第7話 A級回復魔法

「あっ……がっ…………」


 たった 1つの魔法を放つために全ての魔力を使い切ってしまった。

 魔法で身を守ることも出来ないまま、私は固い地面の上を転がる。

 激しく身体を打ち付けたせいで全身打撲間違いなしだ。


「ぐ……」


 何とか頭だけは守ったけれど、早く回復魔法で治療しないと大変なことになる。


「だ、誰か…………え……?」


 助けを求めて周囲を見回す私は、自ら生み出した惨状に気づき息をのむ。

 

 先ほどまで吸衝石があったはずの場所。

 そこには大きなクレーターが出来上がっていた。

 あったはずの吸衝石は、跡形もない。


「想定以上だ……ハハッ」


 本気で魔力を込めればCどころかB級程度の魔法に匹敵する威力を出せるのではないかと思っていたけれど、まさかここまでの結果が得られるとは思っていなかった。

 自分の研究成果に酔いしれてしまいそうだ。


「アリス! 無事か⁉」


 身体の痛みも忘れて満足感に浸っていると心配して駆けつけてきたグレンダの声が聞こえる。

 すると、私の意識は現実に引き戻され、途端に脳が痛みを思い出してしまった。


「……ぁう……っ」


 返事をしようとするけれど、肋骨の辺りが急激に痛んで声にならない。

 必死にグレンダの方へ視線だけを送って助けを求める。


「くっ、酷い有様だ! 待っていろ、今すぐ手当てする!」


 グレンダは私の身体に手を添えるとブツブツと長い詠唱を唱える。

 どうやらまだ詠唱を短縮して使えない上位の魔法で治療してくれるらしい。

 流石はグレンダだ。咄嗟の判断力が高い。

 私ならこんな状況に立ち会っても、あたふたして適切な治療に手を回す余裕なんてないだろう。


「《ハイヒール》」


 グレンダの魔法が発現すると同時に、私の身体から痛みが消えていく。

 でも、そんなことよりも衝撃的な事がある。


 ……《ハイヒール》? A級回復魔法じゃないか……。


 この世界の魔法は、使用する魔法への造詣が深く、練度が高いほどに詠唱が省略される。

 そして、完全にマスターすることで無詠唱での発現に至ることができるのだ。

 グレンダはおそらく完全詠唱で《ハイヒール》を発現した。

 練度は高くないのだろう。それでも、A級魔法だ。

 優秀だとは思っていたけど、学生のレベルなんて遥かに超えてしまっている。


「……グレンダは凄いや」

 

 私の全身を支配していた痛みは完全に消え去った。

 間違いなく折れていた骨も、全て修復されていることだろう。

 

「……回復魔法は一番得意なんだ。昔、に褒められてから……いっぱい勉強したんだよ」


 そう言うグレンダの顔は優し気な表情を浮かべている。

 惚れてしまいそうだからやめて欲しい。

 

 彼女をこの境地に至らしめるまで成長させた、ある人とやらは大した人物なんだろう。


「オイ! 大変だ! 先生が……」

「ヒッ……」

「ああああっ!」


 痛みがなくなると、周囲の声が段々と聞こえるようになってきた。

 声のする方をみれば、とんでもないものが目に入る。


 先ほどまで吸衝石の近くで偉そうに突っ立っていた試験官が、血達磨になっていた。

 手足が明後日の方向に拉げている。複雑骨折なんてレベルじゃない。


「ま、まずい……グレンダッ! あの人を――」

 

 咄嗟にグレンダを頼ろうとしてしまうけれど、彼女は恐ろしく冷めた目で試験官を見ているだけだ。

 見たこともない冷徹な顔に私は続ける言葉を失ってしまう。


「アリスの警告を無視した愚か者だ……自業自得だよ。誰かが魔法を発現する直線上に立ってはならないなんて、魔法を使えない子供でも知っているのに」


 そ、それはそう……。

 でも、それどころじゃない!


「ち、治療しないと……!」

「悪いけど僕は無理だよ。アリスを治すのに殆ど魔力を使っちゃったんだ」


 当たり前といえばそうだ。A級の魔法なんて使った直後にそれほど魔力が残っているわけがない。

 あんなものを連発できるなら、それこそ学生どころか常人の粋を遥かに超えている。


「ど、どうしよう」

「落ち着いて、学園の治療師に頼ればいいだけさ」

「あ、そっか」


 動揺しすぎだ。当たり前のことすら頭に浮かばなかった。

 この学園で雇われている優秀な治療師なら――。


「いや、あれは流石に治らないんじゃ……」

「……どうかな。とにかく、僕は治療師を呼びに行く。あそこで騒いでいる連中は、どうにもそこまで頭が回らないらしいからね」

 

 先生を取り囲んでギャーギャーと騒ぎ立てる生徒たち。

 グレンダはそれを見て溜息を吐いている。


 普通の学生なら、あの反応が正常だ。グレンダが冷静過ぎる。


「わ、私はちょっと状態を確認してるね……治療師が来た時に的確な処置ができるように準備しておくよ」

「いいのかい? あのまま捨て置いてもいいんだよ? 君を馬鹿にした教師の風上にも置けない人間だ」

「そんな冗談言ってる場合じゃないから!」

「フッ……そうだね」


 全くもって状況にそぐわない不謹慎な冗談だ。

 あのまま見捨ててしまえば死んでしまいかねない。

 

「じゃあ、僕は行ってくるよ。状況の収拾は任せたからね、アリス」


 そういって、グレンダは身体強化を使って高速で駆けていく。


 魔力、残ってるじゃない……。

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