第二章 怪しい訓練

第12話 ボッチ飯卒業

 退学試験を無事に乗り越えてから二週間。

 私の学園での生活にはちょっとした変化があった。


 ちなみに、それほど良いものではない……。


「あ、アリスさんだ……」

「やべっ、あっち行こうぜ……」

「ひっ……殺される…………」


 そんなあからさまに逃げなくてもいいじゃんよ……。

 年下の女の子の顔を見て「殺される」とはなんだ!

 人をシリアルキラーみたいに言うんじゃない‼


 そう、何故か私は魔法学園の番長的存在になっていた。

 いや、何故か、などとは言うまい。

 アリス・テレジアが詳細不明の魔法を使って男性教師をミンチしたという噂が学園中に広まったのである。

 否定しきれないからタチが悪い。


 またしても別の方から声が聞こえてくる。


「わ、私この前アリスさんに失礼なこと言っちゃって……」

「あたしたちも挽肉にされちゃうのかな……」

「私もあれ見ちゃって……あれからお肉食べられないの……」


 挽肉になんてしないよ! 物騒すぎるでしょ!


 ちょっと前まで私を見るたびに嫌味を言っていた生徒たちの態度は、これまでとは一変した。

 相変わらず私を見てヒソヒソ話をしているけど、どうにも私を恐れるような内容ばかりが聞こえてくる。

 それにしても、どうして聞こえるようにヒソヒソ話なんてするんだろうか。

 どうせ聞かせるなら普通に話せばいいものを……。

 

 もしかすると、私が人の話し声に対して過敏になってしまっているだけかもしれない。


「なんか、釈然としない……」

 

 せっかく周囲に自分の実力を認めさせようと頑張ったのに、結果がこれでは素直に喜べない。

 もっとマイルドな感じに評価されたかった。

 なんでこんな『名前を呼んではならないあの人』みたいな扱いをされなきゃいけないのか。


 どうしても私の学園生活はバラ色にならないらしい。

 

「普通の友達が欲しい……」


 思わずそんなことを独り言ちてみると、後ろから声を掛けられる。


「おや、ここに君の親友が居るじゃないか?」


 声の主は顔を見るまでもなく分かっている。

 どうせ、いつものイケメン女子が居るのだろう。

 そして、振り返ればその予想は当たっていた。

 

「……グレンダ、おはよう」

「おはよう、アリス。それで? 僕を差し置いてどんな友人を作ろうって言うんだい?」

「言ったでしょ、私は『普通の』友達が欲しいの! ストーカー予備軍は普通じゃないんだよ!」


 毎度の如く、いつの間にやら私の後ろに居たらしいグレンダ。

 気づいたら後ろに居て自分を観察しているような人を普通の友人とは呼ばない。

 

「酷いなぁ、僕は君をこんなにも想っているのに……。大事な人を一時でも多く視界に入れていたいと思うのは、当然だろう? それより、今日は一緒に食事なんて如何かな?」


 いつもながらのやり取り。何度言っても彼女には自身の異常性が分からないらしい。

 

 まあ、もう別に良いんだけどね……。

 どうして普通にしてればカッコいいのに変な事ばかり言うんだろうか……。

 

「それにしても、一緒に食事を取ろうなんて珍しいね」

「うん、まぁアリスに遠慮する必要がなくなったかなって」

「それって……どういうこと?」


 グレンダは私の事を見守ってくれていた割に、これまで食事に誘ってくるようなことはなかった。

 彼女は彼女で私が見えるところを陣取り、一人で食事をしているのが常だったのだ。

 それなら一緒に食べれば良いものを、なんていつも思っていた。

 けれど、どうやらその理由は私にあったらしい。


「アリスって、前まで僕に引け目を感じていたでしょ?」

「ぐっ……気づいてた?」


 いや、気付かないわけがないか……。


 多くの魔力を持ち、学園から評価され続けているグレンダは私にとって劣等感を刺激される存在だった。

 私とグレンダを比較するような言葉が聞こえてきてコンプレックスを刺激された経験は一度や二度じゃない。

 正直、本当に精神的に余裕がなかった時期にはグレンダと居ることがストレスになっていたことだってある。

 

 一人ぼっちになりたくはないけど、近寄られすぎるのも嫌。

 どうやら彼女はそんな私の矮小な気持ちすらも把握していたらしい。

 

「ご、ごめん……」

「全くだよ。君はもっと自信を持っていいのに、いつまでウジウジされてると困る……。でも、もう大丈夫だろう? フフッ」


 あの試験で私は自信を取り戻すことができた。

 学園長に、ラピエスさんに、そしてグレンダに実力を認めて貰えてたからだ。

 だから、今ならグレンダと居ても周囲の目は気にならない。

 グレンダと対等になれたとまでは思わないけれど、それでも、劣等感に溺れるようなことはない。

 私も前に進めたから。


「なんか、ちょっとムカつく……」

「……今って結構いい感じの雰囲気じゃなかったかい?」


 グレンダの優しさが嬉しい。でも、どこまでも彼女の掌の上で泳がされているようで、私はそんな意地を張ってしまう。

 結局、私は何処まで行っても天邪鬼らしい。


「ぜーんぜん! 女の事と良い雰囲気になってならないよーだ! ……ほら、行くよ!」


 私はグレンダを置いて走る。


「あっ! ちょっと待ってよアリス!」


 こうして、私は学園でボッチ飯をすることはなくなった。

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