第3話 脳が焼き切れるまで

 公衆の面前で大号泣をかました私は、その後の授業に参加することもなく一人暮らしをしているボロ家へ帰り着いていた。

 全てを悲観して諦めたわけじゃない。

 

 むしろその逆、私は今から持てる全てをもって悪足掻きをしてやる!

 

 今は講義で得られる知識は、私にとって何の価値もない。

 誰かが私を馬鹿にするように言っていたけれど、正しく、使えない魔法の知識を得ても意味がないのだ。

 

 というか、入学時点で座学だけなら私は学園で学べる事は当面ないような状態だった。

 正直、これまで単位を取得するためだけに講義へ出席していたが、新たな知識として学べることは

 私はそれほど幼少期から魔導学という学問の知識を頭に詰め込んでいたんだ。


 今からその膨大な知識を総動員して解決策を模索する。

 

「どうやって課題をクリアするか考えるのよアリス! それが出来なきゃ私の居場所は学園にない!」


 来月に実施される試験内容は、C級魔法以上の威力を求められる魔法攻撃力の測定。

 名門のマギアステラ学園で二回生ともなれば、C級魔法の 1つくらいは習得しているのが普通だ。

 努力を怠っていない生徒であれば、苦労することなくクリアできる課題。


 ――私を省けば……。


 この試験をパスできなければ、マギアステラ学園の生徒に相応しくないとして退学処分を受けることになっている。

 マギアステラ学園では、毎年こういった怠惰な生徒の足切りを目的とした試験が用意されているのだ。

 なんとも恐ろしいことに追試はない。どんな理由であっても、試験に参加できなかった生徒が悪いとされてる。

 とんでもない話だが、学園の名声を保つためにはやむ無しと誰もが受け入れている話だ。

 苛烈だけど、だからこそ、この学園の生徒であるという事は誰からも評価される。

 

「私は、その名門で唯一の推薦枠を勝ち取って主席合格した天才なんでしょ! なら、脳が焼き切れるまで考えろ!」

 

 そんなこと独り言ちて自分を鼓舞する。

 

 幸いにも手札は多い。D級魔法全200種。

 通常であればD級魔法なんて得意属性の魔法を10種も習得していれば良いところを、私は全種コンプリートしている。

 使える魔法の数だけで言えば、私は学園どころかこの魔法都市マギアルティアにおいて屈指だろう。

 

「D級で攻撃性の高い魔法は≪ファイヤーボール≫、≪ストーンショット≫あたりかな……」


 でもどう考えてもただの≪ファイヤーボール≫でC級火属性魔法≪ファイヤブラスト≫に匹敵する威力は出せない。

 大量の魔力で≪ファイヤーボール≫を作る? いや、そんな魔力があるならそれこそ≪ファイヤブラスト≫を使った方が早い。

 それができないから私は困っているんだ!


「なら……密度を上げる? なんでもいい、とにかくできそうなことは全部試すしかない!」


 

 ――――こうして、魔法研究の日々が始まった。


 ◆


「アリス・テレジアが講義に全く参加していないとの報告があった。グレンダ、お前は何かを把握していないか?」

 

 僕は御祖父様――マギアステラ学園の学園長に呼び出されていた。

 この人は魔力測定で周囲から評価を落とされてしまったアリスの事を気に掛ける数少ない人間だ。

 僕と同く彼女の才能に気づいているのだろう。

 流石は僕の身内といったところか……。いや、これは流石に自惚れが過ぎるな。


「詳細は分かりませんが、何をしているかは想像がつきますね」

「ほう?」

「数週間後に実施される落第の掛かった測定試験ですよ。きっと、あれの準備をしているんでしょう」

「ああ、そうであったな……」


 魔法の威力だけで魔導士の資質を測ろうとする馬鹿な試験。

 扱える魔法のランクばかりに固執した無能が考えた下らないテストだ。

 そんなことで、あの才能の原石を学園から追放しようとしている。

 通例では、もっと生徒の個性に合わせた柔軟な試験内容であったはずなのに……。


「試験内容を学園長の権限で変更することは叶わないのですか? あれではアリスが可哀そうです。なにより、彼女を失う事は魔導学の進歩における大きな損失になりかねない! あなたも理解しているはずですよね?」

「ハァ……。今のワシの権限で無理やり試験内容に手を出すことは難しい」


 学園長である御祖父様でも逆らえない勢力が動いている? ……なるほど、奴らか。


 僕の詰問に疲れたような顔で返答するに御祖父様を見て、今回の試験の裏にある政治的背景を察した。

 

「……魔導院ですか?」

 

 僕の問いかけに御祖父様は黙って頷く。

 

 マギアルティアの魔導士育成を掲げながら、神聖な魔導学を政に利用しようとする輩の溜まり場――魔導院。

 魔導士は高ランクの魔法を扱えることこそが正義であると信じる偏った考え方の人間たちで構成されている組織だ。

 遂にこの学園の運営にまで口出しするようになっていたとは……。


「すまんなグレンダ……学園長と言っても、この程度だ」

「いえ……差し出がましいことを言いました」

 

 魔導院は都市そのものが運営する組織。

 いくらマギアステラ学園を統括する御祖父様であっても、言葉 1つで方針を変えられるものじゃない。


「ワシらに出来ることは、あの子を信じることだけだな……」


 彼女が試験を突破するのは難しいことと分かっているのだろう。

 御祖父様の表情は深く気持ちが沈んだ様子だった。

 

「それでも、彼女なら……」


 僕の心のどこかには、こんな窮地でもアリスなら何とかしてしまうのではないかという期待があるのだった。

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