第16話 東京湾第三ゲート

 寝ていたレイはゆっくりと慎重に目を開ける。真っ暗な世界から明るい世界へと、帰って来たばかりのぼやけた視界に、迷彩柄の大きな二つの円形の山のようなものが見える。後頭部の感触は柔らかく温く彼はこの感触に覚えがあった。


「あっ!? 起きた! もうお昼をすぎたよ。お寝坊さんだなぁ」


 大きな二つの上から自分の大事な女性が、顔出し涙目でにっこりとほほ笑む。


「ねっ姉ちゃん……」


 顔を出したのは甘菜だった。レイは甘菜に膝枕をされ寝ていたのだ。彼の記憶に残る最後の光景は光に包まれる甘菜と自分だった。

 甘菜が無事だったことにレイは喜び笑顔で手を伸ばす。しかし、彼は甘菜の次の言葉で手を勢いよくひっこめる。


「未結ちゃーん。レイ君が起きたよー!!」


 すっと手をひっこめたレイはゆっくりと体を起こす。レイが居る場所は木目の床で柵に囲まれた広場のような場所で端に三体のパワードスーツが四つん這いの姿勢で並んで置かれいた。視線を変えると甘菜の隣は小さな黒いリュックサックが置かれ、彼女の背後には白く四角い建物が見える。

 顔を左右に動かすレイ、広場は高い場所にあり眺望がよく、広場の下には石のブロックが積まれておりブロックの向こうは海が広がっているのがわかる。手すりの手前で海を見ていた未結が、甘菜の声に反応し振り向いて笑顔でレイに手を振り駆け寄って来るのだった。

 駆け寄って来た未結にレイは首をかしげて尋ねる。


「先輩…… ここは?」


 未結はレイと同じように周囲の海を見てゆっくりと答える。


「多分…… 東京湾第三ゲート…… 昔は海ほたるって呼ばれてたところですね」

「そうか」


 建物を指して懐かしそうに笑う甘菜。未結の言う通り、三人が居るのはかつて木更津と川崎を結んでいた東京湾アクアラインのパーキングエリアで、東京湾に浮かぶ人工島の海ほたるの展望デッキだった。


「懐かしいねぇ。私たちは一般組だからここを通って避難したんだよね」


 かつて日本中からツマサキ市を目指して避難をしてくる人間を、制限するため海ほたるはゲートとして使われた。甘菜とレイは川崎の海底トンネルと歩いて抜け、東京湾アクアラインを通ってツマサキ市へと避難したのだ。


「でも、俺達はなんでここに」

「おっおそらくアークデーモンが逃げようと、転送魔法を使ったのに巻き込まれたんだと思います」

「なるほど…… さすがに先輩だな」

「そっそんなさすがだなんて……」


 眼鏡の縁を右手に持ち上げ少し得意げに話をする未結をレイが褒める。褒められて恥ずかしそうに笑って頬を赤くする未結だった。彼女が海を見ていたのは感傷に浸っていたのではなく、自分たちの状況を整理し何が起きたのか仮説を立てるためだった。

 なお、二人のやり取りを甘菜はつまらなさそうに見つめている。彼女のとがらせた口からは不満が滲み出ていた。

 未結は饒舌になって話を進めていく。


「そうそう。最初に私が目を覚ましてその時にはお二人が近くに居たんですよ」

「そうなんだ」

「はい。レイさんが甘菜さんをかばってたみたいで覆いかぶさって」

「へっ!?」


 驚いた顔をするレイ、気を失う前の記憶を必死に巡らせる。確かに彼は甘菜を自分に引き寄せかばうようにして抱きかかえていた。恥ずかしそうにうつむくレイの横に胸を張って甘菜がやってきた。


「だからお返しに私がレイ君を寝かしつけてあげたんだよ」

「わっわかった。もういいよ」

「ふふふ」


 慌てて甘菜の言葉を止めるレイ、二人のやり取りを未結は微笑ましく見つめていた。気まずそうに頭をかきながらレイは未結にたずねる。


「本部に連絡は? ここなら通信はできるだろ?」

「それが…… みんなのマジックフレーム2は壊れちゃったみたい。だから連絡はできないの」

「はい。私のだけは駆動部にダメージが少なくて動かせますが通信や電子機器は動作しません」

「そうか……」


 東京湾の真ん中に取り残されてしまった三人。通信機器は故障した今のままでは救助は望めず、かろうじて動く、未結のパワードスーツだけではツマサキ市に帰るのは難しいだろう。自分体の状況に途方にくれるレイの目に海ほたるの白い建物が目に入る。


「とりあえずそこを調べてみるか」

「そうですね」


 右手の親指で背後の建つ白い建物を指し、内部捜索をしようとするレイに未結は同意した。甘菜はリュックサックを背負い、レイは自分のパワードスーツの元へと駆ける。

 レイは四つん這いで置かれた自身のパワードスーツの左腰に手を伸ばした。腰に装備してあるサブマシンガンとコンバットナイフを外した。レイはサブマシンガンの弾倉を抜いて確認し、予備の弾倉をふくらはぎの装甲の裏から抜き、コンバットナイフの鞘を太ももに巻き付けた。二人の元に戻って来たレイは未結の前に立つ。


「先輩がこれを使ってください」

「はっはい」


 レイはサブマシンガンを未結に渡した。未結はサブマシンガンを受け取り、慣れた手つき銃の状態を確認し、ポケットからベルトを出し長さの調整し肩にかける。


「姉ちゃんは俺か先輩がいいよ言うまで銃を抜いちゃダメだよ」

「はいはい。わかってますよーだ」


 舌を出して不満げにする甘菜だった。レイは甘菜を見て小さく息を吐くと腰に手を回して自身の拳銃を抜いた。安全装置を外しスライドさせ右手に持つと海ほたるに向かって歩いていく。彼の後を未結と甘菜が追いかけていく。


「俺が先行するから二人は後からついて来て」


 レイ達は扉を開け海ほたるの内部へと足を進める。海ほたるはフロアの中央を上下エスカレーターがあり、エスカレーターを囲むようにレストランや土産物屋などの店舗がならんでいた。

 展望デッキから入ったフロアは、レストラン街のようでがらーんとした店内は椅子やテーブルが整然と並び静かにたたずんでいる。一つ一つ店舗を確認し三人は止まっているエスカレーターを下の階へと下りる。軽食や土産屋が並んでいる。三人は順番に店を回りとある一軒の土産物屋へ足を踏み入れた。名産ピーナツを使った土産などが、理路整然とならぶ店内でレイは違和感を覚え店内を見渡していた。甘菜はレイの様子に気付かず店内を見ながら口を開く。


「静かだね。レインデビルズは居ないみたいだね」

「あぁ。荒らされた形跡もないな…… むしろ綺麗すぎるだろ……」


 並んだ土産物に視線を向け返事をするレイ、甘菜と並んで歩いて未結がうなずいた。彼女もレイと同じ異変に気付いていた。


「レイさんも…… 気づきました?」

「あぁ」


 振り向いて未結に返事をするレイ、二人が何に気付いたのかわからず混乱する甘菜だった。


「なに!? 何か変なの?」


 レイは顎で目の前に並べられている土産物の菓子を指す。


「そこの土産品を見てみな。ここはもう放棄されて十年以上経っているのに腐ってもない」

「えっ!? そういえば…… なんか全部がさっき置かれたみたいに綺麗……」


 土産物の一つを手に取って見つめる甘菜だった。レイの言った通りで置かれた商品は、菓子や生ものもあるのに腐らずに全て今日陳列されたように新鮮だったのだ。土産物以外にも建物の内部は、つい先日まで営業していたように綺麗で経年劣化はしていない。


「それに……」

「どうしたの?」

「先客もいるみたいだ。ほら」


 レイが長方形の箱に詰められたクッキーの列を指す。


「食い物だけ陳列が乱れてるだろ。誰かが持って行ってるんだろう」


 三列に五個ずつ並べられたクッキーの一列だけ減っている。他にも隣に並んでいる漬物など食料品の列だけが数が減っていた。


「本当だ…… でも誰だろう? こんな海の真ん中に」

「ツマサキ市以外からの避難民でしょうか?」

「えぇ!? まだ壁の外に人がいるの?」

「可能性はあると思います。レインデビルズから逃げて隠れ住んでいる人はまだいます…… もちろん数は少ないでしょうけど」


 未結の言葉に小さくうなずくレイだった。ツマサキ市以外にも日本にはレインデビルズから隠れて、住んでいるわずかな人間がいる。村のような大きなコミュニティもあれば家族単位の小さなものもある。

 店を出て捜索を続ける三人、店舗間にある扉の文字を見てレイは立ち止まった。


「うん!?」

「これは…… 使えるかもしれませんよ」

「そうだな」


 レイと未結は顔を見合せて嬉しそうに笑う。三人の目の前にある扉には、番傘衆臨時待機所と書かれていた。ゲートとして使用した際にバックヤードを番傘衆が臨時に使用してようだ。レイが扉を開け先に入り、左右を確認し二人を中へ招き入れる。

 扉の先は白い壁の殺風景な廊下で向かい壁に等間隔で部屋への扉が見える。一つずつ部屋を開け中を確認するレイ、部屋は倉庫だったりどこかの店舗の事務所だった。三つ目の扉を開いたレイの前にコの字に置かれた机が並ぶ会議室のような部屋だった。


「あれ無線機じゃないですか?」

「本当だ!」

「やったね」


 会議室の奥に小さな机と椅子が置かれ、その上に無線機用とヘッドセットが置かれていた。三人は喜んで無線機の前へと向かう。未結が無線機を触ってしょんぼりとした表情をする。


「ダメですね…… 電気が……」

「まぁそうだよな」


 放棄された施設に当然電気などが通ってるはずもなく無線機は動かない。落ち込む二人の後ろから甘菜が声をかける。


「パワードスーツのバッテリーつなげないかな?」

「おぉ! そうですね。取って来ます!」


 未結は甘菜の提案を聞くと、急いで会議室の入り口へと向かう。扉に向かう未結を甘菜が慌てて追いかける。


「私も手伝うよ! 一緒に行こう」

「お願いします。レイさんはここで待っててください」

「わかった」

「あっ! これお願ーい」

「おっとと! こら投げるな」

「ごめーん」


 レイは右手をあげ返事をする。甘菜は背負っていたリュックを外し、レイに向かって投げた。このリュックの中身は薬や携帯食糧が入っている。レイは投げられたリュックをなんとか受け取り、甘菜に注意する。彼女はいたずらに笑って舌を出すのだった。

 甘菜と未結はバッテリーを取りに展望デッキへと戻る。

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