第4話 惹き合う天使たち

クレアーレルはちょくちょく、具体的には月に二度ほど、セレスティエルと会う。配属された地域が近いので、会いやすいのである。

場所は、行きつけのカフェである。白を基調とし、植物が多く、清潔で、店員の接客も申し分なく、飲み物や食べ物もおいしいとくれば、他の場所を選ぶ理由がない。


「あらーそう! もう何年ぶりになるんだっけ?」


クレアーレルはほうじ茶を、セレスティエルはミルクティーを注文している。クレアーレルがユニエルを家に迎えたことを伝えると、セレスティエルが聞いてきた。


セレスティエルは、二十代後半の女性の姿だ。華やかで、かわいさと美人さと落ち着きをバランスよく含む雰囲気。セミロングを下ろした栗色の髪の毛は艶があり、絹糸のように美しい。


「まあまあ久しいでー、二百年ちょっとやね」

「ああ、そうだったわね……あの頃はまだあなた、戦闘員の方だった。ユニエルはどんな子?」

「一言で言うと、好青年、かな。爽やかで、明るくて、真面目」

「モテそうね」

「どうやろ、まだまだ地球に馴染みきれてへんからなぁ。人間の子から見たら『フシギくん』かも。キールこそモテへんの?」

「キールねー、どうなんだろ。ちょっとクールすぎる気もするけど」


と、店員が飲み物を運んできてくれた。二人でにこり、お礼を言った。

互いに互いのマグカップを手に取って、一口、それぞれの茶を飲んだ。


「そういやキールって高校どこやっけ?」

「あま高」

「あ、ユニエルとおんなじや」

「あら。何年生?」

「二年」

「あー、キールは三年。会う機会あるかしら」

「んー」


クレアーレルは高校にいた経験はないので、経験に基づいたことは言えない。

けれど、二人ともあんな小さい空間の中で何時間もいる上に、波長は確実に合うはずだから、


「あるんとちゃうかなぁ。学年離れてようが何であろうが、たぶん、勝手に引き合うやろし」


*****


ユニエルが青野界人として天音(あまね)高等学校の二年に転入し、半月が経った。

地球に来て一ヶ月は優也のもとで人間界の色々を学び、もういけるだろうということで社会に参加であった。知識としては人間界のことも学校の勉強のこともインプット済みであるから、あとは実際に経験していく中で……ということである。


部活は、文芸部に入った。クレアーレルの仕事を間近で見ているのが、大いに影響している。彼がやっていることを、やってみたかった。



とある放課後である。

文芸部の活動日は月・水・金曜。本日は木曜であるから、ユニエルは部活には行かずに校内をふらふらと探索している。

帰りのHRが終わり三十分も経過すると、おおかたの生徒は部活ないし自宅へと散り、通常の教室が並ぶエリアは閑散とする。ユニエルはそういうところをなんとなく歩き回り、時には窓からグラウンドを眺め、「学校の放課後」を堪能するのにはまっている。


二年三組————自分の教室————の前の廊下。うっすらと聞こえてくるのは、さまざまな楽器の音だ。音楽室で、吹奏楽部員たちが練習しているのだ。

ひとしきり歩いてきたユニエルは、茜色の光差す窓を開けグラウンドを見下ろした。

陸上部、野球部、サッカー部が、それぞれにベージュ色の砂の上を走り回っている。


音が遠い。


がらんとした廊下。数多の人間の行き交っている気配だけは漂い残って。


と。


明らかに人間ではない気配を感じ、ユニエルはそちらを向いた。人影がひとつ。制服だから生徒。そして自分と同じ……、


*****


キーリエルが天音高等学校に入学したのは、二年と三ヶ月前————つまり、オーソドックスなルートと同じに一年次から入学し、今、三年生ということである。

校内は一年生の時点でおおかた探索しきったので、もう物珍しさはないけれど、学校の雰囲気が好きで今でも放課後になるとよく、あてなく歩き回っている。


がらんとした階段を、マイペースに上がる。この先は三階、二年生の階だ。

そこへ行くのは、しばらくぶりになる。三年生のキーリエルは二年生の教室に用はなく、その階の特別教室を使う授業を選択してもいない。三年に進級して以来、二階に来ていなかったのだ。


「ん?」


二階と三階の踊り場に来ると、キーリエルは立ち止まって怪訝な顔をした。


感じる。


俺や、セレスが放つのと同じような気配。この先に、確実に天使がいる。

誰だ? セレスじゃない。クレアでもない。他の地域配属の天使が、何か用があってここへ来ているとか?

でも、それならそれで何の用だ……。


キーリエルは素早く動き出し、階段を駆け上がった。上がりきってすぐ右を向くと、やはり前方に人影が見えた。あいつだ。知らない天使。


早歩きで、その天使のもとへと向かう。当然ながら、あちらもこちらに気づいている。双方が、歩み寄るかたちとなった。


*****


「天使だよな?」


互いに近くまで寄ると、階段の方から来た天使が開口一番、聞いてきた。

「うん」答えながら、ユニエルは「たぶん戦闘員だ」と思った。ベリーショートの黒髪に、精悍な顔立ち。背が高く体を動かすのが得意そうな肉体。武器を握っていたら、似合うだろう。


「僕はユニエル。君は?」

「キーリエル。……知らなかった、俺以外にもここに天使がいたなんて。最近来たのか?」

「そう。僕も知らなかった。ここに、他の天使がいること」

「記録員か?」

「うん」

「配属は?」

「十番エリア」

「あー。ってことは、クレアのとこに来たんだな。俺は九番なんだ。セレスティエルって天使のとこに世話になってる。知ってるか」

「セレスティエル……」


ユニエルは呟いて、天界で地球とそこに配属されている天使たちについての資料に目を通したときの記憶を探った。確か、女性として地球で活動する天使の項目だったような……。


「戦闘員の天使だ。女性の」

「そうそう」


ちょっと嬉しそうにキーリエルが頷いた。


「キーリエルは、こっちではなんて名前? 僕は青野界人」

「キールでいいよ。で、こっちでの名前は桐島悟(きりしまさとる)。三年だよ」

「あ、じゃあ先輩だ。皆がいる前で呼ぶときは桐島先輩って呼ばなきゃ」

「別にいいよ、好きに呼んでくれたら。キールでも、桐島先輩でも、何でも」

「そう?」


ユニエルは、「じゃあキールにしようかな」と思った。仮の名前より本名で呼ぶ方が、好きだと思ったからだ。

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