第5話 快眠
一ヶ月に及ぶ狂気じみた魔法漬けの日々が、遂に実を結んだ。
今の私は全能感に包まれている。
「見てなさい! このアリス・テレジアを再び天才と崇めさせてやるわ! アーハッハッハ!」
ハイになった私は家の中で拳を掲げて高笑いを上げる奇人と化していた。
誰も見てないからいいよね?
「ふぅ……。それにしても、ちょっと部屋が汚すぎるかな……」
少し落ち着て部屋を見渡すと、そこにはゴミ屋敷さながらの惨状が広がっている。
食後に片づけてなかった皿。床に零した飲み物のシミ。実験に失敗し、発狂したときに壊した家具の残骸まで……。
それから、魔力切れを頻繁に起こす私は魔力回復薬を馬鹿みたいに飲んでいたから、床中にその空き瓶が転がっていた。
この薬に副作用があるという話は聞いたことがないけれど、冷静になると不安になってくる量だ。
ちなみに、魔力回復薬は決して安い代物ではない。
一本で銀貨 5枚――大体の価値としては日本円換算で5,000円くらい。
それを少なくとも 100本は飲んだ。
つまり――――。
「あああああああ! 考えるな!」
ここにある薬は研究生活を始める直前に纏めて購入したものだ。
馬鹿みたいな量だから店員さんも困っていた。
当然、一括払いなんてできるわけがないので銀貨 1枚だけ前金を出してローンを組んでいる。
向こう二年の生活費はカツカツであること間違いなしだ。
学園で教員の手伝いをすればバイト代が出るから、それでなんとかコツコツ……。
「ああ、またあの人の所で働かせてもらうしかないかぁ……」
私は
私の体質を知りながら普通に接してくれる数少ない信頼のおける人物……ではあるのだけれど、
ぶっちゃけ、少しウザい。
「ま、それも私が学園を退学せずに済んだらの話か……」
学園を退学になれば、学内のバイトは当然できなくなる。
あの人のところで働くにも、合格しない事には始まらない。
「絶対に合格してやる……」
あとは、しっかり寝て、明日の本番に備えるだけ。
私は部屋を軽く掃除して綺麗な寝床を作ると、泥のように眠りについた。
本当に、泥のように……。
◆
おかしい、今日は試験当日。
それなのに、アリスが試験会場に来ない……。
「何をやっているんだアリス!」
思わず考えていることが声に出てしまう。
でも、僕が焦ったところで時は止まらない。
「……時間だな。それでは、これより試験を開始する! まずは試験の説明から――」
非情にも、試験官が開始の合図を告げてしまった。
まさか、諦めたのか……? でも、あの子はそんな――。
僕はあの子を信じて発破まで掛けたんだ。心の強いアリスなら、奮起してくれるだろうと信じて。
だからこの一ヶ月、彼女が学園に姿を見せないのも秘策を練っているものとばかり思っていた。
なのに、会場に来ないだって?
「あの子が……このまま終わる…………?」
そんなことを口にすれば、突然の眩暈に襲われてしまう。
全く想定していなかった事態に、僕は酷く動揺していた。
拙い! これじゃ僕まで試験に落ちかねない!
いくらC級魔法程度の威力試験とはいえ、この精神状態では魔法の発現に失敗しかねない。
僕は落ち着きを取り戻そうと必死に深呼吸をする。
そんな時に、不意に近くからアリスを馬鹿にする言葉が聞こえてきた。
「あれ、アリスちゃん居なくね?」
「遂に諦めちゃったか―。ま、来る意味ないしな! ハハッ!」
「やっとあのガキが消えてくれるのね。清々するわ」
黙れクソ共がああああ! お前らごときがアリスを馬鹿にするんじゃない‼
思わず拳か魔法を叩きつけそうになるが、そんな僕の激高を一瞬で吹き飛ばす声が聞こえた。
「すみませーーーん! まだ、間に合いますか‼」
試験会場の最後方、そこには汗だくになり息を切らせたアリスが立っていた。
彼女の髪はボサボサ、服も乱れ放題だ。
「アリス!」
僕は試験の説明中だというのに思わず大きな声で彼女の名前を呼んでしまう。
でも、僕だけでなく、この場に居る大半の人間が彼女に注目していたおかげで目立つことは無かった。
「あの! すみません、あ、朝寝坊して……ギリギリに……」
何事かあったのかと思えば、彼女からはそんな素っ頓狂な言葉が飛び出した。
「アッハッハッハ! 寝坊だってさ! やっぱガキだなアイツ!」
どこかからアリスを揶揄する笑いが聞こえてくる。
張り倒してやりたいが、寝坊ともなるとアリスを擁護できない。
本当に、この大事なときに何をやっているんだ君は……。
そんなことを思っていれば、試験官からアリスへ沙汰を下された。
「まだ説明の途中だ……。今回は参加を認めよう。…………まあ、結果は変わらんだろうが」
最後に要らない一言はあったが、どうやらアリスの参加は許されたらしい。
もう少し遅ければ問答無用で退学だったはずだ。
本当に心臓に悪いことをしてくれる。
僕は彼女に歩み寄って声を掛けた。
「アリス、久しぶりだね……」
「グレンダ……久しぶり、だね」
まだ息を切らせている彼女は、ゆっくりと返事をする。
そんな彼女だけれど、その金色の瞳からは何か強い意志のようなものを感じられた。
「なにか、掴んだんだね?」
「どうかな。まあ、私にやれることをやるだけだよ」
ニヤリと笑ってそんなことを言う彼女を見て、僕は安心する。
「それにしてもアリス、酷い格好だね……」
「い、言わないで……」
どうにも締まらないアリスだった。
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