第11話 君を追いかける

 ヒールが床を叩く度にカツカツと子気味良い音が響く。

 いつも優雅に歩く師匠の足音は耳当たりが良い。

 しかし、今日は少しばかりその歩みに乱れがあった。


「直接見たわけじゃないから何とも言えないけれど、相当な破壊力ね。まず吸衝石を破壊した時点でA級魔法以上の威力。そして、範囲もかなり広い。地面を抉ってクレータを生み出す程だもの。……それをC級魔法以下の魔力量で発現するんだから、規格外も良いところね」


 アリスの魔法が生み出した破壊痕と、それに巻き込まれた試験官の有様を見ての感想。

 試験官を治療し、周辺の状態を観察した上で師匠は『規格外』と判断したらしい。

 

「やはりそう思いますか。一度先生に診てもらいたかったんです。呪師である貴方に……」

「……残念ながら、貴方の懸念は当たっているでしょうね。アリスちゃんは呪師の領域に足を踏み入れているわ」

「やはりですか……。アリスの語る謎理論を聞いた時点で、魔導学から外れた何かであることは分かっていましたが」


 アリスがもう通常の魔導士とは呼べない存在になっていることには気づいていた。

 彼女は自身の新たな魔法理論はあくまでも魔導学の延長にあるものと捉えているらしい。

 けれど、僕からすればアリスの理論は明らかに魔導学の枠を超え過ぎている。

 ならば、一般的には彼女が『呪師』と呼ばれる魔法使いになったと言ってもいいだろう。

 

「彼女の口ぶりからすると、理論さえ把握できれば誰にでも再現可能な魔法みたいだけれど……あれが本当なら大変なことになるわ。私の固有魔法は一族の血を受け継いでいなければ扱うことができない。だから技術を盗んだところで意味のない魔法として何処からもマークされていないのだけれど、あの子の場合はどこかしらの機関から狙われることになるわよ」

「魔導院は動くでしょうか?」

「奴らがあの子を放っておけるわけがないでしょ。彼女の魔法は現状の階級制を破壊するものよ。従来では、消費する魔力量が多い程に高ランクな魔法が放てると考えられていた。だから、より多くの魔力を持ち、高ランクの魔法を放てる魔導士が評価されているの。それが、少魔力で大破壊を生み出す魔法なんて出てこられたんじゃ、今まで上座でふんぞり返っていたマギアルティアの魔導士は堪ったもんじゃないでしょ」

「ハァアア……アリスの才能をまだ過小評価していました。まさかあんなレベルの魔法を一ヶ月で、それも単身で作り出すとは…………」


 Dランク魔法200種の習得。それだけで全属性の魔法に対して深い知識と学術的解釈能力があることは証明されているようなもの。

 魔法の発現原理を理解する能力が高いという事は、それだけ高ランクの魔法にも早く到達できるということだ。

 魔力さえあれば彼女はS級魔法にまであっと言う間に到達されると世間から予想されていた。私もそう思う。

 既にアリスは知識と発想だけなら、S級魔法すら簡単に発現できる能力を持ち合わせているはず。

 そんな彼女なら、何かしらの技術をもって既存の魔法を改良して来ると思っていたのだけれど……。

 まさか、完全なオリジナル魔法を持ってくるとは思わなかった。

 

「グレンダがいつも『アリス・テレジアは天才だ!』って私に言っていた理由が良く分かったわ。でも、あれは天才というよりも鬼才ね。まだ12歳なんでしょ? 言っちゃ悪いけど、バケモノじみてるわ」

「もうすぐ13歳になりますよ。……まあ、大した違いはありませんが」


 師匠は何かを思い出すようにして笑う。

 たぶんアリスの事だろう。

 

「……どうしてあの子が私なんかを純粋に尊敬してくれたのか分からないわね。あの様子だと、私を凄い魔導士だと思ってくれているみたいだけど」

「実際、師匠は最高峰の魔導士ですよ。マギアルティアの間違った評価制度で不当に扱われているだけです……」

「それでも、アリスちゃんと比べられたら天と地でしょ」

「あの子は特別です。なんせ6歳でマギアルティアを震撼させた、おそらく世界最年少の魔法発現者ですから」

「私の国にもアリス・テレジアの名前は届いていたわよ……。生まれた場所が此処じゃなければ、今頃彼女は要人になっていたんでしょうね」


 師匠がアリスを憂うように『もしも』の話をする。

 けれど、僕はまだ可能性を信じている。

 このマギアルティアが変わる未来を。

 

「きっと、まだその道は残っていますよ」

「そうね……」


 アリスは試験を乗り越えて一件落着と思っているようだけれど、大変なのはむしろここからだろう。

 彼女の苦難は今をもって火蓋が切られたのだ。

 

「あの子の側に居たいな死ぬ気で精進しなさい。モタモタしてると、貴方の手の届かない場所にまで進まれるわよ」

「はい、わかっています」


 いつもよりも厳しい口調になる師匠。

 僕は彼女の言葉に真剣な面持ちで応えた。


 僕は、いつだって必死にアリス・テレジアの背を追っている。


「あのときは、あんなことを言ったけど……本当は逆さ。いつか君に追いつくよ、アリス」

「なんのこと?」


 僕の独り言を聞いて師匠は不思議そうな顔になる。


「なんでもありませんよ。ただの決意表明です」



 ――――待っていてくれ、アリス・テレジア。

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