第5話 新しいカルム
「……これからどうする」
「……石の家に……帰る」
歯切れ悪くオルはそう言った。
きっとまだ、エウロの事は信用しているのだ。でもそんな事はさせたくない。オルはもっと、人に認められて良い。
アルヴィが他人に対してこうなって欲しいとか、何かをして欲しくないとか、そんな風に思ったのは初めてだ。
「あの受付の女……、あいつが仕事紹介出来るって言ってただろ。どんな仕事なのか話だけでも聞いたらどうだ」
この状況で唐突にこんな事を言われれば、暗にスレイヤーを辞めろと言っているのだとオルにも分かった。オルは黙って首を振る。
「何でだ? スレイヤーより良い仕事なんていくらでもある」
自分にはスレイヤー以外ないと思っているアルヴィだが、あまり考えずにそう聞いてみるとオルは言った。
「あたしを育ててくれた人間の爺ちゃんね、昔スレイヤーだったんだ。それでね、若い時、碧龍って言う伝説のドラゴンと戦った事があるんだって!」
超常的な力を持ち、その姿を現す時は必ず雷雲と共にある、藍碧たる巨大な龍。
スレイヤーが集まる十五の地域には必ずその土地に住む伝説の龍が存在し、碧龍はここアンスガーランドの伝説だ。
「強烈な炎で起こされない限り眠ってるらしいんだけど、爺ちゃんが若かった時に噴火が原因で目覚めたらしいの! それで、人間もオーガも関係なく集まって、討伐寸前まで追い詰めたんだって!」
「ああ、知ってる」
それはもう五十年以上も前の話しで、もはや真偽さえ怪しいのだが……アルヴィもその話しは良く知っていた。
「爺ちゃん死ぬ前に言ってた。後悔があるとすれば碧龍を仕留めきれなかった事だけだって。そしてたった一つ褒められる事は、あたしをちゃんと育てられた事だけだって。だからね、爺ちゃんの夢をあたしが叶えてあげたいの。だってあたし、爺ちゃんが大好きだったんだ! もちろんそんな機会は一生ないかも知れないけどさ、スレイヤーじゃなかったら絶対に叶えられなくなっちゃうでしょ?」
伝説のドラゴンを討伐寸前まで追い詰めた……。
年老いたスレイヤーが若い頃の武勇伝を語るのは良くある光景だが、アルヴィはこれがただのほら話ではないと思った。何故ならアルヴィを育てた男もまた、碧龍と戦った事のあるスレイヤーだったからだ。
「なるほどな……。動機はちょっと違うが、俺も碧龍には用がある」
「え?!」
「俺の爺さんも碧龍討伐に参加してたらしい」
「えーっ!! じゃぁじゃぁ、あたしの爺ちゃんとアルヴィの爺ちゃんは友達だったの?!」
オルは目を輝かせてこの偶然を喜んだが、アルヴィはどうかなと肩を竦めるに留まった。
碧龍討伐に参加したスレイヤーは大勢いた様だし、昔の話で確かめる術もないので、ほらを吹いている輩も多いと良く。
自分の爺さんの事は信じていたが、オルの爺さんが本当に碧龍と戦ったのかどうかは話し半分だと思ったのだ。追及してそうじゃなかった事を考えるとそうしたくはなかった。
「とにかく爺さんが俺に言ってた事だが……、お前の炎を碧龍に喰らわせられたら倒せるんじゃないかって……」
碧龍は炎を感じるとその元を絶とうとしてやって来る。炎が苦手なのだ。
つい言ってしまって、アルヴィはハッと口を噤む。何をくだらない身の上話をしているのだと。
聞くのはまだ良いが自分が語るなんて冗談じゃない。理解されない事を話したって意味がないし、これはアルヴィにとって弱点でもあるのだ。
「まぁ、全然うまく使えないから無理なんだけどな」
自分でも矛盾しているとアルヴィは思う。人を傷付けるだけの自分の炎が嫌いだ。ならば危険に身を投じるスレイヤーなんてやるべきではない。
だがもし、この炎が役に立つとすればそれはスレイヤーであればこそだ。スレイヤーになってからずっと、アルヴィはこの矛盾に苛まれ続けているのである。
「それ良い!!」
アルヴィの葛藤も知らず、オルはますます目を輝かせる。
「あたし達! 共通の夢があったんだね! 凄いよ!」
「いや待て、別に夢じゃない。それに言ってるだろ、俺は炎は使えない。今のはただの戯言だ」
「練習しなきゃ!」
「練習?」
「そうだよ、苦手だからって逃げてたら上手になれないって爺ちゃん言ってた。あたし苦手だったけど練習したから本も読めるし文字も書けるんだよ」
「そりゃ読み書きの練習で誰かが死ぬ事はないだろうからな。こちとらは練習たってそう簡単じゃ……」
「あたしなら平気だよ、オーガだからね! 怖がらずに使って!」
たった一回、たまたまうまくいっただけの事をオルは全力で信じているのだとアルヴィは思った。オーガなら大丈夫なんてそんな話しがある筈もないと。
だがもし、それが本当なら……こんなに頼もしいパートナーは居ないだろう。そしてこの忌々しい炎を扱えるようになったなら、少しは自分の過去も許せるのではないか、そう思った。
そして、年齢の割には思慮深い方のアルヴィだが、気付くとあまり考えずにこう口に出していたのだった。
「分かった、俺がカルム申請をする。だからお前はとりあえず俺のとこに入れ。火を使うつもりはないがな」
「えっ! アルヴィのカルム?!」
思いもかけないアルヴィからの提案に目を丸くするオル。
そんなリアクションをされたと言うのに、アルヴィはまるで当然の様に話しを続ける。エウロのところに戻るなんて論外だと。
「知ってると思うが、三人以上のカルムじゃないとシールの支給がないからまともな仕事は出来ない。正直三人目のあてはないが作っておかなきゃ始まらないからな」
アルヴィもオルも、一人でだって大型の獲物を狩って来れると言うのに、弱者の為の面倒なシステムだ。今湖に浮いているパシウスも、シールがない以上二人の獲物とは認められないだろう。
「ハッキリ言って大変だと思うが……またエウロのところに世話になるくらいなら俺のとこに入れ」
「うん!」
オルが食い気味に意思表明をする。
「ねぇ! あたし正式なメンバー?!」
「当たり前だろ。と言うかランク的に無理だろうからとりあえず俺が長をやるけど、いずれお前に譲る。こう言うのは向いてないからな」
「あたしがカルム長?!」
「……お前も向いてるとは思えないが……とにかく俺は嫌だ」
「頑張る!」
「まぁ、二人でどこまでやれるかだぞ。ランク一つ上げるのに何日掛かるか」
「頑張る!」
同じ言葉を、アルヴィ強く押し付けるオル。
「頑張る必要もない様な地味な依頼ばかりを……」
「頑張るっ!!」
アルヴィが何を言っても、オルは余計に瞳を燃やすだけだ。
「そうだな」
そんなオルを見て、らしくないなと思いながらもアルヴィも密かに瞳の奥を燃やすのだった。
それから、一番近くのベースを経由して一日休ませてもらうと、翌日の早朝には帰路をたどった。
なにせ馬車で半日を掛けて来た湖である。休まず歩いて、どうにか石の家の煙突が見えて来た頃には日はとっぷりと暮れていた。
きっと石の家は酔ったスレイヤーで溢れている事だろう。
棒の様になった足を引きずり、石の家の入口をくぐると、二人に気付いたスレイヤー達がざわついた。
すでにジノから死んだと聞かされているのか……それともアルヴィの大きな上着を着たオルの格好が妙だったからか、はたまたアルヴィのギラ付いた目が異様だったのか……。
エウロも居るがまだこちらを見ていない。同じテーブルに居たエウロズのスレイヤーがエウロを突いてこちらを見るよう促す。
そうして二人の姿を見たエウロにそう驚いた様子はなく、ゆっくりと木製のジョッキをテーブルに戻すと何でもないみたいに「よう」と言った。
「やっぱり生きてたか、良かったぜ」
「やっぱり……? 良かっただと……?」
アルヴィの眉に怒りが這う。
「ジノに殺されかけたんだぞ」
「事故だって聞いてるぜ……。それでもジノは責任を取ってカルムを……いや、スレイヤーを辞めて街を出た。俺ぁオーガが死ぬワケねぇから大丈夫だって言ったんだがな」
「辞めた??」
カルムにオーガが居るのが忌々しかったのだろうと思っていたが、初めから辞めるつもりだったのだろうか。去り際にこんな仕打ちとは相当オーガに対する差別心が強い様に思う。
「エウロ!」
そう言ったのはオルで、その声に怒りは滲んでいない。エウロの方は少し警戒したような顔で黙って続きを待っている様だ。
「今までありがとう! あたし! カルム抜けるね!」
本当ならありがとうも、抜ける報告も必要ないだろう。正式なメンバーにもしてもらえなかったのに……。
「そりゃ……、残念だな。ジノは居ないが、それでもか?」
「うんっ! あたしアルヴィのカルムに入るんだ!」
また余計な事をと思ったが別に隠す事でもない。そして案の定、石の家はバカにした笑いに包まれた。
「ぷはっ! おい新人! オーガと二人のカルムを作るってのか?!」
「見ろよオルの格好! 二人きりで何かあったんじゃねぇか?!」
「ぎゃははは! オーガとか! ぎゃーっははは!」
だが……、エウロは笑ってはいなかった。
こんな時、ひと際大きな声で笑う筈のエウロは「そうかよ」とだけ言ってまた木製のジョッキに手を伸ばしたのだった。
「うんっ!! じゃあね! エウロ!」
オルは清々しい顔で報酬を受け取りに駆け出した。
さぁ、アルヴィもやる事がある。エウロの相手などさっさと切り上げてカルムの申請をしなければ。
そう言えばカルム名をどうしようか、間違っても「エウロズ」の様な承認欲求丸出しのカルム名は付けない。いずれオルに譲るなら相談を……。
「せいぜい頑張るんだな、アルヴィ」
歩き出したアルヴィの背中に、エウロがそう話し掛けた。その言い草に何か言ってやろうと振り返ると、エウロはこう続ける。
「ジノみてぇに……自分が惨めにならねぇようによ」
「……惨め?」
「お前みたいな、腕に自信のあるスレイヤーなら……何とも思わなかったのか? 自分が散々苦労してたハイヴォルフを一撃で倒したオルを見てよ」
「ああ……」
なるほど。
どんなに強い人間でもオーガには勝てない。例え少女であっても。ジノは強いと言う事への劣等感をこじらせてしまったのだとアルヴィは理解した。
「俺は自分に期待しているタイプの人間じゃない」
「そうかい、俺はジノの気持ちもちったぁ分かるぜ。特にあいつぁ若い時から強くなりたくて必死だったが……ははっ、たいして才能がなかったからなぁ、嫌になっちまうよなぁ」
そう言ってまたジョッキを傾けたエウロ。
「ジノが被害者みたいな言い方をするなよ」
そう吐き捨てアルヴィはカルムの申請に向かった。
窓口ではすでにオルとエフィリアがお喋りをしていて、アルヴィが近付くと「早く早く」とオルが手を振って急かす。そして窓口でエフィリアがアルヴィを見るなり、もうカルム申請の流れになった。
「あなたがカルム長で良いのね? えーっと……」
「アルヴィ!」
エフィリアの聞きたい事をオルが答える。
「コーツ。アルヴィ・コーツだ」
「コーツ!」
不十分だと思ったアルヴィが付け足すとまたオルが口を出した。
「うるさいな、俺がやるからどっか行ってろ」
「分かった!」
「あ、待て」
アルヴィが遠慮のない物言いでオルを追いやろうとしたが、結局また引き止めた。カルム名を決めなければならない。
「どうする? カルムの登録名」
「えっ……あっ……あたしが決めて良いの?!」
「却下するかも知れないがな」
「オルズ!」
「却下」
どいつもこいつも、スレイヤーは承認欲求が強過ぎる。まぁオルの場合は今よりもっと認められても良いとは思うが、さすがにそれは賛成出来なかった。
「うーんうーん……じゃあねぇ、うーんとねぇ……お、お……オルズ!」
「だから却下だっつったろ」
「とりあえず通し番号で登録しておいても、後で変更出来るわよ」
長考の予感がしたエフィリアがそう助言してくれる。アルヴィはあっさりじゃあそれでと手続きを済ませたが、オルは記念すべきカルムの設立日にちゃんとした名前がない事が少し残念だった様だ。
「んううぅ……」
「良いだろ、後で変更出来るって言うんだから」
「ん~……んうぅ」
「カルム名なんかよりよっぽどどうにかしなきゃならない事もある。明日からいかに効率良く細かい依頼をこなして行くか……」
「んっ!」
石の家は居心地が悪いので、二人は街はずれの小さな串焼屋で食事をしていた。
串に刺さった肉を頬張りながらオルは唸り続けていたのだが、何か思い付いたのか少し調子が変わった。
「あたし、ずっと気になってた依頼があって……。それ、確か凄く報酬もポイントも高かったと思う」
「どんな依頼だ?」
「人探しの依頼なの。あのね、アライブ限定でユニってスレイヤーの……」
「あー」
アルヴィはそこまでですべて理解した。ずっと放置されている依頼でアルヴィも見た事がある。
「無駄だな」
「どうして? すっごくいっぱい貰えるって書いてあったよ?」
「アライブ限定……。つまり生きてなきゃダメって事だ。その依頼見た事あるけど、もうだいぶ放置されてるだろ? 確か依頼日の日付は……一ヶ月以上は経ってた。たぶんもう死んでるんだよ。だから依頼主も払えない様な金額を提示してるし、金額に応じてポイントも上がってるだけ。遺体を見つけたところで依頼を達成したことにはならない」
他のスレイヤー達も当然アルヴィと同じ事を考え、誰もその依頼をやらないのだ。万が一生きて連れ帰ったとして、本当に支払われるのか? と、一般人には払えぬ様なその破格の報酬金も逆に警戒されている。
もう間もなく、依頼主に返される案件であろう。
「でも……可哀想じゃない?」
「知らない奴だ」
「生きてたら、あたし達に感謝してカルムに入ってくれるかも」
「……意外だな。そんな打算的な考え方もするのかお前」
「ダサンテキって何? 悪い意味?」
「そうでもないさ」
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