第8話 私、怖くないよ?

 血達磨になった試験官を取り囲んで騒ぎ立てる生徒たち。

 私はそこへ割り込もうと声を掛けた。

 

「あの、どいてもらっていい?」


 その効果は、余りにも激的だった。

 

「あ、あり……アリスちゃ……」


 鬼の形相をしていたわけでも、ドスの利いた声で話しかけたわけでもない。

 それなのに、私の方へ振り返った生徒たちは大袈裟な反応を示す。


「ごっ、ごべ、ごめんなひぇい」

「す、すすす、すみあへん」

「……ひ…………」


 中にはガタガタと足を震わせながらズボンを濡らしている男子生徒まで……。

 あまりにショッキングな試験官の姿に精神を病んでしまったのかもしれない。


「え? ちょ、ちょっと大丈――」


 心配して彼に近づいて声を掛けようしたのだけれど、逆効果だったらしい。


「ママあああああああ!」


 錯乱した彼はここには居ないであろうお母さんを呼びながら私から走って逃げる。

 しかし、数歩目で足をもつれさせ、その場ですっ転ぶと泡を吹いて失神した。

 

 そして、それを見た誰かが叫ぶ。


「バ、バケモンだ……に、逃げろー!」

 

 狂乱したら生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 いったい何から?

 そんなことは考えるまでもない。


「えぇ……私、怖くないよ……?」


 失神した男子生徒と血達磨になった試験官だけが取り残された試験会場。

 私の声は誰にも届くことはなかった。


 ◆


「アリス君、子細を説明してくれないか?」


 グレンダが治療師を連れてくると、そこには何故か学園長までもが同行していた。

 

 正直、私はこの人が苦手だ。

 いや、後ろめたい気持ちがあると言った方が正しい。

 なにせ私をこの学園に推薦してくれたのは、この方なのだから。

 思い出されるのは、入学式での学園長からのお言葉。


『貴殿の活躍にはこの学園の教師のみならず、魔導学会の会員一同が期待している。まずは、このあとの測定式で我々を驚かせてくれるとだろうと楽しみにしているぞ』


 初日にその期待を裏切った私は、学園長に負い目を感じている。

 だから、不意打ちのような彼との対面に私は驚き、返答する言葉がまとまらなくなってしまった。

 

「あ……えっと……」

「アリス、別に怒られるわけじゃないさ。御祖父様は事情を知りたいだけだよ」


 しどろもどろになる私を助けたのは、今回もグレンダだ。

 

 ……というか、学園長を御祖父様と言ったか?


「御祖父様……?」

「ん? そうだよ。学園長――シリウス・スカーレットは僕の祖父だ。気づいてなかったんだね……」


 そんなことは一度たりとも聞いたことはない……。

 

 でも、言われてみれば姓が同じ。

 それに二人は共通してプラチナブロンドの髪に紅蓮の瞳だ。

 

 これだけ明白なのに、何故気づかないんだ私……!

 節穴がすぎるよ!


「あ、ぁえ……グ、グレンダ……さんって、そうだったんですね……」

「こらこら、急に他人行儀はやめてよ。僕は僕さ。家族がどんな人かなんて関係ない」


 たしかに、これまで私と親しくしてくれたグレンダが変わるわけじゃない。

 でも、学園長の孫となるとどうにも……。


 ――いや、これでは失礼がすぎるな。


「ごめん、グレンダ。ちょっと驚愕の事実で動揺が出ちゃった」

 

 学園で孤立する私を気遣ってくれていたグレンダの優しさを無下にしてはダメだ。

 多少、いや、だいぶストーカー気質なところはあったけれど、それでもグレンダが私を独りにしなかったことで心が救われていた。

 今まで通り、学園長の孫ではなく、ただのグレンダと思って彼女と接していこう。

 きっと、それが彼女への最適な返礼だ。


「んんっ……それで、ワシに事の次第を聞かせてもらいたいんだが……」


 すっかり放置してしまった学園長から咳払いと共に控えめな質問が飛んでくる。

 先ほどまでとは違って、彼は孫の友達に話しかけるお茶目なお爺ちゃんのように見えた。


 ――よく見ると顔立ちもグレンダに似てイケメンさんだ。

 

 ロマンスグレーという奴だろうか。若い頃は大層モテたのだろう。

 そんなどうでもいいことを思って緊張を解いた私は、滔々と事実を語り始めることができた。


「実は、――――」



 試験で起こった詳細を学園長に話すと、彼は困り顔になってしまう。

 そして、未だに治療師から回復魔法を受けている試験官の方へ視線を送ると、学園長は苦言を呈した。


「まさか、魔法が発現されると分かっている場所に棒立ちしているとは……。馬鹿な事をしたものだ」

「ええ、彼の負傷は自己責任。アリスに非はありませんよ」


 グレンダは同意するようにして私を庇う。


「で、でも、私ももう少し強く警告していれば良かったです……」

「いや、話を聞くにアリス君を子馬鹿にしたかった彼は頑なにその場を離れんかったろう」

 

 恐らくそうなのだろうけれど、流石にあの惨状を見ると自業自得で片づけるのが申し訳なくなる。

 私を馬鹿にした奴らを見返してやろうと意気込んではいたけれど、ボコボコにしたかったわけではない。

 私は、ただ普通に自分の実力を認めて欲しかっただけなのに……。


「気を落とすなアリス君。プライドの高い魔導士という生き物は時として愚かな行動をしてしまうものだ。こういうことは少なくない」


 そんな学園長の実感が籠った言葉で試験についての話は片が付く。

 

 ちなみに、失神した生徒は保健室に運ばれていった。

 あっちに関しては私の知る所ではない。勝手に気絶して私のせいにされても困る。

 


 これで話は終わり。

 そう思ったけれど、どうやら本題はここかららしい。


「……君には試験で使った魔法についても説明して貰いたい」

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