そうか、頼もしいよ」
「えへへ! もっと頼っても良いよ! あ、なんかこっちからは美味しそうな匂いがする!」
いつも明るく振る舞っていたオルだが、調子に乗らせるとどこまでも昇って行く様だ。上機嫌で駆け出し草を分けてぐいぐい進んで行く。
「おい、別に美味しそうな物の依頼は受けてないぞ」
あまり採取の仕事を受けた事はないアルヴィだが、オルがあまりにもルートから外れた事は分かった。
もちろん基本的に採取のルートなどはないが、一応のエリアと言うか、スレイヤーが立ち入った場所かどうかと言うのは分かる。それを外れると目当ての草や鉱石もないし、当然探し人も居ないだろう。
やれやれとオルの後を追い駆けるが、一体どれだけ遠くの美味しそうな匂いを感じ取ったと言うのか、しばらく道なき道を歩く羽目になった。
そしてふと、一瞬目を離した隙にオルを見失った。急にスピードを上げたのかと驚いたが、三歩先の足元に大きな穴が開いているのが見えた。
「まさかだよな……?」
すくすく伸びた逞しい草に多少は隠れていた様だが、うっかり落ちるにしては大き過ぎる。大型ドラゴンでも出入りできそうな程だ。
こんな分かりやすい穴に落ちるとすれば子供か、どこか不自由な人間。万が一スレイヤーが落ちるなどと言う事は……。
「アルヴィ~~~!」
「……はぁ……」
深い溜息を吐いて覗き込むアルヴィ。穴の中には元気に手を振るオルと……。
「こっ……こんにちは!」
栗色の髪の少女が居た。
「なっ……! あんたまさか……?」
少女の傍らには、巨大な背嚢。
「初めまして~、ユニ・エインズワースと申します~~!」
「み~つかったよ~~!」
穴の中から、二人の少女がこちらを見上げ、大声でコンタクトして来る。
「何なんだこの状況は……」
もしかしたらオルは彼女を見つけてわざと降りたのか。
良く見ると穴の中は広く、どうやら地下空洞の天井が崩れてしまった状況なのだろう。アルヴィの足元の土や草と似たものが下にたくさん落ちている。
と、言う事は、この辺りの地盤が緩くなっていると言う事で、今自分が居る場所も……。
「あのぉ~~、そこの殿方様ぁ~~、そちらのお足元……ああ~、危ないです~」
アルヴィの嫌な予感は的中した。
「うあっ……!」
突然身体を真下に引っ張られた様な感覚に驚いたが、なんて事は無い、ただの自然の法則だ。
足元が崩れ、成す術もなく二人が待つ一段下の地面へ落ちたのである。咄嗟に草を掴んだが一緒に落ちただけ……。
せめてもう少し、ユニの声に緊急性を感じられればちょっとはマシな着地になったかも知れないが、アルヴィはみっともなく背中を打ち付けた。
「いってぇ……」
落ち方によっては最悪死ぬ可能性もある高さだった。
幸い、背中の背嚢が多少のクッションにはなってくれた様だが衝撃はかなりのもの……、アルヴィはその痛みに蹲る。
「アルヴィ、大丈夫? どうして足から落ちて着地しなかったの?」
「う……うるさい……」
空中ですぐに体勢を直せるほど人間の身体能力は高くない。少なくともアルヴィには出来なかった。
「あのっ……これ、お背中に」
ユニは自分の巨大な背嚢の中から打撲に効能のある薬草を取り出してアルヴィに差し出した。
「ああ……」
身長一五五センチ、痩せ型、栗色の髪に緑のマント。間違いなさそうだ。
加えて言うなら、スレイヤーらしからぬ上品な雰囲気を感じる少女である。
「石の家に依頼が来ててな。あんたを探しに来たんだが……悪い、しくじった……」
「……私の捜索の依頼が……そうですか……。あ、そんな事より、さぁ、こちらの薬草は患部を冷やしてくれます。すぐに処置出来るかどうかで治りが断然違うんですよ?」
こんなところに独りぼっちで、ようやく助けが来たと言うのに、ユニはあまり嬉しそうには見えなかった。
それどころかこちらが拍子抜けする程マイペースな様子だ。
「背中だからやりにくいよね、あたしがやってあげるよ!」
オルの方も相変わらずだ。三人ともが落ちてしまったと言うのに……。これじゃ人探しの依頼が増えただけである。もっとも、アルヴィ達を探してくれなんて、誰も依頼しないだろうが。
とりあえずは大人しく背中に薬草を貼ってもらいながら、これからこの状況をどうすべきかアルヴィは頭を悩ませた。
「すみません、私の為にこの様な場所に……」
アルヴィが難しい顔をしているのに気付いてか、ユニは改めて頭を下げた。
「大丈夫だよ。そうだ、あたしはオルティアラ・グスト。よろしくねユニ」
「ええ、存じ上げておりますわオル様」
「ぞん……ぞんじ……? って、オル様?! それってあたしの事?!」
採取専門とは言え、さすがに石の家に出入りしていればオルの事は知っている様だ。それにしても、先程から随分とスレイヤーらしからぬ言葉使いである。オルが驚くのも無理はない。
「……あんた、一体いつからここに居るんだ? 人探しの依頼は少なくとも一ヶ月以上前からあった様だが、そりゃこんなにルートから外れた、しかも穴の中に居たんじゃ見つかるわけもないよな。まさかその間ずっとここに居たわけか?」
「一ヶ月……そんなに経ちましたでしょうか……。でも言われてみればそうですね。もう月日の感覚もおかしくなってしまったのかも知れません」
なんとものんびりとした感覚だ。おそらく何日経ったかなんて数えようともしていなかったのではないか。
「私は採取を専門にしていますので、普通なら分からない様な、ルートから外れたところに立ち入る事も多々あるのです。ある程度の採取を終え、いよいよ帰還と言う時でした。先程のあなた様の様に、突然崩れた地盤と共にこの地下空洞に……」
「良く一ヶ月以上もこんなところで生き延びれたもんだな」
かなり広い空間だが見たところでは中は岩肌だらけだ。植物は見当たらない。植物がなければ生き物のも居ない筈だ。
「幸い中は広くて……、あっちに進むと地底湖もありそれが飲み水になりました。それにジーナダケの場所を教えてくれたブタさんも何匹か一緒に落ちて来ましたので」
ジーナダケの繁殖する地域には、それが好物であるブタも生息している。とても小さくて可愛らしく、スレイヤーにも懐くブタで、ジーナダケを探すにはそのブタの後をつければ早い。ペットにする者も居るくらいスレイヤーと寄り添って来たブタだ。
「……え?」
「はい?」
周りを確認すると、十分なスペースの中に焚き火の用意がしてあり、美味しそうな肉が焼いてあった。なるほど、オルはこの匂いに反応したワケだ。
「……あ……あの肉……、ジーナダケの場所を教えてくれてたその……ブタさんを……?」
「炙る程度の炎魔法なら使えますので」
そう言ってニコリと首を傾けるユニ。纏っている雰囲気よりもだいぶ逞しい様だ。間違いなく彼女はスレイヤーなのだろう。
「あ……ああ、そうか……」
正直、アルヴィはあの可愛らしいブタを自分で焼いて食べられる自信はない。
「まっ、まぁとにかくだ、あの肉と……お前の野性的な鼻のお陰で思いがけず探し人は発見出来たが……、これからどうするかだな」
アルヴィは不運なブタの事を思い少々ナーバスな気持ちになったが、オルの方もその辺はへっちゃららしい。変わらぬ調子でこう言った。
「あたし何か丈夫な紐でも探して来ようか! 登って来れなくてもそれで身体を縛ってくれたらあたしが持ち上げるよ!」
「紐って言ったって……どこをどうやって探すんだよ」
「ジーナダケとか色々な草花がある地域だし、何か紐代わりになる蔓とかを上で……、アルヴィが補助してくれればきっと届く」
「……ああ……」
そう言えばハイヴォルフを狩った際にオルの驚異的な跳躍力は目の当たりにした。
それにしても、この高さを……? アルヴィはそう思ったがオル自身がそう言うのなら可能かも知れない。
「やってみよう」
アルヴィは両手を組んで跪き、その手をオルに差し出す。
「いちにのさん! で行くね」
そう言ってオルはアルヴィの手を足場にしてグッと力を入れた。
「ああ、行くぞ……。いちにの……さんっ……!!」
「はぁーーーいっ!!」
オルはそう叫びながらアルヴィが腕を上へ押し上げるタイミングに合わせて飛んだ。
軽やかに、真っ直ぐに。
「まぁ……!」
上空に高々と舞い上がるオルを見てユニは口元を隠して驚いた。アルヴィにしてみれば予想はしていた眺めだが、それでもやはり目を見張る。
「……俺の補助、必要だったか?」
下から見て地盤が丈夫そうな所へ無事着地したオルは、穴の中を振り返って親指を立てた。
「やったよー! じゃぁ少し待っててね~!」
「あっ、オル様~! ここから少し北の方、崖に突き当たりますが、その岩肌にロクヅルと言う丈夫な蔓が這っています~~!」
さすが採取に関する知識は豊富だ。ユニが的確なアドバイスをオルに渡す。だが……。
「おっけー北だねー!」
そう言ってオルがパッと走り出した方向が北ではない様な気がした。
「あいつ大丈夫かな……」
「もしかしたら少し待つことになるかも知れませんね」
ユニも同じことを思った様だ。
「お茶でもいかがですか? えーっと……」
「アルヴィ」
「アルヴィ様、お茶煎れますね」
ユニはまた背嚢の中をゴソゴソしたかと思うと、そこから携帯用のカップを取り出した。
焚き火には肉の他にも小さなやかんが下げられていて、そこからカップにお茶を注ぐ。
ここがどこだか忘れるくらいその所作は美しく、お茶はとても良い香りがした。もちろん正しい所作などアルヴィは知らないのだが。
「……何だかここでの暮らしを楽しんでいた様だな」
「ふふ、落ちたばかりの時は怪我もしていたし、夜は暗くて怖いしでメソメソしていましたけど……、そうですね、悪くなかったかも知れません」
嘘とは思えないその表情に、何だか余計な事をしてしまった気にもなるが、さすがにこのままここで一生暮らせるワケでもない。
「まぁ、それも今日までだ」
「はい」
ユニの横顔を見ながらアルヴィは一口お茶をすすった。美味しい。
「それにしても、今まで何にも襲われなかったのか? この辺りならそう大型が出る事もないだろうが、夜にはビジルあたりが活発になるだろ」
ビジルとは二足歩行の小型ドラゴンだ。人間と同じくらいのサイズだが夜行性で集団で動く。
「はい、上の方では物騒な声も聞こえていましたが、わざわざ下に降りて私を食べようとする子はいませんでしたね」
「なるほど、上はエサも豊富なのか」
「ただ心配なのは……この奥、水飲み場にしていた地底湖とは別の場所ですが、同じ様に天井が崩れているところがあるんです。そこはもうずっと前から穴が開いていたと思われるんですが、その穴がすっかり木の根とかで覆われていまして、そこにですね、オラールの卵が……」
「オラールだと?」
出会いたくはない相手だ。
ドラゴン種。ドラゴンとしても大型に分類され、孵ったばかりのオラールでさえビジルより二回りは大きい。
その皮膚もぐっとドラゴンらしく硬いし、何よりビジルとの大きな違いはオラールには翼がある。子育てはしないタイプのドラゴンなので卵が産み落とされていたのだろう。
つまり、生まれてすぐに狩りが出来るドラゴンだと言う事だ。
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