第16話 目視
「吃驚するぐらい魔物が居ないね……」
ヤクト君が疲れた声で呟く。
私たちが訓練を始めてから既に二日経っていた。
「まぁ、そんなにウジャウジャ居たんじゃ困るけど……」
「それにしたって少な過ぎよ……。あたしたちまだ 1回もドレインキャットどころか他の魔物にも遭遇してないのよ。もう帰っていいんじゃない?」
「私は構わないよ。しかし、君たちの成績は最低値を付けることになる」
マルコフ先生……もうマルコフでいいや。
マルコフは私たちを嘲笑うようにそんなことを言う。
私たち生徒四人は、結成当初には考えられないほど良いチームワークを発揮しているのだけど、この教師だけがやはり邪魔だ。
基本的に不和が起こるのはマルコフのせい。
もう邪魔だから帰ってくれないかな……。
「クソミンチ……」
「アリス、またコイツの事グチャグチャにしてやりなさい」
「こらこら、二人とも……」
「きっ、貴様ら……俺をバカにするのもいい加減にしろよ?」
「「チッ……」」
ヤクト君とアマンダさんのストレスゲージがマックスだ。
オズ君も二人を注意する気力がないようで黙って成り行きを見ている。
いつもなら一緒に二人を落ち着かせてくれるのに……。
「ふ、二人とも、疲れるだけだよ。ね?」
「わかってるっつの……ハァアア」
もしかすると、マルコフという共通の敵が居ることによって私たちは団結力を高めているのかもしれない。
アマンダさんの敵意が全てマルコムに向いているおかげか、グループメンバーに刺々しい言葉が飛んでくることは無くなっていた。
唯一マルコフが居ることでプラス効果を示した一面があるとすれば、これだ。
「あの、マルコフ先生、もう黙っていてください。気が散るので」
「フフッ……ああ、そうか。それなら私は君たちを静かに見守るとしよう」
嫌に素直だ。この人なら私の提案なんて何でも突っぱねてくると思ったのに。
そんなことを考えている矢先のこと。
「三人ともっ……」
小さく、鋭い口調で注意を集めるオズ君。
彼の視線の先を目を凝らして見れば、一匹の魔物が木陰に居るのが確認できる。
「っ……ようやくか」
「一発目で当たりね」
陰に隠れるように黒い毛皮に包まれた魔物が眠っている。
間違いなくドレインキャットだ。
「一度離れよう……」
「ハッ! ……何で――⁈」
距離を置くことを提案するオズ君の言葉に驚いたようにヤクト君が大きな声を出す。
私は慌ててヤクト君の口を手で押さえた。
「し、静かに……!」
「バカ……起こしたらぶん殴るわよ」
アマンダさんの暴言にヤクト君は何度もうなずく。
私たちはオズ君の言葉に従ってドレインキャットから距離を置いた。
◆
「なぁ、なんで戦わなかったんだよ。チャンスだったろ!」
ドレインキャットが見えなくなるまで離れると、口火を切ったのはヤクト君だった。
彼はオズ君へ苛立ったように詰め寄る。
「あんな魔物が一匹で、昼間っから寝てると思うか? ドレインキャットだぞ?」
「ヤクト、あんた目標個体の習性くらい把握しなさいよ。あれ、群れよ」
「だよね……」
木陰で寝ている魔物。
それを見て喜々として襲いに行くことは自殺行為だ。
大型個体ならまだしも、魔物の中では小型に分類されるドレインキャットが単独行動で寝ることなどありえない。
寝ている小型個体が居るという事は、群れで行動しているということだ。
たとえ視界に確認できる魔物が一匹でも、その警戒を怠れば背後から噛み殺される未来が待っているだろう。
「え……マジ?」
「大マジよ……。ヤクト、アンタ生態学の講義寝てるんじゃないの?」
「……ゴメン」
「チッ……このクズ」
アマンダさんから激辛の説教を受けているヤクト君。
今回ばかりは自業自得だから反省してほしい。
「まあ、ヤクトの説教は後々三人でたっぷりするとして。今はこれからどうするか考えよう」
「俺の説教はまだ終わらないのか……」
ぼやくヤクト君を無視して話は進む。
「あの個体を観察して、群れの数を把握するとか?」
「やっぱりそれが確実かな……」
オズ君が私の意見に賛同するけれど、アマンダさんとヤクト君からは反対意見が出る。
「私たちの体力と食料が持たないわよ。持ってあと二日ってところよ?」
「しかも体力はドンドン削れるから、戦うことを考えたら急がないとキツイよな」
二人の意見も間違ってない。
野外訓練が初めての私たちは何日もキャンプ生活なんて続けられない。
何より、学園から用意された食料は残り三日分。
これは実質的なタイムリミットを意味している。
帰還までにかかる時間を考えれば、一日分は食料を残さなければならない。
つまり、アマンダさんの言葉通り、私たちに残された滞在時間はあと二日ということだ。
「……マルコフ先生の防護魔法を当てにして群れに突貫でも仕掛けるか?」
「死にたいならアンタ一人で行ってきなさい。見ててあげるから」
「冗談言ってる場合じゃないよヤクト。でも、君が餌になってくれるなら歓迎だ」
「アハハ……」
ヤクト君の無謀な発言を聴いてボコボコに叩く二人に思わず苦笑が漏れる私。
さて、これからどうしたものか――。
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