第2話 石の家
「ねぇあなた最近入った人だよね、あたしね、オルティアラ! オルティアラ・グストだよ。でも皆オルって呼ぶ!」
「知ってる」
「あれっ?! そっかごめん、あたし別行動が多いし、覚えが悪いから顔と名前が一致しない人が多いんだぁ、もっかい名前教えて!」
アルヴィも人の顔と名前を覚えるのは苦手だ。だがオルの事ならさすがに覚える。生まれてこの方、オル以外にオーガ族なんて見た事はない筈なのだから。アルヴィでなくとも、大概の人間はそうだろう。
「アルヴィ。一体の処理をして来いってシールを預かった。あと別場所で任されてたドーギュの方も行った方が良いと思う」
積極的に交流を図るオルに短く答えて要件だけを伝えるアルヴィ。会話は嫌いじゃないが苦手だ。相手が何と言われたいのか良く分からない。
「そっか! じゃあこっちだよアルヴィ!」
対してオルの方はすんなりアルヴィの名前を呼んでは笑顔で歩き出した。
雨はもう止んでいる。
「ねぇねぇ、アルヴィってさ……」
道中、オルは黙って歩く気はないらしい。
「もしかしてエウロ達に意地悪されたの?」
「……は?」
「だって一人で待ってろなんて意地悪じゃない?」
「……」
なんと言って良いか、アルヴィは言葉に詰まった。ストレートに口を開いて良いなら「お前こそ意地悪されてるだろうが」と言いたい。
しかしオルがこのカルムでの自分の扱いをそうは思っていない可能性がある。
そうでなければ、こんなに明るい性格で居続けられないだろうと思うからだ。
もしそんな事を言って自分が虐められてると気付いたら……。
何か適当な言葉で誤魔化すなんて事はアルヴィには思いも付かないが、とりあえずその言葉だけは飲み込む事にした。
「されたかも知れない。エウロを怒らせたしな」
「ええっ! どうしてっ?!」
「……」
またアルヴィは言葉に詰まった。エウロを怒らせた原因はオルなのだから。
「お前良いのかよ」
結局、早くもアルヴィは諦めてしまった。言いたい事を飲み込んで会話が続けられる程器用じゃない。
「良いって? 何が?」
何もピンと来ていないオルに、もう言葉は選ばない。
「この扱いだよ」
「どの?」
それでも分からないオルに、アルヴィは質問を変えてみる事にした。
「エウロの事信用してんのか?」
「そりゃ、そうじゃなきゃカルムに入ろうとは思わないよ。あ……、まぁ、まだ正式なメンバーってワケじゃないけどそうなれる様に頑張ってるところ!」
「そうなのか?!」
まさかオルが正式なメンバーではないと思わなかった。
何故なら後輩であるアルヴィは一応正式なメンバーとしての手続きをしている。オルはもっと前からエウロと共に依頼を受けていただろうに。
でも考えてみれば、入ったばかりのアルヴィはともかく、オルもまだカルムのシールを持たされていない時点で気付くべき事だったのだ。
「うん、あたしオーガだからさ」
「えっ……」
意外だった。
オルが正式なメンバーではない事も驚いたが、この言葉にはもっと驚いた。
オルは自分の扱いが他者と違う事も、その原因もちゃんと分かっていたのだ。
人間からしてみればオーガは異質だ。
驚異的な戦闘能力、それに反した優しい性質、それ故昔は人間に利用され、戦争の道具になったりもしていた。
だから優しいオーガは自ら去り、今では人間と交流のあるオーガはごくわずか。
オル自身も、赤ん坊の時に人間に拾われて育てられたので自分以外のオーガを知らない。
良く分からないものは排除されてしまう……悲しい世の常だ。
「あたし知らなかったんだぁ、あたしの事育ててくれた爺ちゃんは人間だったし、あんまり人と会わないような山奥で二人だけで暮らしてたの。生まれたばかりのあたしを爺ちゃんが引き取ってくれたんだよ。そんな爺ちゃんが死んじゃって街へ出て来たけど、それでオーガが嫌いな人も居るんだって分かった。だって誰もオーガのあたしの事カルムに入れてくれないからさ。仕方がないから一人でやろうって思ったんだけど、スレイヤーランクが低いとろくな依頼を受けられないのね」
スレイヤーにはその仕事に応じたポイントが存在し、経験年数が浅くてもポイントさえ積めればスレイヤーランクは上がる。
年月を掛けてコツコツとランクを上げて行く者も居るのでランクが高ければ強いと言う話しではない。が、中には命を落としかねない危険な仕事もあるので、その仕事を受けるには一応の指標としてスレイヤーランクが必要になって来るのだ。
人をまとめ上げるカルムの設立申請などにも低くはないスレイヤーランクが必要だ。
「まぁ、そうだろうな」
アルヴィはもうどんな仕事も受けられるスレイヤーだが、そうなるまでにはもちろんカルムの世話にはなった。
三人以上のカルムに所属していないと中型以上の獲物の依頼も受けられない。
小型の獲物であればベースで回収せずにスレイヤーが自分で持ち帰れるが、シールは三人以上のカルムにしか支給されないのだ。
「それで困ってたらね、エウロが誘ってくれたの! 最初はオーガの事嫌いなのかなと思ってたんだけど良い人だったみたい!」
「エウロが良い人ならなんで正式なメンバーじゃないんだよ」
そう言われてオルは少しだけ俯いた。
「エウロはそのつもりなんだけど……、あたしオーガだし、エウロのカルムは人も多いし、だから全員に認められるような立派な働きをしろって」
カルムに入って日の浅いアルヴィだが、エウロにそんな気がある様にはあまり見えない。体良くオーガの力を利用して楽に仕事を熟しているだけではないだろうか。
大き目の依頼を受けて、全部オルに任せて、報酬だけ等分にする。等分かどうかも怪しいものだ。
「そうかよ、そりゃ早く認められると良いな」
「うんっ!」
アルヴィの嫌味を百パーセント善意として受け取って大きく頷くオル。そんなオルを見ているとアルヴィはイライラしてしまうのだが……。
オル本人が幸せそうなら問題ない。そう納得する事にした。
オルが自負した様に、白いハイヴォルフはアルヴィが付けた傷以外は綺麗なまま息絶えていた。それにシールを押し、別場所でオルが狩った獲物にも押しに行き、その日の仕事を終えたアルヴィ達は『石の家』へと帰還する。
「ようオル、お早いお帰りじゃねぇか、あんまり早いと石の家が獣臭くなっちまう。もっと働いて来いよ」
そこに居るのは同業者、荒くれ者のスレイヤー共だ。
石の家、と呼ばれているが、ここはスレイヤーの仕事を斡旋している施設、スレイヤーズギルドである。
仕事の受注、必需品の購入、酒を含む飲食、宿泊、カルムの設立申請、シールの支給……、その他スレイヤーにとって必要なあらゆる事がここで出来る。大事な拠点と言うわけだ。ちなみに木造である。
「あたしんじゃないよ! 今日はドーギュをいっぱい狩ったし、見た事無い子も二体狩ったからその匂いだよ!」
「おいそりゃドーギュに失礼だ!」
オルをからかったその言葉にドッとスレイヤー達が沸いた。
一階は受付と飲食スペースになっているので夕方以降になると酔っぱらったスレイヤーで溢れる。
スレイヤー達が集まる主なエリアは数にして十五。大きく東と西に別れ東に八つ、西に七つある。
ここは西、アンスガーランド。まだスレイヤーが存在しなかった時代に、ここでドラゴンを倒す事を生業にしていたアンスガーと言う男が治めていた街だ。
アンスガーは頭突きでドラゴンを倒せる程の石頭で、それでスレイヤーの施設が石の家と言われる様になった……らしいが、本当か嘘かはもう誰も分からない。
それぞれ地域ごとに特色もあるのだが、アンスガーランドは面積も広ければ人口も多い。石の家以外のスレイヤーズギルドも、他の地域に比べて多い方だ。中でも石の家はアンスガーランドの中心なので狩り以外の、生活に根付いた仕事も豊富だ。
「もうっ! 明日はカーモ草集めの依頼受けようかな!」
カーモ草とは染色に使う草なのだが加工前は鼻がもげる様な悪臭を放つ。山深い所にしか繁殖しないのでスレイヤーの仕事になるのだが、臭いとからかわれたオルはそれを集めて来ると言って応戦した。慣れたものだ。
下品な大声で笑いながらくせぇくせぇと盛り上がるスレイヤー達。アルヴィはそれが不快だと思ったが、当のオルはさして気に留める様子もない。
「お前も大変だな新人!」
図々しくそう声を掛けられ、お前の相手よりはマシだと言いそうになってやめた。
「別に」
一応は否定の言葉にはなったが、たったこれだけがオルは嬉しかったのか、笑顔で報酬を受け取りに行こうよとアルヴィを促した。しかし、受付カウンターにはすでに先約が居た様だ。
肩に掛かる銀髪の後ろ姿、同じカルムのジノである。大概のスレイヤーの様にオルを馬鹿にしてはしゃぐ様な真似はしないが、オルを見る目は人一倍冷たい。
「チッ……!」
案の定、オルが後ろに並んだのに気付くとあからさまに舌打ちをして足早に去ってしまった。
「あっ……ジノ? 急にどうしたの?」
そう不安げな声を出したのはカウンターの向こうに居た受付嬢のエフィリアだ。
オルとは対照的な、サラサラのストレートヘアに黒目がちの瞳。石の家の看板娘と言ったところで、ファンも多い。
「ああ、オル。お疲れ様」
ようやく、オルに労いの言葉が掛けられた。おそらく石の家でオルに差別的な態度を取らないのはエフィリアと、エフィリアに嫌われたくないスレイヤーだけだろう。
「うん……、ごめん、ジノの順番飛ばしちゃった?」
「平気よ、もう報酬は渡したし、ちょっとお喋りしてただけだから。待ってね、オルのもすぐに出すから。えーっとオルの分はっと……」
手元の書類を捲ったり、別のファイルを確認したりしていたエフィリアだったが、彼女は怪訝そうな顔をしてオルに聞いた。
「オル、あなた昨日はジュラスを狩りに行くって言ってなかった?」
スレイヤーの報酬は各ベースから一日、場所によっては数日遅れで石の家に入り、どのベースで引き取られてもスレイヤーは必ず窓口を通して報酬を受け取る。
エウロはあまり遠くの依頼は受けないのでだいたいは翌日に入る。つまり今日のハイヴォルフ等の報酬は明日受け取ると言う事だ。
「そうだよ」
「それにしてはポイントも報酬も少ないんだけど……。何かの間違いかも知れないからちょっと確認……」
「ああ、良いの良いの、あたしジュラスの牙を折っちゃったの」
「え?」
「ジュラスの牙は装飾品に使うから綺麗なままじゃないと買い取りが付かないんだって。でもエウロがベースの監査員さんと話してあたしにも特別にちょっと付けてくれるって言ってたんだ」
「……はぁ」
「チッ……」
何も疑っていないオルに溜息を吐くエフィリアと、思わず舌打ちが出るアルヴィ。そんな事で報酬が減るなんて聞いた事はない。ベースの監査員までも信用出来ないとは……。
エフィリアは今までも、オルがこうやって分かりやすい意地悪をされているのを知っていた。
「ねぇオル、もうこの仕事辞めたら? 私もっと良い仕事紹介できるよ」
だからエフィリアは何度となく、オルにこう言うのだが……。
「あははっ、あたしにはスレイヤー以上に良い仕事なんてないよ!」
その度、オルはこう答えた。
「そりゃオルはスレイヤーとして立派にやってると思うよ? でもこれしか道がないわけじゃないんだし……」
「俺のも良いか」
「あっ、はい」
オルにそんな事を言ってくれる人物が居るのは良い事だと思ったアルヴィだが、女同士の長話を待っててやるつもりはない。
報酬を確認すると、ちゃんと相場通りであると感じた。
それに比べて……、あれだけ働いて理不尽に報酬を減らされているオル。
エフィリアじゃなくとも他の仕事を探せと言いたくなる。仕事を変えたところでオルがオーガである事は変わらないが、このままスレイヤーを続けるよりはきっとマシな筈だ。
「じゃーあたしご飯食べて来るー! またねぇー!」
「ああ」
その明るい笑顔を見て、オルが納得してるなら自分がどうこう言う事はない。アルヴィは心の中でそう唱えた。思いがけず身の上話を聞いてしまっただけなのだと。
そしてエフィリアはそんなアルヴィの横顔を、まるで観察する様にしげしげと見詰めていたのだった。
翌日、石の家に集まったエウロズ……、エウロのカルムの登録名だが、エウロズのメンバーは普段よりも少なかった。
そう仕事熱心なスレイヤーは居ないカルムなので、大きい獲物を獲ったら数日は休むのが常。エウロも不参加だ。
「おはよ! 今日はちょっと静かだね!」
もちろんオルは休まない。早く皆に認めてもらう為と言うのもあるが、休むと言う概念がない。
「ね!」
「……そうだな」
図らずともオルと親密度を上げてしまったアルヴィは、当たり前の様に自分の横にやって来たオルに困惑する。アルヴィも休みは持て余すので基本休まない質だ。
石の家前の噴水が正確なエウロズの集合場所なのだが、ジノはその噴水の縁に座って腕を組んでいた。カルム長でなくとも、ランクが十分な誰かが代わりに依頼を受ければ良いのだが、今日のリーダーはジノだ。
「時間だな。今日は馬車を借りた。リフィール湖まで行くぞ」
ジノはアルヴィと同じ年だが、だいぶ若い時からエウロズに居る古参だ。長年エウロをサポートしている。エウロは合理的な男なので近場の狩り以外に手は出さないが、ジノはわざわざ馬車を借りたらしい。アルヴィとオルを入れて、たった五人のスレイヤーの為に。
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