第18話 フラムリザード

 なんだかんだ言いつつ最終的にはアマンダさんの火属性魔法で一帯は火の海になっていた。

 ここが前世の世界なら、私たちは犯罪者になるところだろう。

 しかし、魔物の生息圏をどれだけ汚そうが誰も気にしないのがこちらの世界だ。


「ま、まあ、アイツなら多分大丈夫でしょ……一応教師なわけだし」


 アマンダさんは自分を納得させるようにそんなことを言って頷いている。

 彼女は刺々しいけど、人を気遣う優しい心の持ち主であることはこの数日間で良く分かった。

 今も嫌っているマルコフ先生のことですら心配しているらしい。


 私はもう割り切った。結構薄情な人間である自覚はある。

 

「行こうぜアマンダさん。俺らはミンチの心配をしている余裕なんてないぜ」

「だね、一刻も早く魔物の生息圏から出て学園の誰かと合流しよう」

 

 ヤクト君の言葉に背を押されるように、私たちは急いでその場から離れようとする。

 しかし――。


「いや、ちょっと遅かったららしいよ……」


 オズ君の緊張した声が私たちの動きを止めた。

 私は思わず息を呑む。


 彼の視線を追えば、そこにはドレインキャットが 3体。

 信じられないことに、奴らは火の海をお構いなしに走っている。


「マジかよ……早すぎないか?」

「火を放っても突っ込んでくるじゃない!」

「いや、流石におかしいよ……」

 

 いくら魔物とはいえ、どうして自ら火の中に飛び込んでまで追って来ている?

 魔物だって生物だ。痛覚があるのだから、自ら火に飛び込むような真似をするとは思えない。

 群れの仲間を私たちに倒されてしまったとはいえ、自らの命を顧みず襲ってくるほどの仲間意識があるはずもないだろう。

 

「違う! よく見ろ! ドレインキャットの後方に何か居るぞ!」


 ヤクト君の言葉で目を凝らせば、ドレインキャットは私たちを目指して走っているわけではなく、何かから必死に逃げていることがわかる。

 ドレインキャットの後方、陽炎の奥にはぼんやりと別の魔物が見える。

 

「…………フラムリザードだ」


 生態学の教本に記載される平均サイズは全長10メートル、体高3メートルといったところだったか……。

 

 トカゲというより、ティラノザウルスのような見た目の獣脚類。

 ドレインキャットなんて相手にならない危険な魔物だ。

 軽く蹴られただけで人は死ぬ。

 その上、フラムリザードは火炎を吐き出す。

 何をされても人間はその一撃を加えられたらひとたまりもない。


 ドレインキャットからはかなり離れているけれど、確かに奴はそこに居る。

 そして、巨体を駆使した物凄い速度でドレインキャットに迫っていた。

 

「お、終わりだ」


 オズ君が足を震わせてへたり込む。

 アマンダさんも表情をキツくして固まっている。

 私もどうすればいいか分からない。


 当然だが、その体躯に見合った力を持つ魔物だ。

 時期にフラムリザードはドレインキャットを始末することだろう。

 そうすれば、次に奴の視界に入るのは私たち。

 その先は簡単に想像できる。


「止まるなぁぁぁあああああ!」


 意外にもそんな私たちを叱咤するのはヤクト君だった。

 彼は背負っていた物資を全て放り投げる。


「荷物を捨てて全力で走るぞ! アリスさんは持てるだけ回復物資を持って身体強化で先行してくれ!」

「う、うん!」


 ヤクト君の言葉に意識を現実に引き戻される。

 惚けている場合じゃない。

 私は1つだけカバンを肩に掛けると魔法で身体強化する。


 そうだ、今はボーっとしてる余裕はない。

 一刻も早く逃げないと……。


 余りの急展開。

 訳の分からない状況だ。

 本能が、とにかく逃げ出したいと叫んでいる。




 


 でも、――――――それでどうなる?






 


「ダメだ……私は逃げれても、三人が死ぬ」

 

 身体強化魔法を使えるのは私だけ。

 走るのが遅い三人を置いて行けば、足の遅い順に殺される。

 

 フラムリザードの攻撃性は非常に高いと聞く。

 食事目的ではなく、目に付く生物とは無条件に敵対する。

 助かる者はいないはずだ。


「皆、一本ずつ飲むよ!」


 私は方に掛けたカバンから魔力回復薬を取り出して一本を飲み干す。

 既に身体強化魔法は切った。

 

「いや、何言ってんだ! 早く逃げないと!」

「どーせ追いつかれる!」

 

 ヤクト君の判断も間違ってはいないのかもしれない。

 私はそれなりの確率で生き残れるし、三人ももしかしたら見逃してもらえるかもしれない。

 でも、全員の生存率が上がる方法もある。


「多分ドレインキャットは直に全滅する。私たちはフラムリザード一体を相手にするだけでいい!」

「だ、だけって…………マジかよアリスちゃん」

「本気?」

「………………」

 

 私の言葉に驚くヤクト君とアマンダさん。

 オズ君も驚愕の表情で私を黙って見つめている。


「悪いけど悠長に説明する余裕はない。全員私を信じて!」


 強い決意を込めた視線を送れば、三人は息を呑んで頷いてくれた。


「無茶言ってゴメン。でも、全員で生き残ろう」


 私はフルスロットルで脳をぶん回す。

 生死を掛けて一瞬の閃きに全てを掛ける。

 

 ここで逃げたら、私は最強の魔導士になんてなれない。

 全員で生きて帰る。

 それこそが、私が憧れた主人公だ。

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