第10話 呪師
「学園長、治療が終わりました」
私の魔法についての話が一段落したところで、治療師のお姉さんが駆け寄ってくる。
靡く髪は萌黄色。
色白の肌に大きな垂れ目、その奥には翡翠のような瞳が美しく光る。
白衣が良く似合う長身の彼女は正に美女と呼ばれるに相応しい。
「うむ、すまないねラピエス君」
先ほどまで見るに堪えない状態だった試験官は四肢を取り戻していた。
今は他の教護係によってタンカーに乗せられている。
それにしても、いくらなんでも治療が早すぎる。
このお姉さん、凄い人だな……。
グレンダが私に使ってくれたA級回復魔法≪ハイヒール≫であっても、あの四肢が拉げた状態から原型まで戻すことは難しいだろう。
つまり、このお姉さんはS級相当の魔法に到達しているか、A級回復魔法を重ね掛け出来る魔力を内包しているという事だ。
この実力なら国随一の回復魔導士として名が知られているはず。
でも、私はラピエスという魔導師を知らない。
なんで無名のまま学園の治療師なんてしてるんだろう?
このラピエスと呼ばれた女性がどういった人物なのか、私はとても気になってしまう。
「アハハ、師匠の魔法でアリスが度肝を抜かれてるよ」
「あら、オリジナル魔法を生み出した天才魔導士のお眼鏡に適えて光栄だわ」
お姉さんは私へとびきりの笑顔を向けてそんな事を言った。
私は、久しくなかった他人からの純粋な称賛にむず痒くなる。
どうやら治療をしていた彼女のところまで、私の話声は届いていたらしい。
説明中は熱が入っていたから無意識に声が大きくなっていたのかもしれない。
「い、いや……天才だなんて……えへへ」
自分で気持ち悪いニチャニチャした笑顔になっているのが分かる。
でも、嬉しいもんは嬉しい。
ここ一年は特に称賛とは真逆の言葉を投げかけられていたから喜びもひとしおだ。
私は自分の努力とその成果を認められる快感を思い出している。
しかし、今は彼女の話を聞きたい。
私はグレンダへ彼女との関係を問いかけずにはいられなかった。
「それにしても師匠って? グレンダの先生なの?」
「ああ、そうだよ。この方はラピエス。僕が回復魔法を教わっている他国の魔法使いだ。数年前にスカーレット家が雇い入れて、今は僕の教師と学園の治療師を兼任していくれている」
「他国の……」
なるほど、この国で無名なわけだ。
他国から流れてきた流浪の魔導士か……。
いや、もしかすると――。
「あの、ラピエスさんは呪師なんですか?」
私の言葉で彼女は驚いたように目を見開く。
どうやら正解だったらしい。
「……凄いわね……分かっちゃうんだ…………。まあ、私はこの国に来てから魔導学の知識も得ているから、ちゃんとした魔導士でもあるのだけれど」
呪師とは、魔導学から外れた理論で魔法を操る術者の総称。
神への祈祷や独自の魔法陣を用いた手法で超常の力を発現できる異端の魔法使い。
一部ではあるけれど、そんな呪師を侮蔑する人間もこの魔法都市には存在する。
嫌な思いをしたことだってあったかもしれない。
あまりに短慮な質問だったと今さら反省する。
「あ、すみません……初対面で急に……。隠していらっしゃいましたか?」
「いいえ、知られたって構わないのよ。自分からひけらかす気もないけれど」
気にした様子のない彼女を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。
「すごいですね……あの状態から完全に四肢を修復できるなんて……」
「ふふっ、私の家系に伝わっている自慢の固有魔法だからね」
やはり、私の知る回復魔法からは外れた術を使ったようだ。
おそらく、魔導学に基づいた魔法こそを是とするマギアルティアで評価されることはないだろう。
それでも、この人は間違いなく私が会った中で最高峰の魔法使いの一人だ。
しかもグレンダの先生をしているということは、固有魔法の他にも一般的な回復魔法をかなりのレベルで習得しているはず。
正に、私が目指す『最強の魔導士』の一角になりえる存在だ。
そんな人との邂逅に私は戦慄する。
「貴方に会えたことを光栄に思います」
「ちょっとちょっと、急に止めてって……」
ラピエスさんは恥ずかしそうに私の言葉を流す。
「うんうん、師匠は凄い! 最強の回復魔法の使い手さ!」
「も、もう……」
「凄い! 最強!」
「こら……」
「天才! 最強!」
「い、いい加減にしなさい!」
照れるラピエスさんが可愛らしくてグレンダとふざけすぎた。
「アハハ、怒られたか」
「二人して年上を揶揄うんじゃありません」
「すみません……ふふっ」
そんな風に姦しくしていると、後ろから学園長の咳払いが聞こえてくる。
そういえば、学園長を完全に放置してしまっていた。
「おほん……」
少し気まずそうな顔になっている学園長は、今日の一件を締めくくった。
「君たち、今日は色々とあって疲れただろう。ひとまずこれで解散としよう。それと、……アリス君、合格おめでとう。今後も学園で良く励んでおくれ、期待しているよ」
入学式での言葉を思い出させるそんな一言に、私は思わず泣きそうになる。
「はい、今後もよろしくお願いします……」
こうして、私は退学の危機を乗り越えることができた。
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