第2話 ユニエル、地球へ
ユニエルは、初めて地球に配属されるということで、どきどきわくわくしていた。
自分は天使として天界に生まれ、他の星や世界に配属になったことがなかったが、このたび、記録係として件の星へ行くこととなったのだ。
頭上の輪と背中の羽根をリーフグリーンにきらきら輝かせ、ユニエルは地球での自分の設定を、改めて思い出す。
————配属国、日本。十七歳の男性で、高校生。先輩天使のもとで暮らし、自分の見聞きしたことを、ここへと送る。
用意されている肉体も、この間見た。あれに入るために自分の波動を下げねばならないのはつらいところではあるが、まあ、仕方ない。
「どんななんだろう」
呟く、その声。人間には到底認識できない周波数だが、もし認識できたらたぶん、「爽やかで透き通っていて、屈託のない感じ」と表現されるであろう。
*****
クレアーレルは、日本のとある郊外、2LDKのマンションで「青野優也(あおの ゆうや)」として暮らしている。
二十六歳の男性で、職業は小説家。一つ前に書いた小説がヒットし、作品の執筆の他、取材を受けたりといった仕事も増えてきている。
一人暮らしだが2LDKという間取りの部屋に住んでいるのは、広い部屋に住みたいとか、書斎と寝室を分けたいといった理由からではない。
もうじき、「一人」暮らしではなくなるからである。
「はー、やっと終わった。これで合ってるはず」
しんど、と最後につけ足して、クレアーレルは捲った袖で鼻の頭に薄っすらかいた汗を拭った。
2LDKの、使っていない部屋である。家具は何も置いておらず、がらんどう————だった。今日の午前までは。
今朝。起きて歯を磨き顔を洗うと、クレアーレルはまず、紺色の無地のしっかりした、厚い布をクローゼットから引っ張り出した。大人一人が横になれるような大きさである。
次に用意したのは、特定の植物の粉末を水で溶かして作った白いペンキのようなものである。ハケや筆ももちろん事前に買ってあるから、それで先の絨毯に魔法陣を慎重に、間違いのないように書き、絨毯を囲むように八本、等間隔に蝋燭を置き————ついさっき、完成したところであった。
クレアーレルは、いったん部屋を出てリビングのテーブルに置いてあるスマホで時間を確認した。午後三時。約束は午後四時だから、じゅうぶん間に合ったと言える。
ほな休憩、からの執筆作業かな。
冷蔵庫から、冷えたピッチャーを取り出した。昨日のうちに作っておいたハーブティーである。使用ハーブは色々。オリジナルブレンドだ。
それをグラスに注いで、クレアーレルは寝室兼書斎へと向かう。デスクの椅子に腰掛け、ぱかっ、と開くのはノートパソコンである。スリープ状態から起きたパソコンが、ワードソフトの画面を映し出した。
*****
重たい。
重たく、粗く、うわこれが肉体かと。何よりもまずはじめに思ったのは、それであった。
その直後、というかほぼ同時に、入ってくる様々な情報。自分は鼻で空気を吸って吐いていて、背中に平らな、仄かに温かいものが当たっていて、男性の声が聞き慣れた響きの言葉を紡ぎ、瞼は閉じているけれど確かに分かる、「明るさ」。自分は今、眩い光の中に寝かされているのだと。
と、男性の声が止んだ。
徐々に光が弱まり、ユニエルはゆっくりと瞼を開いた。見えるのは、白い……これは天井と、噂に聞く照明器具か。
「起きれる?」
男性が、横から声をかけてきた。この訛りは確か、関西地域のもののはずだ。『はい』ユニエルはテレパシーで答えながら、肉体のいろんなところの筋肉を動かした。特別動かそうと強く意識せずとも自分の意のままに動くそれらに、感動した。
「声出し。練習のためにも」
起き上がり、そう言ってくる男性の姿。若い、日本人。きらきらとその体の周りに広がる、シアンカラーのオーラ。その頭上に、オーラと同じ色に輝く輪が見える。
『どうやって?』
「息を吸う。口を開けて、吸った息を吐きながら喉を震わせる」
言われた通り、やってみた。
「あ、あー……。おお……」
「案外、できるやろ」
「はい、」
「ほな、服着よか。自己紹介はそれから」
布を数枚、渡された。身につけ方を教えてもらいながらそれらを着て、改めてそこへ————紺色の布の上、魔法陣の中心へと腰を下ろした。前方には同じように、男があぐらで座っている。
「俺の情報はもう知ってると思うけど。クレアーレルや。こっちでの名前は、青野優也。それ以外の細かいことは……これで送ってしまお」
頭の中に直接、然るべき情報が飛んできた。確かにクレアーレルのことは天界で聞いているが、改めて記憶しておいた。彼自身の経歴と、「青野優也」の設定。自分と「青野優也」の関係、などなど。
次はこちらが名乗る番だ。先ほどのやり方を思い出し、
「ユニ、エルです。こちらでは、青野界人(あおのかいと)という名前を、使うようにと。あー、僕、も、あとのことは直接、送ってもいい、ですか?」
「うん」
と言ってもらえて、ちょっとほっとした。さっとクレアーレルへテレパシーを送ると、「うん、聞いた通りやね」と。
「ほな、今日から……よろしくな、ユニ」
にっ。と投げられた愛嬌のある笑みと、差し出された手。ユニエルも自然と口角の上がりながら、その手をしかと握り返した。
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