第15話 前言撤回

 偶々こうなってしまったのか、それとも意図的に誰かがこうしたのか……。

 このチーム編成と担当教師の組み合わせは最悪だ。

 マルコフ先生が能力の低い生徒を見下すタイプの人間であることは身を持ってよく知っている。

 この成績ワーストグループの担当としては最も不適格な人物だろう。

 そして、傲慢から来るくだらない失敗を犯す人であることも不安材料の 1つだ……。

 私達はこれから魔物と闘うというのに、護衛があんな失敗をする教師というのは……ハッキリ言って好ましくない。


「ミンチ先生……かよ」

「こっ、こらヤクト!」


 ヤクト君から早速失言があった。いや、態と言ったのかもしれない。ヤクト君の表情からしてマルコフ先生に思うところがありそうなのは伝わってくる。

 そして、ヤクト君の言葉を聞いたマルコフ先生は青筋を立てて笑っている。


「ほう? 君、今なんと言ったのかな?」

「いえ、何も……」

「……ふっ、アリスの魔法で大怪我したバカ教師」

「ハァ…………」


 誤魔化すヤクト君と、さらに煽りを入れるアマンダさん。そして態とらしく溜息を吐くオズ君。

 これで確信した。たぶん、ここにいる生徒はマルコフ先生に良い思いを抱いていない。

 各々、何かしら嫌な思いをさせられたのだろう……。

 新任だというのに、この先生は短い期間に何をしたというのだろうか。

 

 それにしても、教師相手でも容赦無いアマンダさんには逆に好感が持ててきた……。

 しかし、今はそんなをこと言ってるいる場合じゃない。


「あ、あの~、そろそろ行きません?」


 真面目に学園に通う身としては、下らない私怨で単位を無駄にしたくない。


「だね。話は歩きながらできる」

「……いいだろう。では、行くとしよう」

「仕切ってんじゃないわよカス」

「アマンダさん……」


 纏まりなどない烏合の衆。もはやチームと呼べない。それでも、私達は歩みを共にする。

 

 ◆

 

 魔物討伐、それも特定の個体を探すとなれば相応の時間が必要になる。

 当然ながら一日で討伐が済むほど温い訓練ではない。

 そして、いちいち学園から行ったり来たりできるほど近い距離に魔物はいない。訓練中は仮設拠点を作って野宿生活だ。

 これまでサバイバルなど経験したことがない学園生の大半は苦労していることだろう。

 もちろん、私達も例外ではない。

 

「1日中重い荷物を担いで郊外を歩き回って……挙げ句に野宿。これが学園の訓練とかイカれてるわね」


 アマンダさんのよく通る声か静かな夜に響く。

 彼女とてそんな文句を言っても状況が変わらないことは理解しているのだろう。

 それでも、文句が出てくる気持ちは同じ女子として良く分かる。


 今は訓練初日の夜。

 郊外に出て魔物の生息圏を目指すだけで今日は終わってしまった。

 成果は無し。疲労だけが残る一日だ。


「こんなのがあと何日も続いたらストレスで倒れそうだね……」


 私とアマンダさんはちょっとだけ仲が良くなっていた。いや、良いと言えば嘘になるだろうか。

 それでも同性であるだけで話は広がる。

 

「ふぁああああ……アンタ、ちょっと休憩しなよ。明日になって動けなくなると困るわ」


 大きな欠伸をしてから私に声を掛けるアマンダさん。

 今は私とアマンダさんでキャンプ地の火の番をしている。

 

「いや、でも火の番は二人でしないと……」

「寝てる男どもを起こせば良いのよ」

「えぇ……」

 

 アマンダさんは私を嫌っていると思っていたのだけど、どうにもそれだけではないらしいことが分かってきた。

 彼女は年下の私を明らかに気遣ってくれている。

 今も言い方は刺々しいけれど、私を休ませようとしてくれているのだろう。


 口が悪いのは個性と思えば、割と付き合いやすい人なのかもしれない。

 何よりも、明け透けな物言いをする彼女を嫌いになれない自分が居る。

 これまで陰湿な嫌味を言われてきたけれど、ああも正面から罵倒されるとそれはそれで気持ちいいものだ。

 私はマゾ気質ではないと思うけれど、清々しさというのだろうか。とにかく、あそこまでバッサリ言ってくれると逆に笑える。


「とにかく、アンタは休みなさい。拘束魔法を使えるのはアンタだけよ。それも出来なくなったら本当にお荷物なんだから」

「……そうだね。正直、体力的に不安はあったんだ……。悪いけど、ちょっと休ませてもらうよ」


 こちらはまだまだ十代前半の成長期。身体はとっくに限界を迎えていた。

 私の脳が「さっさと寝ろ!」と訴えかけている。

 ありがたくアマンダさんの言葉に甘えさせてもらおう。


「……おやすみ」


 アマンダさんにしては控えめな小声。

 彼女はコチラに顔を向けることもない。

 

「うん」


 私は返事をするとテントの中に入る。

 驚いたことに中には起きている人が一人。


「アリスちゃん、俺が交代するよ」


 ヤクト君だ。


「え、起きてたの?」

「いや、さっき目が覚めてね。どうにも固い地面は寝心地が悪くって」


 本当だろうか……。

 どうにも、思っていたよりこのチームは私に優しいらしい。

 

「ありがとね……」

「いやいや、俺が眠れないだけだから。じゃ、おやすみ」


 前言を撤回しよう。

 私たちは良いチームになれるかもしれない。

 

 彼らの優しさに、しっかり応えよう。


 そんな決意と共に、私は眠りに落ちた。

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