第29話 進む者と残る者

 巨体をゆらしながら暗闇の中から、右手に長い柄を持つ青龍刀を持ったアークデーモンが姿を現す。未結の狙撃によって失った左目の部分は、空洞になっていたようになり、奥には真っ暗な空間が広がっているように見え不気味だった。

 体を揺らし一歩ずつ近づく赤い人型のアークデーモン。レイは太刀を構えてジッと迫りくる、アークデーモンをみつめていた。


「行こう! レイ君! 今度こそ! あいつを倒そう」

「えっ!? ちょっと」


 甘菜はアークデーモンを指すとレイの前に出て向かって行く。レイは慌てて彼女の後を追いかける。二人の様子を壁の上から万理華が見つめていた。


「現代の王…… ふふ。悪いけどここは通さないよ。ここはうちと大福の大事な家なんだから!!」


 万理華は視線を壁の後ろに向けた。静かにたたずむ街並みを見て小さくうなずいた彼女は振り向き、肩に装備した二丁のガドリングをアークデーモンへと向ける。壁の下ではタワーシールドを構えたまま、アークデーモンへと走る甘菜が、盾の後ろにあるモーニングスターに手をかける。レイは彼女のすぐ後ろで太刀を構えた。彼の視線は引き寄せられるように、アークデーモンの失われた真っ暗な左目に向けられる。

 アークデーモンは壁の二十メートルほど手前に立ち止まりスッと左手を前にだした。アークデーモンは静かに左手を右から左に水平に動かした。


「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「レイ君!? どうしたの」

「あっ頭が……」


 突如、レイは苦痛に顔を歪め苦しそうに声をあげた。甘菜すぐに振り向き、すぐ後ろにいたレイの元へと駆け寄る。膝をつく彼の肩を支え声をかける甘菜だった。直後……


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 大きな叫び声をあげたアークデーモンは翼を広げた。その後、すぐに地面が軽く揺れる。アークデーモンは地面を蹴って飛び上がると翼を広げて飛び去って行ってしまった。


「えっ!? あっちは……」


 壁の上から万理華は飛び去る、アークデーモンを見つめ声をあげるのだった。


「万理華さん! 姉ちゃん!」


 アークデーモンが飛び去るとレイが二人を呼んだ。


「レイちゃむ?」

「レイ君! 大丈夫なの?」

「あぁ。大丈夫だ。あっあいつ…… 杏ちゃんたちを追いかけていった」

「本当なの? レイ君」

「えっ!? そうか……」


 レイはアークデーモンが杏たちを追いかけたと告げた。甘菜は驚いた様子だったが、万理華はアークデーモンが飛び去った方角から、アークデーモンが杏たちを追いかけていったのだろうと予想しており納得した様子だった。


「間違いない。あいつの目を見てたら…… 急に頭が痛くなって…… 俺の視界に海ほたるのオウルベアが見えた…… きっと俺の記憶からオウルベアを……」


 甘菜に支えられながら、頭を押さえて話すレイだった。


「万理華さん……」


 レイを支えながら不安そうに万理華を見る甘菜だった。甘菜はレイが言ってることが半信半疑で万理華に意見を求めていたのだ。


「混乱しているみたいだけど嘘じゃないみたいだね…… それに昔から悪魔は人に入り込んで悪さをするからね」


 不安そうに甘菜はレイに見つめる。万理華はアークデーモンが居た場所を見つめていた。


「あぁ。嘘じゃない。あいつは絶対に杏ちゃんを…… ううん。オウルベアを取り戻すつもりだ。取り戻せなかったらきっと」

「破壊するか…… わかった。レイちゃむ、かんちゃん。すぐにみんなを追いなさい」

「でも、まだ敵が……」


 万理華はちょうちょするレイにすぐに声をかける。


「大丈夫じゃん。レイちゃむの言うことが確かなら、すぐにレインデビルズは引き上げるはず…… なんせ王が別のとこに行ったんだからすぐに追いかけるっしょ」

「わかりました。さっきの装甲車両を借りますね」

「オーケーマル!」


 壁の下に居るレイに向かって万理華は、両手で頭の上に丸を作って返事をするのだった。


「行こう! 姉ちゃん」

「うん!」


 右手を甘菜に差し出すレイ、甘菜は彼の手をしっかりと握った。二人は同時に飛び上がり城壁へ飛び越えると、走って車両まで戻るのだった。

 アークデーモンが飛び立った少し後……

 ネーブルタウンを通過し、南門から町を出た杏一行は深夜の房総半島を南下していた。荒れて廃車がいたるところにある道を必死にツマサキ市を目指す。

 隊列は昼間と同じで先頭が大神で、彼の部下が守る杏と加菜がトラックが続き、最後尾にヤマさんと未結が護衛につく小型トラックが進む。


「レイさんと甘菜さん大丈夫でしょうか……」

「有栖川は見た目から誤解されやすいが凄腕の番傘衆だ。心配ない」


 小型トラックの上に立ち、周囲を警戒しながら未結がつぶやきヤマさんが答える。一行は町を抜け右手に海を見ながら左手に広がる山を眺めている。


「前方にトンネル。如月さん! 中を確認してもらっていいですか?」

「はっはい」


 先導する大神から連絡があり返事をする未結だった。この辺りは山が切り開かれておいトンネルが多数ある。トンネルの多くは、そのまま放棄されているが稀にレインデビルズが巣食っていることがある。未結は千里眼でトンネルの内部を確認する。

 右手をこめかみの辺りにつけ意識を集中する未結、彼女の両目が青白く光り出す。


「えっ!?」

「どうした? 中に敵がいるのか?」


 首を横に振った未結の顔を青ざめていく。道の先にあるトンネルは途中までは通常のトンネルだが、中ほどで柱が並び海が見えるようになっており、また山間にありトンネルとトンネルが短い間隔で続いていた。彼女が千里眼で見たのは先にある静かな廃墟とトンネルから見える静かな海と……


「アッア…… アークデーモンです! ネーブルタウンから空を飛んでこちらに向かって来ています」

「なっなんだと!? ネーブルタウンは無事か?」

「はい。大丈夫です…… 町に損害はないみたいです」


 未結には空を飛んでこちらと向かって来る、アークデーモンの姿が見えていた。


「トンネル内部は安全です。ただ…… 通り抜けてもすぐにアークデーモンに追いつかれます」


 暗い表情で話す未結だった。荒れた道を安全を確保しながら進む杏たちと空を飛んで来る、アークデーモンではスピードが段違いですぐに追いつかれてしまう。


「わかった。トンネルを出たところで僕が足止めをします。すぐに行きましょう」


 大神がアークデーモンを足止めすると名乗り出た。会話にすぐに杏が割り込んで来る。


「そっそんな!? 大神さん……」

「待ちな! あんたは杏を守るのが仕事だろ…… ここはあたしらの役目だよ。なぁ? ヤマ!」


 杏に続いて加菜が会話に割り込んで来た。


「なぁって…… 僕は戦えないよ。交戦規定でエーテル反応強度八十以下はアークデーモンとの戦闘は禁止されている」

「ったく細かいねえ」


 首を横に振り不満げにハンドルにもたれかかるようにする加菜だった。


「じゃあ、あんた先導して杏を護衛しな。大神は足止めするんだよ」

「なっなんで? 吾妻が指示をするんだ……」

「あんたは本当に細かいねぇ。いいんだよ。誰が指示したって! 未結! あの二人はこっちに来てるんだろ?」


 加菜はヤマさんの言葉を遮って指示を出していく。


「はっはい…… 二人ともこちらに向かって来てます」

「決まりだね。大神と未結が足止めであたしらが逃げる? 文句はあるやつはいるかい? 他に良い手があるなら早く言いな。時間がないんだから!」


 全員に確認する加菜、彼女の言葉に異議を唱える者はいなかった。少しして大神が口を開く。


「決まりだな。僕と如月さんが残って足止めだ。よろしく」

「よっよろしくお願いします」


 未結の返事を聞いた大神は振り向いてトラックの前に向かう。彼はトラックの前で運転席に座る加菜に頭を下げる。


「吾妻さん。山神博士をよろしくお願いします」

「あぁ。任せておきなちゃーんと……」

「ダメーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

「やっ山神博士?」


 立ち上がり杏が前に乗り出し、フロントガラスに突っ込みそうになりなる。目に涙を浮かべ大神を見つめさけぶ。


「大神さんはずっと私を守るって約束したでしょ! だから離れちゃダメ!」

「杏…… あんた…… 今はそんなことを」

「嫌なの! いーやーーーーーー!! いーーーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーー!!」


 加菜は運転席から横に手を伸ばし杏を制止するが、彼女は首を大きく横に振って泣きだしてしまった。大神はトラックの席を見つめながら優しくほほ笑むと静かに杏に語り掛ける。


「大丈夫ですよ。僕は必ず博士の元に帰ります。信じてください」

「ひっぐ…… ほんと? 約束してくれる?」

「はい。もし帰らなかったらアイスを買いますよ」


 杏は涙をぬぐいながら大神を見つめる杏、彼は右手をあげ小指を立てて杏に見せる。杏は下唇を前にせり出しやや不満そうにして考える。


「うー…… ダメ! ちゃんと帰って来て直接アイスを渡しにちょうだい!」

「フフ。はい! 帰ったら一緒に食べましょう」

「いや大神さんの分も私が食べる!」

「えぇ……」


 困ったような声をあげる大神。加菜は笑顔で杏の頭に手を伸ばして撫でた。ヤマさんと未結がトラックの横を通り前に出て来た。大神はヤマさんに敬礼し未結と一緒に道の横にそれた。

 ヤマさんの先導でトラックは前に進み、トンネルの奥へと消えていく。未結と大神は皆の姿が見えなくなった後にトンネルへ進むのだった。

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