第19話 リトルホルダー

 まずは、一秒でも良いから時間を稼ぎたい。

 

「オズ君、《サンドストーム》で視界を消せる?」

「さ、流石に範囲が広すぎるな」

「魔力、使い切って良いよ」

「本気かい? 戦闘は?」

「私が全力で殺す」

「「「…………」」」

 

 三人が目を丸くしている。

 流石に私がこんな事を言っても説得力がないか……。


「いや、一応考えてることは――」

「私は……何をすればいいの」

「え?」

「早く指示を出しなさい」

「任せるぜアリスちゃん」

「…………」

 

 今度は私の方が黙る番だ。

 オズ君はもう《サンドストーム》の詠唱をしてくれている。

 三人が私を信頼して指揮を任せてくれた。

 それが嬉しくて、ちょっと涙が出てきそうになる。


「早くしろっつーの!」

「……わ、わかってる!」


 こういうところは相変わらずのアマンダさんだ。

 でも彼女の言うとおりだ。

 時間がない。モタモタしてはいられない。


 私はアマンダの仕事を端的に伝える。

 

「アマンダさん、小さくていいから、とにかく熱い《ファイヤボール》を作り出せる?」

「な、何それ……」

「アマンダさんなら出来るはずだよ。小さくて、より熱い《ファイヤボール》の生成」

「まあ、ファイヤボールなら……」


 リトルホルダーは魔法習得に必要な想像力が人より劣る。

 これが世間一般の認識で、誰よりもアマンダさんたち自身が感じてることなんだろう。

 でも、彼女たちの魔法をこの訓練の間に見ていた私は違った印象を持った。

 彼女たちは魔法を発現するのに必要な発現原理について、異常な正確性を求めている。

 

 本来なら曖昧なイメージで魔力を操作するだけのところ、彼女たちはどこまで論理的な思考で魔法を発現させている。

 理論の牙城を構築して数多くの魔法を習得してきた私だから理解できる。

 アマンダさん達は私と同じような思想で魔法を発現している。

 それでいて、私以上の理論畑の人間。たぶん、それが彼女たちの正体。

 魔法発現までの全ての工程に意味を持たせなければ気が済まないタイプ。

 だからこそ、習得している魔法に関しては応用力が高い。

 

 事実、アマンダさんは無意識レベルでE級火属性魔法フランマの拡大発現に成功している。

 本来は火の粉を飛ばすだけの魔法であるはずなのに、彼女のそれは異常な拡散性と発火性を持っていた。

 そうして、今私たちの目の前に広がる燃え上がる大地を作り出して見せたのは彼女だ。

 

 ドレインキャット討伐に使用したヤクト君の《ウォルタ》にしても、通常サイズを遥かに超える魔法の拡大発現を難なくこなしている。

 なら、その逆だ。


「小さく、小さく魔法を発現しようとして。でも、魔法発現に使う魔力量は可能な限り多く、その流れを一点に」

「難しい事言ってくれるじゃない……良いわよ」

 

 アマンダさんは目を閉じて魔法発現に神経を研ぎ澄ませている。

 成功するかは分からない。でも、信じる。

 きっと、彼女たちなら魔法の圧縮発現ができる。


「ヤクト君はアマンダさんが魔法を放った瞬間に私たちの前方に出来るだけ厚い水壁を作り出してほしい。たぶん、アマンダさんが発現に成功したらとんでもない熱波が来る。それを防ぎたい」

「……オイオイ、おっかねぇな。でもわかった任せろ!」

「《サンドストーム》」


 話している間にオズ君の魔法が発現された。

 発現された砂嵐は燃える大地を少しずつ鎮火させる。

 そして、激しいその風が私たちに狭る魔物の歩みを遅らせている。


「や、やればできるもんだね。魔力は空っぽだけど……」

「凄いよオズ君……このレベルで拡大発現できるなんて……」

「アハハ、自分でやれって言った癖に」


 たしかに私が提案したのだけれど、ハッキリ言って想定以上だ。

 先ほどは陽炎の奥に見えていた魔物の姿は激しすぎる砂嵐で殆ど見えない。

 ドレインキャットに関しては、風に巻き上げられて吹き飛んだかもしれない。

 《サンドストーム》はC級魔法。だけど、この規模ならA級に迫ると言っても過言じゃない。

 

「鍛冶場の馬鹿力かな。自分にこんなことができるとは思ってなかった……」

「きっと、まだまだ凄いことができるよ」

「……ああ」


 本当にそう思う。

 きっとオズ君は凄まじい量の魔力を宿している。

 彼が一度何かを掴んでしまえば、凄まじい勢いで躍進するだろう。

 人より多く魔力を持つ彼が羨ましい。

 でも、今はコンプレックスに悶えてる場合じゃない。


 意識を切り替えてアマンダさんの方へ視線を戻せば、高温に達し青く揺らめく火炎が発現されている。

 それでもまだ熱く、ドンドンと熱気が高まる。

 これだ、これこそが研究生活の中で私が求め、達成できなかった真の《ファイヤボール》の姿だ。


「《ファイヤボール》」


 ドッ――――――――。


 何かに着弾すると同時に爆音が轟く。

 アマンダさんの宣言と共に放たれたそれは、オズ君の《サンドストーム》で鎮火された大地を再度焼き焦がした。


「《アクアリアム》」


 立て続けに発現されるヤクト君の水壁で私たちは熱波から守られる。

 魔物たちが居る方角は酷い惨状だ。

 アマンダさんの生み出した爆炎がオズ君の砂嵐に巻き上げられて相乗効果を生み出している。

 

「こ、これ、ワンチャン消し炭になってないか?」


 余りの事態にヤクト君がそんな言葉を漏らす。

 

「わ、私、必要なかったかも」


 想像以上の成果に、私も驚愕してしまった。


 カッコつけて『私が全力で殺す!』とか宣言しちゃったのが恥ずかしい。

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