第6話 これが、私の魔法だ‼
最悪だ~~~!
ここしばらく睡眠時間を削っていた弊害が試験当日になって出てしまった。
目が覚めた瞬間は凄く清々しかったんだ。
これまでの疲れが一気に取れたような、そんな爽快感。
――でも、起きる予定だった時刻からは 3時間も超過していた。
時計を見た瞬間に絶望し、一瞬だけ現実逃避をして、もう一度時計を見る。そうして、再び絶望した。
時刻は正午。ギリギリ試験には間に合う可能性が残っている時間。
私は適当に着た服と梳かすことのできなかったボサボサ頭のまま、学園まで全力疾走した。
いつもなら魔法を使って身体強化するのだけど、今日は試験当日だ。
可能な限り魔力を温存しておきたい私は、素の身体能力だけで駆け抜けた。
本当ならゆっくり準備をして、バチバチにキメた姿で晴れ舞台に立ってやろうと思っていたのに……。
「ハァアアア……」
誰かが私を見てクスクスと嘲笑しているのが聞こえてくる。
全身汗だく、グチャグチャの頭と服。
私だってこんな奴が試験会場に居たら笑ってしまうだろう。
「ハァアアアアア」
「アリス、集中しなよ」
何度目かの溜息を吐いたところでグレンダから咎められてしまう。
今は大切な試験の説明中、となりにこんな辛気臭い奴がいれば気も散るだろう。
「ご、ごめん……」
「全く……ほら、ちゃんと試験官の話を聞いて、ね?」
イケメン過ぎる微笑みで私を諭してくれるグレンダ。
これで男だったらラブロマンスに発展するのに……。
そんな失礼な事を考えてから、私は意識を切り替える。
試験官は魔法の威力測定をどのように行うか説明していた。
「この学園の生徒ならば既に講義で学んでいるはずだが、この吸衝石は受けた衝撃によってその色を変える」
吸衝石と呼ばれるそれは、石と呼ぶには大きすぎる。
隣に立つ試験官の背丈を優に超える大きさ。2メートルはあるだろう。
石というよりも岩だ。
パッと見の外観は一般的な岩と変わらない。
「軽い衝撃であれば青く、そして強い衝撃である程に濃い赤へ。C級相当の威力であれば、石の色相は赤に寄るはずだ。……見ていろ!」
試験官は吸衝石に向けて魔法を放つ。
D級火属性魔法≪ファイヤボール≫。
私が散々研究した魔法。
試験官の放つ火球は、一直線に吸衝石へ向かって飛んでいく。
そして、吸衝石にぶつかると衝突した場所から石に波紋が広がり段々と青く変色していった。
続けて、試験官はC級火属性魔法≪ファイヤブラスト≫を放った。
打ち出された豪炎は吸衝石に衝突すると同時に爆発を起こす。
すると、今度は吸衝石が淡い赤に変色し、段々と元の色へ戻っていく。
「このように、魔法をぶつければ結果は一目瞭然だ。君たちにはこの石を赤く染めてもらう。できなかったものは、――退学だ」
退学という言葉に周囲が色めき立つことはない。周知されていたことだ。
しかし、落ち着いた雰囲気の中、私への視線が集まっている。
「これでやっと終わりだな」
「いつまでも目障りなのよ……」
「無様を晒す姿が楽しみだぜ」
ヒソヒソと私への誹謗が飛ぶ。
それを聞いたとしても、これまでは私から何かを言い返すことはなかった。
でも、今日は違う。
「黙ってなさい、すぐに吠え面かかせてやるわ……」
小さな声で、されど近くに居れば聞こえるほどの声で、私は周囲へ宣戦布告した。
隣のグレンダからは短く息を吐くような小さな笑いが起こる。
後方からは誰かの舌打ちが聞こえてきた。
試験が、始まる。
◆
「アリス・テレジア! 前に出よ!」
「はい」
気の利いた演出という奴だろうか。
名を呼ばれた順に実施する手筈となった試験で、私の順番は最後の最後になった。
既に合格を勝ち取った生徒には帰宅する者もいたけど、その大半は残っている。
「来た来た……ヒヒッ」
どうにも私が試験に落ちる姿を見たい輩が多いらしい。
暇な事だ。でも、それでいい。
「最初に説明したが、試験に落ちれば退学だ。分かっているな?」
試験官まで私を子馬鹿にしたような態度で念を入れてくる始末。
けれど、私は悠然と答えを返してやる。
「ええ、もちろん」
「チッ……では、さっさと始めろ!」
期待した返答ではなかったのか、態々舌打ちをしてから私に魔法を使うよう促す試験官。
今すぐ魔法をぶっ放してやりたいが、そこに居られると危ない。
「あの、もう少し離れてもらえませんか? その位置だと怪我をしますよ?」
今、試験官が立っているの吸衝石からあまり距離のない位置。
心配して声を掛けたのだけれど、試験官は呆気にとられた顔をしてから段々と表情を怒らせていった。
「ほう? 君の魔法で、俺がか?」
「ええ」
――――――。
私の答えで一瞬だけ空気が白ける。
そして、周囲の生徒が大きな笑い声をあげた。
「ダッハッハッハッハ! マジで言ってんのかアイツ!」
「先生がD級魔法で怪我なんかしねぇっての! アッハッハッハ!」
試験官も一緒になって笑い、私の言葉を否定する。
「ハッハッハ。安心したまえ、君
どうやら、どこまでも私を馬鹿にしたいらしい。
そんな皮肉交じりの回答が返ってきた。
「それなら、それでいいわよ……」
忠告はしてやった。後のことは、私の知ったことではない。
私は短く息を吐き、掌を吸衝石に向けて魔法の発現に集中する。
そして、段々と吸衝石の真上に何かが形成されていった。
「ん……?なんだ?」
どこかから、そんな疑問が聞こえてくる。
私の魔法が発現する兆候を見て、違和感を覚えたらしい。
当然のことだろう。
従来の魔導士は、先ほど試験官がそうしたように魔法で『炎』や『岩』を掌の先に形成して、それを打ち出す。
そして、形成された物質で物理的なダメージを与えるのが通例だ。
けれど、研究を続ける中で、私はそんな通例通りの魔法には無駄が多すぎると結論付けた。
せっかく魔法という超常の力を使えるのだ。
もっと、ダイレクトでいい。
この結論に至るまで、私も常識の枠に囚われ過ぎていた。
今から私が作るのは『炎』でも『岩』でも『水』でもない。
もっと抽象的で、けれど確実な結果をもたらすモノ。
私は、『衝撃』という事象そのものを作り出す。
そして、それを打ち出したりもしない。
動かない対象を相手にそんなプロセスを踏むのは魔力の無駄遣いだ。
吸衝石の真上には、黒い球体――砲弾のような何かが形作られている。
家の中では、この魔法を本気で試すわけにはいかなかった。
だから、これが初めての全力。
見せてやる! これが、私の魔法だ‼
「《テスタ・ルプティス》!」
漆黒の球体は、まるで殻を破るかのようにその形を崩す。
そして、――――――炸裂。
――――ゴォッ――――――――――――――――――――――。
鼓膜が破れるのではないかと思うほどの轟音。
私の身体は自分で放った魔法の衝撃で吹き飛ばされていた。
あれ? なんかヤバくない?
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