第17話 もう一つの影

 未結と甘菜の二人は会議室を出て展望デッキへと戻って来た。未結が慣れた手つきで、甘菜のパワードスーツの背面に腰に接続されたバッテリーを外す。二人はバッテリーを持って建物へと戻る。


「お腹空いたね……」

「そういえば…… 昨日から何も食べてませんもんね。食事をとりましょうか」


 エスカレーターを下りながら会話をする未結と甘菜だった。甘菜は四角いバッテリーを左手で抱え、未結は肩にサブマシンガンをかけ周囲を警戒している。

 土産物屋の前に来た甘菜は店内を指さして未結に向かって笑う。


「そうだ!!! 私たいも売店の食べ物を食べようよ」


 嬉しそうに未結に提案する甘菜、未結は驚いて彼女に答える。


「えぇ!? 私たちは携帯食糧を持ってますよ」

「やだよ。あれまずいもん……」

「それはそうですが……」


 顔をしかめる甘菜だった。未結は小さくうなずき陳列された土産物を見つめる。彼女の顔は明るくちょっとだけ期待しているのかわずかに口元がゆるんでいた。

 支給品の携帯食糧は味気のないエナジーバーと無味のゼリーで、目の前に並ぶ美味しそうな菓子とは比較になりそうもない。甘菜は未結の様子を見てほほ笑み声をかける。


「ねぇ。未結ちゃんだって本当は少し食べてみたいんじゃないの?」

「えっ!? うーん…… はい。ちょっと気になります」

「やっぱり。よかった私と同じだ」


 甘菜の言葉に未結は慌てて恥ずかしそうに首を横に振った。


「ちっ違います。なんで腐ってないのか気になるので調べてみてもいいかなって…… それに食べられたら救助が長引い時の私たちの食糧にもなるかなって」


 うつむき声を小さくしながら答える未結だった。甘菜は未結の肩に手を置いてすぐにはなして前に出た。


「じゃあ。決定! 美味しそうなの選んで部屋に持っていくね」

「あぁ!? 待って下さい! 一人じゃ危険です。私も行きます」


 一人で土産物屋に向かう甘菜を慌てて追いかける未結だった。二人は並んで歩きながら土産物を物色する。


「クッキーにするチョコにする? たくさんあって迷うねぇ」

「はっはい。えっと……」


 首を左右に振り、どの土産物を持っていくか迷っていた未結が急に噴き出した。


「ふふふ」


 急に吹き出した未結を甘菜は不思議そうに見つめる。


「どうしたの?」

「いえ…… 二人で歩きながら買い物しているみたくて楽しくって…… 友達とこういったことあまりしてなくて……」


 寂しそうに商品を見つめる未結だった。銃を扱えば頼もしい未結だが、素の性格は引っ込み思案でおとなしく、死後元忙しいので友人は少ないのだ。甘菜は笑ってさみしそうにたたずむ、彼女の頭に手を伸ばして頭を撫でる。


「じゃあ町に帰ったら一緒に買い物に行こう」

「えっ!? でも…… 迷惑じゃありませんか? 私……」

「迷惑じゃないよ。私は未結ちゃんと仲良くしたいもん。ダメ?」


 自信なさげする未結に甘菜は笑顔で首をかしげる。未結は大きく首を横に振った。


「いっいえ…… 私も甘菜さんと仲良くしたいです。よろしくお願いします」

「やったー! じゃあ決定。荷物持ちはレイ君に頼むから買いすぎても大丈夫だよ」

「えぇ……」


 胸を張る甘菜に困惑する未結だった。甘菜は未結の反応がかわいいようで、彼女の頭をまた撫でるのだった。


「待ってください」


 未結が右手で甘菜の手を払うようにしてどけた。撫でていた手を外され、名残惜しそうに手を見つめる甘菜だった。


「どうしたの?」

「足音が……」


 右手を耳に当てる未結、下の階からエスカレーターを誰かが上って来る音が聞こえる。未結に続いて甘菜は両手を耳に当てる。


「本当だ。レイ君が心配して様子を見に来たんじゃないかな?」

「これはエスカレーターを上る音ですよ。レイさんは同じフロアに居るじゃないですか?」

「あっそうか。そうだね」

「様子を見に行きましょう」


 肩にかけていたサブマシンガンを外し構え、未結は銃口を店の入り口に向けた。甘菜は小さくうなずいてスカートを右手で少したくし上げ拳銃を抜く。未結はゆっくりと前に出て土産物屋の入り口で振り返った


「甘菜さんは後ろで銃は構えるだけいいですからね」

「はーい」


 引き金に手をかけ、安全装置をかけたまま返事をする甘菜だった。二人は未結を先頭にして土産物屋を出ていくのだった。

 二人が出て行った後の会議室。手持無沙汰のレイは椅子に腰かけ後ろに体重をかけ、椅子の前足を浮かせ遊んでいた。


「どうせ姉ちゃんのことだから…… 土産物を食べようって言って先輩を困らせてるんだろうな……」


 頭の後ろに両手を置き、ぼーっと天井を見つめながらレイがつぶやく。さすがに長い付き合いの従姉のことは知り尽くしており的確な予想をする。


「うん!?」


 足音と扉を開ける音が聞こえたレイは姿勢を戻す。二人が帰って来たのかと思い立ち上がる。直後に会議室の扉が開いた。そこには……


「誰だ!?」


 扉を開けたのは小さな少年だった。少年は八歳くらいで、厚手の肘が破れた青いセーターに、ぼろぼろのスニーカーに青いつぎあての布を膝にあてた黒のズボンを履いていた。黒目でぱっちりとして可愛らしい顔をしているが、短い髪は油で光って顔はやせこけ頬には泥の痕がついていた。


「ヒッ!!!」


 レイを見た少年はすぐさま扉を閉めた。レイは慌てて少年を追いかけて廊下へと飛び出した。飛び出したレイは廊下の先を見て唖然とする。


「姉ちゃん…… それに先輩も」


 廊下の先には甘菜と未結が並んで立って居た。少年は甘菜の背後に隠れ、彼女のスカートの裾をギュッとつかんでいる。甘菜は会議室を飛び出してきたレイを見つけうれしそうに手を振った。


「あっ! レイくーん! ただいま」

「戻りました」

「いや…… ただいまじゃなくて…… その子は?」


 無邪気に帰還の挨拶をする二人。レイは少年に視線を向けて誰か尋ねるのだった。


「あぁ。この子は涼馬りょうまくんだよ。涼馬君。こっちは私たちの仲間のレイ君。怖い顔をしているけど優しいよ」

「いや怖い顔は余計だろ。それにいきなり涼馬君って言われても……」

「それはですね」


 未結が前に出てレイに説明を始めるのだった。


「この子は光台涼馬こうだい りょうまさん。北から家族と一緒に逃げて来たそうです」


 視線を涼馬に向けてうなずくレイだった。なお、未結達はここまでくる間に、涼馬に自分達が何者なのか伝えていた。


「なるほどね。それで家族は?」


 レイは甘菜の前に立ってしゃがむと涼馬の顔を見た。涼馬は視線をそらして甘菜の後ろに完全に隠れてしまった。顔をあげるレイと甘菜は困った顔で笑っていた。


「うん。それでね。涼馬君のお母さんが熱をだして困ってるんだって! リュックに解熱剤あるからあげようと思って」

「そうか。わかった。じゃあ解熱剤を持っていこう」

「はい。その前に本部に連絡を」

「そうだな」


 三人は涼馬を連れて会議室へと戻るのだった。会議室に戻ると礼は、机に置かれたリュックを開け、中から薬が入ったケースを取り出す。


「ここへ」


 甘菜は未結の指示でバッテリーを無線機の隣へ置く、未結は無線機とバッテリーを接続させ操作する。二人の少し後ろで涼馬がつまらなさそうに見つめている。無線機を操作していた未結が口を開いた。


「こちら特務第十小隊の如月です。応答を願います」

「おぉ。お前さん達無事だったか? けがはないか? 東京湾第三ゲートにいるんだろ?」

「えっ!? 隊長…… はっはい」


 通信を受けた石川は彼らが、海ほたるにいることを言い当て驚く未結だった。桃から情報を受け取っていた彼はいつ連絡が来てもいいようにずっと待機していた。


「すぐに救助を……」

「待って下さい。私たち以外も五人避難民がいるんです。受け入れの連絡を」

「なんだと!? わかった。手続きはこっちでやって救助隊にも知らせておくよ」

「よろしくお願いします」


 石川との通信を終わらせた未結は、立ち上がり会議室の扉の前に集まっていたレイ達の元へと向かう。レイは未結が近づくと甘菜と涼馬に声をかける。


「じゃあ行こうか」


 涼馬を連れレイ達はエスカレーターを下りていく。会議室があるフロアから下は元パーキングエリアらしく駐車場で今はもう動かない車が多数止められていた。


「それで…… 涼馬の家族はどこにいるんだ?」

「あっち……」


 駐車場の外をさす涼馬だった。レイと未結は顔を見合せる。


「よし案内してくれ」

「うっうん」

「じゃあ一緒に行こうね」


 自信なく返事をする涼馬に、甘菜は手をつないで一緒に行こうと声をかけるのだった。涼馬は慣れた様子で海ほたるの外へと出た。


「こっち……」


 涼馬の案内でレイ達は屋外駐車場の一部が破れたフェンスをくぐり高速道路へと下りた。


「あの中にみんないる」

「ありがとう。みんなこっちだって! 行くよー」


 入り口の脇に車が横たわっている海底トンネルを指す涼馬だった。甘菜は涼馬の手を引っ張って海底トンネルへと入る。レイと未結は二人の後に続く。


「えっ!?」


 驚いて立ち止まるレイ達、街灯が消えまっくらなはずの海底トンネルだが、壁が青白く輝いて明るい。壁を見上げて甘菜がつぶやく。


「この光って……」

「エーテルですね…… 壁からエーテルが…… たすかに海水はエーテルの材料だけど…… こんなに濃度がこいなんて……」

 

 未結は壁を見つめて顎に手を当ててぶつぶつとつぶやいている。青白い光はエーテルの光だった。トンネル壁に染み出した海水に含まれるエーテルが光を放っているようだ。三人はしばらく壁を見つめていた。


「早く! こっちだよ」

「あっ待ってよ」


 涼馬が甘菜の手を引っ張って連れて行く。エーテルの光に驚いていた未結とレイも二人に続く。道路の先はバス二台が横たわっていた。これは海ほたるを放棄するさいに、バスをバリケードにして少しでもレインデビルズの侵攻を遅らせようとした名残だった。涼馬は甘菜の手を引いて、横たわるバスの間を慣れた様子で抜けていく。レイと未結は二人の少し後ろに続いて歩いていく。


「えっ!? レイ君!! こっちに来て!」

「なっ!? クソ!」

「これは……」


 バリケードを抜けた先で慌てた様子で甘菜が前方を指さしてレイを呼んだ。顔を見合せてうなずいた未結とレイの二人は、急いで甘菜の元へと駆けつけた。甘菜が指した方向へと顔を向けたレイは叫びながら、拳銃を抜いて両手で構える。未結はサブマシンガンを肩から外し唖然とするのだった。

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