第11話 死の雨が来る
「悟くん……」
舞台の上に転がる悟の死体を見て甘菜がつぶやいている。彼女の前に居たレイは走り出し、舞台の上に飛び上ると、腰が抜け四つん這いで悟に近づき美波の顔の前に立ちを突き刺した。磨かれた刀身に悟の血肉を浴びて真っ赤になった自分の顔が映る。彼女はぎょっとした顔で動くのを止めた。
「成瀬美波!! 不法侵入および無断夜間外出により逮捕だ」
回り込んで膝で美波の体を起こし、レイは彼女の両手を強引に後ろに回す。彼女の両手首をクロスさせ右手で押さえつけ、レイは腰につけていたサブマシンガンを右手に持った。
「おまえらも動くな!」
引き金を引きサブマシンガンを上空に撃つレイ、彼に視線を向けた美波と悟以外のユースレスアンブレラの信者達に向かって命令する。
「千里眼がお前達を見張っている。動けば悟と同じ目に合うぞ!!!」
周囲の首を動かしながらレイは叫ぶ。生身の人間がパワードスーツに勝てるわけなく、かつ目の前で頭を吹き飛ばされた悟の姿を見ている彼らはあっけなく抵抗をやめる。
「よーし。全員。手をあげてその場で膝をつけ!!」
レイの言葉に従い信者たちはゆっくりと手をあげ膝をつく。レイは全員が膝をついたのを確認するとヤマさんへ連絡する。
「確保しました」
レイの報告にヤマさんはすぐに返答する。
「よし。今からそっちへ行く。悟君の体を確認して彼女の体も調べろ。同じものを持っている可能性がある」
「了解です」
連絡を終えレイは視線を前に向けた。彼に手首をつかまれた美波は、抵抗することなく大人しくしている。
「でもな…… さすがに……」
美波のやせ細った体をジッと見つめるレイは、すぐに首を横に向けレイは甘菜へ顔を向けた。犯罪者といえ女性の体を、まさぐるのに抵抗を覚えたレイは、甘菜にやってもらおうと考える。
「姉ちゃん」
レイは甘菜を呼ぶ。しかし、彼女は舞台の下に呆然と立ったままで動かない。パワードスーツ越しではレイには見えてないが、彼女はジッと悟の死体を眺めていた。レイは動かない甘菜にもっと大きな声で呼びかける。
「姉ちゃん!!」
「えっ!? はっはい」
二度目の問いかけに甘菜はようやく気付いてハッとして反応する。レイは彼女の様子を気遣うことなく言葉を続ける。
「ぼさっとしないでこいつの体を調べて!」
「ごっごめんなさい……」
レイは甘菜に少し強く注意し、美波を引きずって部隊の縁へいき彼女へと近づく。
友人が目の前で射殺されショックを受ける甘菜に、少し冷たいようなレイの対応だが二人が居るのは、テロリストが不法占拠する場所なのだ。
「ほら!」
「わっ!?」
「……」
レイは甘菜の前に来ると、捨てるように美波を彼女の前へと投げた。美波の震え部隊の上から落ちていった。甘菜は慌てて腕を伸ばして彼女を受け取る。受け取った美波は小刻みに震えていた。
「じゃあよろしく」
「うっうん」
「ぼさっとしないでさっさとやれよ」
小さくうなずいた甘菜に念を押し、背中を向けたレイは歩き出し右手を上げる。振り向かずに悟の元へと戻る彼の背中を甘菜は黙って見送るのだった。彼女の腕の中で二人の様子を黙って美波が見つめていた。
レイは舞台に戻り悟の体を調べる。仰向けに倒れた悟の死体を見つめる。悟の体には三本のベルトが巻かれ、一つのベルトに試験管が十本ほど収納されている。
「試験管に管…… いやケーブルか?」
試験管には青いプラスチック蓋がされ、その蓋には穴が開いており細く青いケーブルが二本指してあった。ケーブルをたぐっていくと青いケーブルはそれぞれ左右の試験管の蓋へと伸びていた。ベルトの端の試験管までいくと、ケーブルは三本の増え背中へと回っていた。
レイは仰向けに倒れている悟をひっくり返し、右手を後ろに回しナイフを取り出し、悟が着ている作業着を斬りつける。裂かれた作業着の下には基盤があり、腰の方を回して集約されたケーブルが接続されていた。
「ヤマさん。悟の背中に基盤が……」
「わかった。すぐに回収しろ。後で山神博士に調べてもらう」
「了解です」
基盤に手をかけてレイが外す。強引に外したせいでケーブルが切れる。すぐにベルトを外して試験管を回収する。
舞台の前では甘菜が美波の前に立っていた。
「早く上着を脱いでください」
「ふん……」
動けない悟と違い甘菜は、強引に美波の服を脱がすようなことをせずに命令をして自主的に脱がそうとしていた。しかし、美波は甘菜の言う通りにはせず口をとがらせ腕を組んでいた。
「いうことを聞かないならしょうがないですね」
語気を強め甘菜は美波に向かって手を伸ばし胸元をつかむ。美波が着ている作業着を甘菜は強引に引きちぎった。
「これは…… あなた…… 病気なの?」
服を破かれた美波は白いブラジャーだけを身に着けており、ブラの上に首から下げたペンダントが揺れている。まったく肉付きがなく腰はやせ細り、鎖骨や胸のすぐ下にはあばらは骨が浮き出ていた。両手を胸の前に持っていき体を隠すようにした美波は、恨みのこもった目で甘菜を睨みつけた。
「悟を…… 悟を殺したくせに!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うっ」
美波が怒鳴りつけると甘菜の動きが止まった。甘菜を睨みつけたまま、美波は自分が首から下げていたぺんだんとを握り締め顔を下に向けた。
「ヘスティア様…… 浄化の光を下せない。我をお許しください。この罪は…… えっ!?」
ペンダントを握りしめ、ぶつぶつとつぶやいていた美波の体が急に青白く光り出した。
「これは…… 私の体が…… これが聖獣様の力! 奇跡なのね!!!」
顔を上げ上空に浮かぶ雨雲に向かって叫ぶ美波だった。急に光り出した美波に驚き甘菜は見つめるしかできなかった。そこへ小屋から下りて来たヤマさんと未結が駆けて来た。
「エーテル反応だ! 甘菜さん! 何をしている!! 彼女を拘束して止めろ!!!」
「はっはい!」
我に返った甘菜は美波の手をつかみ、自分に引き寄せ足をかけて引きずり倒す。倒された地面に叩きつけられた美波は口から血を吐き出した。
「グハっ! 無駄よ! 浄化の光は…… もう……」
血を吐き出しながら甘菜に目を向け笑う美波だった。
「ヤマさん…… 周りの人たちも」
未結の声が聞こえる。舞台の周りにいる膝をついていたユースレスアンブレラの信者達の体が青白く光っていた。舞台の上でその光景を見ていた
「あいつらの体に…… エーテルが入ってるのか? クソ! こうなったら全員を射殺して……」
「レイ。もう遅い…… 上を見ろ!」
視線を上げたレイに先ほどよりも大きな光の輪が見えた。直後に彼の視界に水滴が落ちる。透明で紫色の水滴だった。
「死の雨が…… 魔の巣につながっている……」
紫色の雨雲である魔の巣からは魔物まじりの紫色の雨が降る。紫色の雨は死の雨と呼ばれ人々から恐れられていた。
「死の雨だ!!! 離れて体制を立て直す!! ついて来い」
ヤマさんが振り向いて前を指して走り出す。未結は彼に続く。甘菜は自分の下にいる、美波に向かって叫ぶ。
「立ちなさい!」
「奇跡よ! 奇跡…… これが浄化の雨…… 私たちを導く……」
甘菜は美波を連れて行こうと立つように、命令するが美波に彼女の声は届かず無視される。舞台から下りてレイが甘菜の元へと駆け彼女の背中に軽く叩く。
「放っておけ。行くよ。姉ちゃん」
「でっでも…… このままじゃ皆……」
「俺達が守るのは町だ。こいつらじゃない。行くよ」
「わっわかった」
立ち上がった甘菜が走ってヤマさん達を追いかける。レイは後ろを気にしながら彼女を追いかけるのだった。
レイ達は舞台から二十メートルほど離れた場所に集合する。死の雨が彼らの手前に降り続いている。
「如月は狙撃準備…… レイと甘菜さんはすぐに動けるように武器を構えろ」
「「「はい!」」」
三人が同時に返事をした。資材置き場に置かれている二階くらいの高さの積まれた鉄板の上に飛び上がり膝をついてライフルを構えた。未結の乗った鉄板の前で盾を前に出し、ヤマさんはアサルトライフルを構える。レイは太刀を両手に持ち、甘菜はタワーシールドの裏に装着したモーニングスターを取り出す。
「ワオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!」
狼の遠吠えが資材置き場に響く。空から降って来た二匹のガルフが舞台の上に下り立っていた。
「あれは……」
ガルフの横に赤い皮膚に二メートルくらいの身長を持つ、がっしりとした体格をして背中に大きな蝙蝠のような翼を生やした人型の魔物が立って居る。魔物は頭髪はなく耳が尖り、口は大きく上顎から長い牙が見え目は丸くぎょろっとして青白く光り、頭の頭頂部やや後ろに長く弓なりに曲がった角が生えている。武器は持たず上半身は裸で下半身には黒い革の腰巻を装備している。
「チッ。レッサーデーモンだ…… 面倒だな」
舌打ちをするレイ。この人型の魔物はレッサーデーモンという。空を飛び人間をつかまえ連れ去ると言われている。連れ去られた人間はもちろん戻ってこない。ガルフとレッサーデーモンは次々と空から降って来る。
舞台の上に降り立ったガルフ達を見て美波は泣いていた。目の前にいるのは魔物ではなく彼女にとっては聖獣という神の使いなのだ。立ち上がった彼女はフラフラと舞台の前に向かう。
「さぁ聖獣様…… 私と共に浄化を…… なっなにを!?」
目を見開いて叫び声をあげる美波、舞台上では二匹のガルフが悟の死体に噛みついていた。
悟の両腕に噛みついたガルフが広がるように動く。悟の死体は左腕が肩の辺りからもげ、右腕は前腕部の先でちぎれた。
「ガウアアアアアアアアアア!!」
「キャイ!!!」
食べるのではなくガルフは悟の腕を振り回したりして、彼の死体をもてあそんでいる。
「やめて!!!!」
二頭が死体で遊ぶ姿に思わず叫び声をあげる美波だった。ニヤリと笑ったレッサーデーモンが彼女の前に立った。レッサーデーモンは、笑いながら美波の肩に手をかけ顔を近づけていく。
大きく光を目を持った、レッサーデーモンの顔が近づく、美波の体は恐怖で震えだした。絶望のなか藁にもすがる気持ちで、美波がレッサーデーモンに口を開く。
「せっ聖獣様! 早く浄化を…… キャッ!」
ニヤリを笑ったレッサーデーモンは美波の両肩をつかんで持ち上げた。そして両手を合わすように締め付ける。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
美波の体からバキバキと言う音が資材置き場に響く。ぐったりとした美波をぼろ雑巾でも捨てるようにレッサーデーモンは投げ捨てた。主人の真似をしたのかガルフ達は首を大きく左右に振り口を大きく開けた、ちぎれた悟の腕が美波の体に向かって放物線を描いて飛んでいくのだった。
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