第5話 眠るって不思議
戦闘員の天使に割り当てられた肉体は、睡眠の必要のない代物だ。休憩は必要だが、寝なくたって元気でいられる。だからセレスティエルやキーリエルは夜中に指定された場所に行って戦って、寝ずにそのまま、普通に朝から活動する日が続いても平気であったりする。
しかし記録員天使はそうはいかない。肉体の不便さも含めて人間をやり、記録を天界へ送ることになっているので、眠る必要がある。眠らない場合、人間と同じように寝不足になったり、パフォーマンスが下がったり、あまりにもだと倒れたりする。
ただし、個人差はある。五時間睡眠でも元気な者は元気だし、八時間寝ないと駄目な者もいる。
クレアーレルとユニエルで言うと、クレアーレルは長く寝たいタイプ、ユニエルは少ない睡眠でもいいタイプである。
土曜、朝七時。
ユニエルは自分の部屋————ここへ来るときに召喚された部屋が、今はユニエルの部屋となっている————のベッドの上で、目が覚めた。
人間の朝は手順が多い。歯を磨いて顔を洗い、髪を整えてトイレへ行って、着替えて……。
『上』ならこんなこと必要ないのに。必要があったとしても、一瞬でできるのに。
記録員は人間をやるという目的のため、天使としての力は常に相当、制限することとなっている。次元の低いところは大変だなぁと思うが、それはそれで楽しくもあるので、嫌ではない。
「………ふー」
リビング。作り置きしてピッチャーに入れてあったハーブティーを冷蔵庫から取り出し、グラスに注いで、それを飲み干すと、ユニエルは立ち上がった。ひたひたフローリングの上を歩いて向かうのは、クレアーレルの部屋である。
ユニエルは、眠るという行為をすごく、興味深いと思っている。し、眠っている存在を見ているのが好きである。クレアーレルは起きるのが遅くまだ眠っていると思われるので、ユニエルはこれから、それを見に行こうとしているのである。
なお、これは初めてではなく、しかも何度かばれていて、「寝てる人のとこ来るもんちゃうで」と言われてもいる。なのでいったんはやめたものの、やはりうずうずと見たくなってしまったので、クレアーレルと相談して「そんなに見たいなら分かった」と折れてもらったのである。
ただし、なるだけ起こさないようにという条件つきだ。ユニエルもそれはそうだと思うので、こうして音を立てないように行動している。
クレアーレルの部屋のドアノブに手をかけた。ゆっくりゆっくり押し下げて、ドアを引き、すっと中へ。目の前にまず見えるのは、ノートPCの乗った彼のデスクと椅子と本棚である。デスクの上にはメモとか空のカップとか本とかが乱雑に置かれ、作業途中で寝たのだろうというのが見て取れる。
カップをあとで洗っておいてあげようと思いながら、ユニエルは左を向いた。ベッドのある方である。
木でできたベッド。薄い群青色のシーツの上、それと同じ色の掛け布団をかぶって、クレアーレルが横たわっている。仰向けで腕を片方だけ出して、顔だけ横へ、こちらと反対方向へ向けて、静かに眠っている。
ユニエルは細心の注意を払ってそこへ近づき、ベッドの前まで来ると、じっ、と彼を見下ろした。
寝てる……。
たったそれだけで、ユニエルは気分が上がる。
その人の、思考の働いていない状態。ただそこに存在し呼吸している状態。いいよな、と思う。一番プレーンな、その姿。人間然としておらず、空間の他の存在と調和が取れている感じ……。
「………」
五分ほど眺め、睡眠する彼を「感じ」、ユニエルは静かに身を翻した。足音を立てないよう、部屋から出る。デスクの上のカップも、忘れずに持って。
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