第9話 オリジナル魔法理論と禁術指定
先ほどより真剣味が増した顔になる学園長。
グレンダも彼に同調するように私へ質問を投げかけた。
「アリス、僕はそれなりに魔導学の勉強をしてきたけど、君の魔法に類似するものは見たことも聞いたこともなかった。あれは何だい?」
「説明するのは良いんだけど……。かなり伝えるのが難しいんだよね」
魔法について誤魔化す必要はないけれど、あまりに抽象的かつ革新的な話になるから理解してもらえるかは定かではない。
数多の実験結果から魔力の動き、いや、魔力を構成する
あの魔法は、私なりに定義づけた魔素という未解明のファクターを使って感覚的に構築してしまっている。
「構わない、可能な限りワシらに概要を教えてもらえれば十分だ」
概要を教えるとなると、それはそれでどう嚙み砕いたものか……。
私は考えた結果、理論の根本となる問いかけをする。
「まず、魔力を構成する素があると考えたことはありますか?」
「……魔力を構成する、素?」
「はい。魔力という力の原理は未解明ではありますが、それでも何某かのエネルギーであることは間違いないんです。だからこそ、エネルギー変換することで火や水を生み出せる。ならばエネルギーの素があるはず」
「……エネルギー、変換?」
やっぱりそうなるよね……。
この世界は魔法があるばかりに科学があまり発展していない。
そもそもエネルギーという概念そのものがどこまで理解されているのかも怪しい。
「えっと……火を起こすとき魔法を使わないならどうします?」
「アリス、何の話だい? 僕は魔法の話を聞きたいんだけど……」
私も魔法の話をしたいのだけれど、そのためには認識合わせをしなければならない。
簡単に噛み砕いて話せと言われても、根本の知識が一致していないとどうにもできないのだ。
「私の魔法を理解するにはまずエネルギーというものを理解してもらう必要が――」
「もういい、分かった。たぶんこれ以上聞いても詳細は理解できない……。つまり、アリスはこれまでの魔導学にない全くもって新しい概念を持ち込んでしまったんだね……」
「まあ、そうなるね」
グレンダと学園長は顔を合わせて困った顔になっている。
もっと適当でいいか……。正直私だって厳密に何が起こっているのか把握できているわけじゃないんだから。
「えーっと……。複数の属性魔法を同時に発現しようとすればどうなるかは当然ご存じですよね?」
「また話が飛んだな……。基礎的な話だ、異なる属性の魔法を同じ場所で構築すれば、魔法は発現しない」
正しく、これは魔導学の基礎知識。
学園長は当然の事実として回答する。
しかし――。
「と、思われていますが、たぶん違います」
「「は?」」
似た顔の二人が同じような驚き方をしていて少し面白い。
笑ってしまいそうだ。
「厳密には魔法は発現しているんですよ。結果が目に見えないだけで。だって発現しようとした魔法の分だけ魔力は減るんですから。放出した魔力の分だけ、何かは起こっているんです」
「結果が目に見えないなら発現していないのと同じじゃないのかい?」
「全然違うよ。異なる力が打ち消し合うって現象は確かに起こっているんだから。じゃあ、どうして打ち消し合うのか、どうしたらそうならないのか、私はそれを考えたんだよ」
そこで思い至ったのが魔素。
おそらく、発現する魔法の属性によって、魔力もその属性が異なるのだろう。
じゃあ何が魔力の属性を変えるのか。それが魔素だ。
そして、異なる属性の魔素同士が衝突すると中和が起こる。
だから、魔力が打ち消し合って何も起こっていないように見える。
「ハァアアア。なるほど、理解できないわけだ。新たな理論、そしてそこから生み出された新たな魔法か……」
「ワシも長く魔導士をしているが、聞いたこともないな」
「得意分野の魔法を習得することに固執していた僕たちと、魔導学そのものと向き合ってきたアリスでは考え方が違うみたいだね」
「で、あるな……」
二人は私を置いてよくわからない結論に至ったらしい。
私の魔法の話、まだ終わってないんだけど……。
むしろここからなんだけど……。
まだ魔法の圧縮技法の話とか全然できてない。
高密度に圧縮した異なる属性の魔力同士をぶつけると魔素の中和が起こらない代わりに反作用で高エネルギーが――。
「アリス、もうこの話はいいよ。それは君にしか使えない魔法だ」
「えー! みんな使えるようになったら便利なのに!」
私の言葉に二人は頭を抱える。
そして、学園長は私の言葉を強く否定した。
「君の魔法を他者に広めてはならん!」
「えっ」
論文を書いたりして大々的に喧伝するつもりだったんだけど?
それで天才の地位を取り戻そうとか思ってましたけど?
けれど、学園長はそんな私の構想をあっさりと打ち消すことを言う。
「分からないか? 君の新たな理論と技術は危険だ。それを求めて争いが起こり兼ねん!」
「そんな大袈裟な……」
「いいや、これは大袈裟などではない! 考えてもみなさい、君のその魔法を一般魔導士が当然の様に扱えるようになった世界を……」
C級魔法でビクともしない吸衝石を跡形もなく消し去った私の魔法の威力は、おそらくA級魔法を凌ぐ力を持っている。
D級魔法並の消費魔力量で、あの衝撃波を連発できる魔導士が溢れた社会。
間違いなく、とんでもない事態に発展するはずだ。
「その魔法技術を得た国が他国に戦争を仕掛けて見ろ、一瞬で大虐殺が横行されるぞ!」
自分の魔法が社会にどんな影響を与えるかなんて考えていなかった。
間違いなく、これは禁術の類だ。
ここまで言われてようやく気付く。
この技術を世に広めてしまえば、私の名は天才などではなく、殺戮魔法を生み出した『悪逆非道の魔導士』として歴史に刻まれるだろう
「す、すみません……配慮が足りませんでした…………」
「ああ、いや、叱りたかったわけではないのだ。どのみち、君のオリジナル魔法は誰にも習得できまい。ただ、自ら他者に広めような真似は止めておきなさい。何があるか分かったものではない」
「はい……」
落ち込む私へグレンダが慰めるように声を掛けてくれた。
「まあ、君が凄いことをやってのけたっていう事実に変わりはないよ。自信をもって、アリス」
私の頭を撫でながらそんなことを言うグレンダに、私は不覚にもときめいてしまいそうになるのだった。
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