第15話 敗戦の責任

 アークデーモンとレイ達が消えた翌日の昼過ぎ。

 自分の机の上を見ながら、石川が苦い顔をしている。机の上には封筒が置かれ、そこには退職願と書かれていた。


「どういうことだい? ヤマさん」


 顔をあげた石川、机の前には真剣な表情で直立不動のヤマさんがいた。彼は石川の言葉に反応し口を開く。


「三人を預かっておきながらむざむざと行方不明にしてしまいました。だからその責任を……」

「はぁ…… それでこれねぇ」


 退職届を持ち上げまじまじと見つめた石川は小さくため息をついた。石川はヤマさんに視線をむけ少し申し訳なさそうに口を開く。


「あのさ。せっかくこれ書いて来てもらって悪いんだけど…… うちの退職届は電子申請なんだけど? 紙で持ってくと杏ちゃん泣くんだよ。やっとシステム整備したのにってさ!」

「えっ!? あっ!?」

「だからこれはいらないな!」

「あぁ!?」


 慌てた様子のヤマさんを見た石川は笑って、退職願を細かく破いて足元のゴミ箱へと突っ込んだ。退職願を捨てられぼうぜんとするヤマさんに石川がさらに口を開く。


「気持ちはわかるがお前さんは…… まだ責任を果たしてないだろ? 三人を見つけることがお前さんの責任だ。違うかい?」


 石川はジッとヤマさんを見つめ諭すように話す。なおも石川に食い下がろうとする石川の背後に誰かが近づいて来る。


「でっでも…… それじゃあ僕は……」

「あっーーーー!!! うるさいねぇ。あんたはさっきからうじうじしてんじゃないよ!!!」


 ヤマさんの背中を加菜がおもいっきりひっぱたいた。振り向いて唖然とするヤマさんだった。彼はいきなり背中を叩かれたことよりも、いつも格納庫にいて事務所に来ることは滅多にない加菜が居ることに驚いたのだった。


「あっ吾妻!? なんで君が……」

「私が呼んだんだ」

「そうだよ。あんたの面倒を見ろってさ」

「えっ!?」


 親指で自分をさして得意げにする加菜、困惑した様子で石川と彼女を交互に見るヤマさんだった。石川は机の上に一枚の書類を出してヤマさん前に置く。


「今日は加菜ちゃんと一緒に任務につけ。これが今日の任務だ」

「えっ!? 僕が吾妻とですか!? でも、彼女は……」

「大丈夫。レインデビルズ対応からは外してもらってる。それに……」


 視線を加菜に向けたヤマさんに加菜は笑顔でうなずく。


「あぁ。あたしも元パワードスーツ乗りだからね。勝手はわかってるさ。ほら行くよ!」

「確かにそうだが…… あっ!? ちょっと待って!! 先に車の手配を……」

「あんたねぇ…… アホなこと言うなんじゃないよ。あたしがここに居るんだからもう手配済みだよ」


 にっこりと笑って加菜はヤマさんの背中を押し、少々強引に彼を連れて事務所から出ていくのだった。

 事務所の扉をあけ先にヤマさんを外に出す加菜だった。彼女は出ていく直前に石川に向かって左手の親指を立て笑う。石川は彼女に向かって、よろしくと手を振るのだった。


「さて…… おぉ。お前さんか…… そうか。すぐに行く」


 二人を見送った石川は、机に置いてあったおもむろにどこかに電話をかけていた。電話が終えた石川は、立ち上がり事務所を出ていくのだった。

 石川は事務所を出て隣の建物へと入った。彼は受付を通り過ぎ、エレベーターホールの一番端のエレベーターの前に向かう。鉄筋の巨大な扉の横にある四角いスキャナーに自分の左手を当てる石川だった。しばらくすると音がして扉が開いた。石川が乗ると扉が自動で閉じ、エレベーターは最上階へと向かう。


「やぁ邪魔するよ」


 扉が開くと小さな四角い部屋があり、奥の壁には重厚な金庫のような扉が見える。その前には二型パワードスーツに身を包んだ二人の警備員が立って居た。

 下りて慣れた様子で石川は警備員に右手をあげ声をかけた。彼らは石川に敬礼し、金庫のような重厚な扉をすぐに扉けた。音がしてゆっくりと開く扉の向こうは絨毯が引かれ、左手の壁に本が並び、奥に黒い木の机とその前に向かい合わせのソファと間にテーブルがある応接セットが置かれた執務室だった。部屋の横手には入り口と同じような重厚な扉が見えた。石川は部屋の中へと足を踏み入れる。


「石川のおじさん。そこへどうぞ」


 黒い机に座っていた男が立ち上がり、石川にソファに座るように促す。男は短い逆立った黒髪にすらっと伸びた鼻に目は鋭く瞳はダークブラウンの端正な顔立ちの青年だった。身長は二メートル近くあって、がっしりとした体つきだがやや細身のため手足が長く見える。

 彼は如月武瑠きさらぎたける。未結の兄であり、番傘衆の総司令兼第一兵団の団長を務める。ツマサキ市には選挙で選ばれた市長がいるが、番傘衆の総司令である武瑠が実質的な町のトップである。

 石川はソファに座ると武瑠は向かいに座った。


「すまんな。お前さんの妹を預かっておきながらこんなことになって」

「大丈夫ですよ。この仕事が危険なのは妹もわかってます。それに…… ああ見えても強いですからね」


 頭を下げる石川に首を振って答える武瑠だった。彼の表情は明るく妹の生存を確信しているようだった。武瑠は視線を石川の後ろに見える金属の扉に向けた


「もうすぐ彼女の祈りも終わりますから…… 待ちましょう」

「あぁ。そうだな。じゃあ……」

「コーヒーですね。いま淹れますよ」

「あぁ。頼む」


 にっこりとほほ笑んだ武瑠は立ち上がり、自分の背後の棚に置かれたコーヒーメーカーを使ってコーヒーを淹れるのだった。数分後…… コーヒーを飲みながら二人は静かに何かを待っていた。


「武瑠さん!! 見つけたよー!!! あっあれ!? いっ石川のおじさん。こんにちは!」


 部屋の右手にある金属の扉が自動で開く。中から白衣にオレンジ色の袴という巫女服に身を包んだ少女が出て来た。少女は赤みの強いピンク色の髪をして、顔は眼鏡をかけていないが杏にそっくりの少女だった。彼女の名前は山神桃やまがみもも。彼女はエーテルと意思疎通ができ、世界に数人しかいない魔の巣の侵入を防ぐ結界を展開できる、特殊能力を持つ巫女で杏の双子の妹でもある。武瑠は総司令として業務をこなしながら、町の最重要人物の一人である桃の護衛も務めている。

 立ち上がる二人、石川が振り返り桃に向かって口を開く。


「それで三人はどこに?」

「はっはい。ここから北西にある東京湾第三ゲートです」


 武瑠に向かって話していた時とは違い、桃は石川に向かってはかしこまってしゃべっている。


「なっ!? なんだってそんなとこに……」


 桃の答えに石川は腕を組んであきれた顔する。武瑠もどうように困惑した表情を浮かべるのだった。

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