第2話 決起

 この世界には珍しい漆黒の髪。

 金色の瞳は我ながら美しく、整った顔立ちを際立たせている。

 さらに学園側からの推薦で早期入学を果たした私は当時11歳。周囲より5歳も年下だった。

 当然、他の生徒と比較して私の身体はちんちくりん。

 だから、私の容姿は何処に居てもこの学園内ではよく目立つ。

 

 それは、500人以上の新入生が集う会場であっても同じだった。


「では最後に、新入生代表――アリス・テレジア! 前に出よ!」


 名が呼ばれた瞬間に会場の視線は一斉に私へ集まった。

 羨望、嫉妬、憧憬。様々な感情が入り混じるそれは、私の背筋をゾクリとさせる。

 

 

「通常、12歳で発言できる魔法を僅か6歳で発現させ、さらには10歳になると同時に全200種ある全てのD級魔法を習得した才女。貴殿の活躍にはこの学園の教師のみならず、魔導学会の会員一同が期待している。まずは、このあとの測定式で我々を驚かせてくれるだろうと楽しみにしているぞ」

「ご期待に添えるよう努力いたします」


 学園長との仰々しいやり取り。今にしてみれば滑稽だ。

 これは今から一年と少し前、学園の入学式での一幕。

 

 それから程なくして、私の評価が天から地へひっくり返る。


 ◆

 

 また、どこからか私を揶揄にする声が聞こえてきた。


「あら、あの子まだ学園にしがみついてるのね……」

「やめてやれって、実技は無理でも座学は優秀なんだから。ま、使えない魔法の勉強しても意味ねぇけど……ヒヒッ」

「ふっ、アンタのほうが酷い事言ってるじゃない」


 ここ、マギアステラ学園は大陸に名を馳せる魔導学の名門校。

 この学園の生徒たちは将来、魔導士としてエリートになる人間だ。

 もちろん、学園への入学には超高倍率の入試を乗り越える必要があった。

 

 対して、私は学園から推薦を得ての顔パス。それだけで一部の生徒たちからはやっかみを受けていたのだ。

 とはいえ、入学時点であれば同じ試験を受けても、私はトップの成績を納められただろうという自負はある。

 それだけ魔導学の勉強に励んできたのだから。

 

 しかし、いざ入学してみれば私は魔力が極端に少ない欠陥品であることが判明した。

 そうなれば、周囲の私への評価は『栄えある学園にコネで入学したクソガキ』に成り下がる。

 エリート学園の生徒である彼ら彼女らは相応にプライドが高い。私みたいな存在が同じ学園にいるだけで腹立たしいのだろう。

 それに、入試組を押しのけて新入生代表にまでなっていたのが良くなかった。

 ぶっちゃけ、私が逆の立場でも同じような事を思うはずだ。

 何でこんな奴が……と。


 苦労せずに入学させてもらっておいて、実力が伴っていないガキ。

 それが周囲から私への評価であり、自己評価でもある。

 

「はぁああああ……」


 一日いったい何度溜息を吐いているのか。溜息の数を数えたら気晴らしになるだろうか。

 いや、むしろ気が滅入るだけだろうね……。


 そんな下らないことを考えていると、後ろから悠然とした声で話しかけられる。


「おやおや、今日も辛気臭い溜息を吐いているね。君には似合わないよ、アリス」


 振り返れば、絶世のイケメンが居た。

 短く切り揃えられたプラチナブロンドの髪に、意志の強そうな紅蓮の瞳。

 そして、さりげない微笑みが似合う甘いマスクは多くの女性を虜にしたことだろう。

 その性別を知られるまでは――。


「グレンダ……おはよー」

「おはようアリス。今日も可愛いね。艶のある黒髪がまるでドレインキャットのようだ」

「人の容姿を魔物に例えるんじゃないわよ……。それに、に口説かれても嬉しくない!」


 そう、このイケメン――グレンダ・スカーレットは、魔法学園に通う女生徒だ。

 年はたしか16歳で、私と同学年。私とは違って、将来有望な生徒であることも付け加えておく。


「アハハ! ひどいなぁ。僕は君の数少ない友人なんだから、大切にしてくれたまえ?」

「なーにが友人よ! ストーカー予備軍の間違いじゃないの?」

「失敬な‼ 僕は君の事を一日中見守っていたいだけだ! 食事中に、入浴シーン、ベッドで寝ているところまで全てをね!」

 

 それをストーカーというのだ……。

 このグレンダという奴は、冗談なのか、本気なのか分からないことを言うから困る。


「ハァアアア……。悪いけど、グレンダの馬鹿に付き合ってる暇はないの……分かるでしょ?」

「来月の実技試験だね?」


 そう、それこそが今の私を悩ませる最大の要因。

 他の生徒から受ける罵倒なんて聞き慣れたものなのだ。

 そんなことよりも、明確に私を苦しませていることがあった。

 

「ええ、そうよ! C級魔法以上を求められる例の試験! 私の学園生活はゲームオーバー確定! アーッハッハ! 自分で言っていて笑えてくるわ!」

「ちょ、ちょっと落ち着きなよ。皆見てるから……」


 自暴自棄で騒ぎだす私をグレンダは慌てて制する。

 でも、溜まった鬱憤が爆発した私は止まらない。

 

「うるさい! 何してようが、どーせ私のことを馬鹿にしてる大人げないクソ共よ! 知ったこっちゃないわ!」

 

 鼻息を荒くする私を見て、処置なしと呆れるグレンダ。

 別にいいもんね! べーっだ!

 優秀なグレンダには私の気持ちなんて分からないんだ。


 そんな事を思っていれば、グレンダは憂いを湛えた目で私を見て言う。

 

「そのクソ共に、少なくとも僕は含めてくれるなよ。アリス、僕は君のことを本当に大切な友人だと思っているんだから……」


 …………そんなの知ってる。

 グレンダが私を馬鹿にしたことは無い。

 彼女は、私をいつも心配してくれていた。

 そして、私を自分と対等の存在として扱ってくれていたんだ。

 

 ――私には、それこそが苦しかった。


「私の事なんて放っておいてよ……。グレンダこそ、私に構ってる暇なんて無いでしょ? 出来ることが多い人は、努力を怠っちゃダメなんだから……」


 グレンダは優秀だ。私と違って魔力量が人よりずっと多くて、魔導学への探求心にも溢れている。

 本来なら、私とこんなところで雑談をしていていい人じゃない。


 これまで内に秘めていたグレンダに対する劣等感が、私をウジウジとさせる。

 自分でも嫌になるほどに。

 

「そうだね。僕も暇じゃない。だから、芽のない人間に構ってやる気はない」


 そう、それでいいんだ。

 

 そう思うのに、自分から彼女を突き放しておいて、私の目元にはドンドンと涙が溜まっていく。

 悔しさなのか、悲しさなのか。自分の感情が分からない。


 黙って涙をこらえていると、グレンダは一言だけ残して去っていった。


「アリス、先に行って、

 

 グレンダに置いて行かれてしまった私は、完全に涙腺が崩壊した。

 一人で涙を流し、その場に蹲る。

 みっともなく号泣する私を見て、通りすがる学生たちがまた馬鹿にしているのが聞こえた。


「うーわ、アリスちゃん号泣してる!」

「かわいそー、でも目障りだから別の場所でやって欲しいわ」

「うわ、ひっでー! アハハハハ!」


 でも、もうそんな言葉は痛くない。

 この涙は、悔しさや悲しさから来るものじゃない。

 友人を突き放してしまった後悔なんかでもない。

 

 講義が始まる合図の鐘が鳴っても動けずにいた私は、散々泣いたあとにようやく立ち上がる。

 ウジウジと弱音を吐く気持ちは吹き飛んでいた。

 今の私の内には、熱い何かが湧き出ている。

 

 


 ――――待っていろ、グレンダ・スカーレット!


 私の心は折れちゃいなかった。

 むしろ、叩きあげられた鋼のように熱を帯びている。


「私は、まだ終われない!」

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