第18話 トンネルの奥に眠るもの
三人の前に青白い光に照らされた魔物が現れた。魔物は五メートルはあろうかという巨大なクマのような体にフクロウの頭を持つオウルベアだった。パワードスーツがない三人にこの魔物を駆除する力はない。
「涼馬! 俺たちが時間を稼ぐからすぐに逃げろ」
前に出て拳銃をオウルベアに向け叫ぶレイ、未結も彼の横に立ってサブマシンガンを構える。甘菜は涼馬の前に立って彼をかばうようにして立って振り返る。
「トンネルの外へ逃げるんだよ」
「大丈夫だよ。そいつはもう死んでるんだよ。動かないんだ」
「えぇ!? ダメだよ!!!」
笑顔で甘菜に答えた涼馬は、甘菜の制止を聞かずに彼女の横を通り抜けていってしまった。涼馬はオウルベアの前へ。
「オウルベア…… 動かないよ。レイ君」
「あぁ。本当に死んでるみたいだ」
「そっそんな……」
涼馬が目の前に来ても、オウルベアはピクリとも動かない。レイは静かに拳銃を下し、隣にいる未結にも左手で銃を下すように合図をした。未結は彼の指示に従いサブマシンガンを下した。
三人は慎重にゆっくりと歩いて涼馬の横に立った。
「どうしたの? お兄ちゃんたちは魔物と戦ってるんでしょ? こんなのよく見るんじゃないの?」
首をかしげて不思議そうな顔をすう涼馬だった。レイは涼馬を顔を見てから、すぐにオウルベアに視線を戻し口を開く。
「普通のレインデビルズは死んで二時間以内に死体は消えるんだよ。最後は真っ黒な魔石しか残らない」
「へぇ。そうなんだぁ」
レイの言葉にオウルベアを見上げる涼馬だった。
通常のレインデビルズはレイの言う通り、二時間で体は灰のようになって消え魔石と呼ばれる石だけが残る。魔石の大きさは魔物大きさに比例し、ゴブリンなどではゴルフボールほどだが、アークデーモンのような巨大なものだとバスケットボールほどになる。
この魔石と呼ばれる黒い石は、エーテルの材料の一部となる。海水からエーテルを抽出する過程でろ過のする際に魔石を使うと効率が上がる。魔石は数回のろ過で劣化するため、エーテルの供給効率を保つために、壁の外で魔石を採取する。通常は町の防衛戦闘などで発生するもので賄うが、足りない場合は番傘衆の第三遠征団の部隊がレインデビルズを狩りに向かう。また、壁の外で起きるレインデビルズの縄張り争いなどでも魔石は発生するため、定期的に町の周囲を見回って魔石を回収し生業とするものもいる。
以前レイ達が陽菜乃たちを、救出に向かったさいに彼女らが、行っていたのは魔石回収研修である。
「あんたら誰だず? 涼馬! 離れるべさ!!」
トンネルの奥から男性が一人出て来て叫んでいる。涼馬は振り返り男性に向かって走って抱き着いた。
「父ちゃーん! この人たちはツマサキ市の人だよ」
涼馬の言葉に男性は驚いた様子で三人を見た。彼は涼馬の父親で名前を
「ツマサキ市の番傘衆特務第十小隊の温守冷夜だ」
「おっ同じく如月未結といいます」
「私は温守甘菜だよ」
見つめる涼馬の父にレイは、自分を指して名乗る。未結は敬礼をし甘菜は体の前で小さく手を振る。
「あっあぁ」
「涼馬さんから病人がいるとお聞きしました。薬があるので案内してもらえますか?」
レイ達がいることに驚いて呆然とする、父親の元へと涼馬が駆けて行って手を掴んで引っ張った。笑顔で自分の手を引っ張る息子を見て父は我に返る。
「こっこぢらへ」
涼馬の父親はトンネルの奥へと三人を案内する。オウルベアから十メートルほど進んだ場所に、テントが張られていた。テントの中には毛布に巻かれて寝ている女性が一人いる。女性を見守るように老婆と老人がテントに座っている。寝ている女性が涼馬の母親で、老婆と老人は涼馬の祖父母だ。テントの入り口へとやってきたレイ達を見た老人が声をあげる。母親の名前は
「由伸さん。この人らは誰だが?」
「ツマサキ市のすと達だとよ。かがの治療をすてくれるんだとよ」
「そうなのけ。えがっだなぁ…… 里香」
涼馬の祖母が母親の頭を撫でる。母親は苦しそうにわずかにうめき声をあげていた。その後、すぐに涼馬の祖父母が立ち上がりテントをでた。
「んじゃあ。お願いするっす」
父親がレイ達をテントへと招きいれた。リュックを持ち涼馬を連れて、甘菜がテントにへと入っていく。
「お邪魔しまーす。レイ君と未結ちゃんはそこで待っててね」
「あぁ」
レイと未結はテントの入り口に立っている。母親の横に座った甘菜、彼女は母親のおでこに手を当て診察を始める。甘菜はパワードスーツ操縦者以外に衛生兵としての訓練を受けており医学の知識を持つ。レイは陣地構築などに長けた工兵であり、未結は通信機器に精通した通信兵としての能力を持つ。
診察をする甘菜に心配そうに涼馬が見つめていた。テントの脇に立つ涼馬の後ろに立つ父親と祖父母の後ろに、レイと未結は立って居る。涼馬の祖父が振り返りレイ達を見つめ話だす。
「あの…… おらたちは…… ツマサキ市に行けるべか?」
不安そうにレイ達に確認する涼馬の祖父、彼の横で祖母と父親も同じように不安な顔をしていた。ここまで命からがら逃げて来て、万が一にもツマサキ市に移住を拒否されたらとみな不安なのだ。未結は彼らの気持ちを察して、優しく微笑み答える。
「大丈夫ですよ。本部と連絡は取れたので皆さんの保護は依頼済みです。ただ…… 私達も遭難しているので救助はもうしばらく待って下さい」
「後、ツマサキ市に避難するために健康とか身分確認の検査はあるけどな」
申し訳なさそうにする未結と笑顔のレイ。二人の答えに安堵の表情を涼馬の家族たちだった。
甘菜が診察と治療を始めて五分ほどが経過した。レイはテントの脇に立って入り口をのぞき甘菜に声をかける。
「どう?」
「うん。大丈夫。疲労で熱が出ただけみたいだよ。薬を飲んで栄養があるものを食べれば大丈夫だよ」
甘菜の言葉にホッと安堵の表情を浮かべる涼馬、テントの外に居た彼の父親と祖父母も安堵して笑う。甘菜はリュックから薬と水筒を出した。涼馬の母親に薬を飲ました。
「すぐに良くなるからね」
「ありがとう。お姉ちゃん」
薬を飲んで苦しそうに寝息を立てる、涼馬の母親のおでこを撫でてい甘菜に涼馬が抱き着いた。抱き着かれて甘菜は少し驚いたが、すぐにほほ笑み涼馬の頭を撫でる。
「うんうん。やっぱりこれくらいの子はかわいいねぇ。大きくなると……」
「うるせえな」
涼馬を撫でながらレイに視線を向ける甘菜だった。彼女に向かって不機嫌そうにレイが答える。甘菜はレイに微笑み優しく涼馬の手を外し近くに置いてあったリュックに手を伸ばす。
「じゃあ、涼馬君のお母さんに携帯食糧を食べてもらおう。味はあれだけど栄養はあるから」
「でも、それじゃあ私たちの分が……」
リュックから携帯食糧を出して甘菜はテントの床に置いて並べていく。携帯食糧を渡してしまったら自分たちの分がないと未結が心配そうにする。顔を未結に向け甘菜は得意げに笑う。
「えへへ。さっきの続きだよ未結ちゃん」
「続きってまさか……」
視線を海ほたるがある方角に向けにんまりとする甘菜だった。彼女はさっき涼馬に会ったことで、食べそこなった海ほたるに残っている土産物を食べたいのだ。レイは甘菜の表情から彼女の考えを察知した。
「どうせ最初からそれが狙いだろ」
「うるさいよ。レイ君! ベーだ!!」
舌を出す甘菜にあきれた顔をするレイだった。レイの横で未結は二人のやり取りを見て微笑んでいた。テントを出た三人は海ほたるへと戻って食糧の確保をするのだった。
海ほたるへ戻った三人……
「まだ!? さっさと決めてくれよ」
土産物屋の中でレイは、頭に両手を置き不服そうにしていた。彼の前には並んで買い物かごを持つ未結と甘菜がいる。振り向いて甘菜がレイに答える。
「うるさいな。まだかかるよーだ。全部の店を全部見てから何にするか決めるだもん。ねぇ?」
胸を張りすべての店を見て回ると宣言し、甘菜は顔を傾け隣にいる未結に同意を求める。
「はっはい」
「えぇ…… 俺…… 外で待ってるわ」
未結が甘菜に同意し、レイは呆れた顔をする。彼は右手をあげ二人の背中を向けて土産物屋を出ていくのだった。
「さぁ。うるさいのがいなくなったらゆっくり選ぼうねぇ」
「えっ!? はっはい……」
甘菜もレイに背中を向け未結の手を握って陳列された商品を指す。未結は甘菜に返事をし、すぐに振り返り心配そうに彼の背中を見つめるのだった。
二時間ほど後…… レイは甘菜たちと別れ一人で、展望デッキに置かれたベンチに座っていた。レイは目覚めた際に居た川崎側の展望デッキではなく木更津方面のデッキに来ていた。目の前には東京湾アクアラインの高速道路が海の向こうへと伸びている壮大な光景が広がっている。呆然と景色をレイは見つめていた。彼の背後にこっそりと人影が近づく……
「冷てえ!!」
レイの頬に冷たい何かが当てられビックリして彼が振り返る。そこにはいつも見る笑顔があった。
「待ったあ? なーんて」
「姉ちゃん……」
振り返ったレイに、缶コーヒーを持った笑顔の甘菜が見えた。
「見て見てコンビニの冷蔵庫でこれ見つけたの懐かしいねぇ」
甘菜はレイの頬に当ててい缶コーヒーを彼に差し出す。彼女が持っていたのは、黄色と黒の派手な缶のコーヒーはものすごく甘いことで有名なコーヒーだった。
レイが缶コーヒーを受け取ると甘菜は彼の横に座る。
「先輩は?」
「食事の準備をしているよ。私はレイ君を呼びに来たんだ。たっーーーーーぷり持って来たから楽しみにしててね」
「ははっ……」
得意げに話をした甘菜は缶コーヒーを開けて口を付けた。彼女はすぐに口をはなし目をつむる。
「うぅ。あまーい。このコーヒーはこうじゃないとね」
「隊長は文句言いそうだけどな」
「そうだねぇ。隊長さんは砂糖とミルクとコーヒーの割合にこだわるからねぇ」
レイは甘菜に続き缶コーヒーを飲んで笑っている。甘菜は前を向いて懐かしそうに海に伸びる高速道路に視線を向けた。
「覚えてる? このコーヒーを二人でここで飲んだの」
「あぁ。俺が自販機でおごったんだよな。年上のくせに腹減ったって泣くから慌てたぜ」
静かにうなずくレイだった。十年前、二人はこの場所でベンチに座って同じ缶コーヒーを飲んでいた。レイがここに座っていたのは、偶然ではなく甘菜との思い出を懐かしむためだった。
「うるさいなぁ。しょうがないじゃん。お母さんがゲートの手続きで居なくてお腹すいたんだもん!!」
口をとがらせ不満そうにしそっぽをむく甘菜、レイは彼女を見て笑いコーヒーを一口飲む。
「ねぇ。レイ君……」
両手に缶を持って膝の上に持ってうつむきながら甘菜は話を続ける。
「実はね。私はレイ君の事…… 昔は好きじゃなかったの」
「えぇ!?」
好きじゃないと言われ驚くレイ、彼は口に含んでいたコーヒーを思わず吐きそうになる。
「お父さんが死んでお母さんと二人きりになったでしょ。なのにお母さんはレイ君にばっかり……」
ツマサキ市に移動を始める二ヶ月前、レイと甘菜の家族がそれまで避難していたシェルターがレインデビルズに襲われた。その際にレイの両親と甘菜の両親は命を落とした。レイは前を向いて小さく甘菜の言葉に答えるようにうなずいた。
「そっそっか…… ごめんな」
「ううん。謝るのは私…… 大きくなった今ならお母さんが居た私より両親を失ったレイ君の方がつらいってわかるから」
「違うよ。二人ともつらかったんだよ…… だってかけがえのない人を失ってのつらさは数じゃないだろ……」
「レイ君……」
膝の上に置かれた甘菜の手をレイはそっと優しく握りしめた。甘菜は彼の方に顔を向けた、父親のことを思い出したせいか彼女の目は潤んでいた。わずかに震える甘菜の瞳にはレイが映っている。
「あのさ…… 昔はって好きじゃないってことは…… 今は?」
「えっ!? そっそれは……」
言葉につまり頬を赤くする甘菜、レイは手を握っていた左手を彼女の頬に当て顔を少し上にあげさせた。レイはゆっくりと自分の口を彼女の口へと持っていく。甘菜は近づくレイの唇に抵抗することなく、受け入れようと目を閉じる。
「食事の準備ができましたよ!」
「「はぅ!?」」
口が重なり合う直前に未結が、二人の背後から声をかけてきた。二人は顔をはなし振り返る。海ほたるの入り口に未結が立って居た。
「いっいま行くねぇ。レイ君。戻ろっか」
「あっあぁ」
立ち上がり甘菜はレイの手を引っ張る。二人に手を振ってほほ笑んだ未結は振り返る。未結は振り返ると表情を少し曇らせた後にやりと笑い、右腕を曲げ拳を力強く握って小さく手前に引くのだった。
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