第10話 選択権はない

 資材置き場の入り口真ん中へと移動したレイと甘菜。甘菜は視線を動かして周囲を確認する。未結が見せてくれたオレンジのつなぎの作業着を着て、銃身の前面に湾曲した弾倉を持つ、サブマシンガンを持った女性が甘菜の数メートル先に見える。


「あっあっ!? あっ……」


 突然目の前に現れた、パワードスーツ二体に女性は驚き後ずさりをする。


「何やってんだ! 敵だ! 撃て!」


 背後から声がして甘菜が振り返る。二人の背後に入り口を挟んで向こう側に同じくサブマシンガンを持った、オレンジの作業着を着た男がいて叫んでいる。


「姉ちゃん! 名乗って!!」

「えっ!? あっ! 私たちは番傘衆だよ!!!!!!!!!!」

「クソ!」


 サブマシンガンを甘菜へと向け、銃身の横にある安全装置のレバーに手をかける男、レイは静かに彼に視線を向けた。直後にレイの姿は消え、男の前面へと瞬間移動していた。急に前の前に現れてレイにとっさにサブマシンガンを男は向けようとする。レイは彼が動くよりも速くかがんでで太刀を裏返す。右手一本で持った太刀を地面にはわすようにして男の膝の下あたりを叩く。


「ウギャ!!!」


 鈍い音がして男の膝が逆に曲がる。足を払われたようになった彼は前のめりに倒れる。レイは振り切った太刀を戻し倒れた男の背中に向けた。


「さよならだ!」


 レイは男の背中に向かって太刀を振り下ろした。バキっと音がして振り下ろされた、太刀が背中にめり込んでいく。


「ガッハ!!!」


 血を吐き出しながら男の背中がぐにゃりと曲がって反り返りすぐにまっすぐに戻る。顔を地面につけ男は血と泡を同時に吐いて動かなくなった。レイは静かに振り返り女性に体を向ける。


「ひっひぃ!!」


 女性が悲鳴をあげて武器を捨てて逃げようとした。レイは左を女性に向かって突き出した。パワードスーツの左手首の下側の一部がわずかにスライドして開く。


「キャッ!?」


 レイのパスワードスーツの左手首の下からワイヤーが発射され、飛び出して女性の体に絡みついた。ワイヤーは女性の胸から下へ巻き付いていく。両手を両足を拘束された女性は前のめりの倒れた。


「静かにしてくれよっと」

「ぎゃ!!!」


 女性の元へと駆け寄ったレイ、彼女の体に巻き付いている背中のワイヤーに手を置く。レイのパワードスーツとワイヤー触れ合うと、電流がワイヤーに流れ込み、女性の体はしびれ視界が真っ暗になり彼女は気を失った。

 女性が動かなくなるとレイは立ち上がってヤマさんへ連絡をいれる。


「ヤマさん。こちらレイ。入り口を制圧しました」

「了解。そのまま中へ入れ。こっちは舞台の左手にある小屋の背後にいる」

「わかりました」


 通信を終えたレイは静かに立ち上がる。甘菜は倒れた女性を心配そうに見つめていた。


「レイ君…… この人たち」

「うん!? まだ死んでないよ。多分。行くよ」

「うっうん」


 小さくうなずいて返事をした甘菜、レイは彼女を連れて資材置き場の奥へと向かう。

 レイと甘菜は鉄筋が積みあがってできた、狭い通路を悟達がいる舞台を目指して進む。


「姉ちゃん。盾を構えて前に出て」

「わっわかった」


 通路を抜ける直前、この先は開けて舞台がある手前で、レイは立ち止まり甘菜に前に出るようにうながす。

 甘菜は言われた通りに前に出て盾を構えた。レイは太刀を地面におき、腰に装備しているサブマシンガンを準備する。


「突入します。フォローをお願いします」

「了解!」


 ヤマさんから返事を受けたレイは、甘菜の背中を右手の人指指で軽くつつく。


「行くよ。中央にある舞台を目指して前進!」

「わかった」


 甘菜が前に出る。レイは地面に置いた太刀を拾い肩に担いで彼女の後に続く。


「動くな!!! 無断夜間外出および不法侵入で全員逮捕だ」


 前に出て五メートルほど進むと、レイは上空に向けてサブマシンガンを撃つ。鳴り響く銃声と怒鳴り声に悟達の視線は一斉にレイ達に向けられる。


「クソ! 異端者だ! 排除しろ!」


 舞台の前に祈りを捧げていた人間達は立ち上がる。作業をしていた男の一人が拳銃を出して構える。レイは冷静に駆られらの動きを見て至る。


「無駄だよ!! 未結先輩!」


 けたたましく鳴り響く銃声が響く。男が持った拳銃の上部を未結が撃った弾がかすめ、彼は手に持った拳銃を吹き飛ばされてしまう。


「クソ!」

「動くな!」


 落とした拳銃を拾おうと男がすると、彼の足元をサブマシンガンで撃つレイだった。男は動けずに悔しそうにレイに視線を向ける。


「ここは包囲されている。無駄な抵抗はやめるんだ」


 右足をあげレイは甘菜の背中を軽く蹴る。これは前進の合図で、甘菜は静かに前に進む。レイは銃口を左右に動かしながら甘菜と前に進む。


「来るな! 異教徒め!!」


 怒鳴りながら悟が舞台に上がった。彼の横に一緒に祈りを捧げていたやせ細った女性が立って居る。女性と悟は手を強く握っている。


「悟…… お前は何をやってるんだ?」

「その声は…… レイ!? お前…… レイなのか!?」

「あぁ。帰るぞ。悟…… 抵抗するなよ」


 小さくうなずきレイは銃口を舞台上の悟に向けた。眉間にシワを寄せレイを睨みつける悟だった。


「帰ってどうする? 俺にはもう何もないんだ」

「何もないって…… ばあちゃんが心配してるぞ? 夕方にお前がいないって俺ん家に駆けこんで……」


レイが祖母の話をした瞬間に悟の顔は歪む。


「うるさあああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!! お前がばあちゃんのことをいうな!!!!」


 レイの言葉に悟は突如声を張り上げ、大声で彼を怒鳴りつけた。眉を上げ眉間にシワを寄せたまま、口角をあげレイを恨みのこもった目を向ける。横の女性が左手で悟の肩に優しく手をおき彼の顔を覗き込む。目があった二人は静かに微笑みあう。女性は顔をレイに向け見下したように笑う。

 やせこけたこの女性は悟の彼女の成瀬美波だ。


「なんで怒鳴られたか気づかないの? あなた友人でしょ。悟は一週間前に十六歳になったのよ?」

「あっ……」


 美波の問いかけにレイは言葉を失い、わずかに持っていたサブマシンガンが震えた。


「そうだ! ばあちゃんは…… ばあちゃんは…… 明後日にここを出ていくんだぞ!!!! お前らが作ったくだらない法律のせいで!!!」

「六十五歳以上は強制移住なんでしょ。活力維持法だっけ…… 家族を切り裂くひどい法律よね」


 悟ると美波はレイに言葉をぶつけていく。ツマサキ市には都市開発活力維持法という法律がある。この法律の中に六十五歳を迎えた人間を町から移住させるという条文がある。町の防衛などの重要な仕事や不足気味の職業に付くもの、あるいは成人年齢十五歳以下の保護者などの事情のある人間以外は六十五歳になると、ツマサキ市の北東に位置するハムストータウンという町に強制移住となり、そこで余生を過ごすことになる。

 この法律は高齢化を防ぐ意味と、周辺に集落をおくことでレインデビルズの目を、ツマサキ市に集中させないようにするためにある。悟の祖母である紀恵は六十七歳、悟が十六歳を迎えるまで移住は免除されていた。


「こんな場所…… 守る必要なんてない…… 聖獣様によりすべてを浄化された方がいいに決まってる」

「違う! この場所を守る意味はある。俺達はいつか地球からレインデビルズを……」


 首を横に振るレイ、悟は彼をジッと見つめて顔をしかめる。


「それはお前にとってだろ…… 俺にはないんだよ! 意味なんてな!」


 悟は作業着の前を開いた。彼の体にたくさんの試験管を巻き付けており、中には青い粉が入っていた。


「それは…… エーテルか!?」

「穢れた名前で呼ぶな!!! これはヘスティア様の奇跡…… マナだ!!! さぁ聖獣様をここに!!!」


 前に出て舞台の上で両手をあげる悟、彼の体が青白い光の粒が出て上空へとむかっていく。光の粒は十メートルほど上空まで浮かぶと、渦巻くように動き大きな輪を作り出した。虹色に縁が光る歪んだ輪が空中に出現した。


「あれは…… ガルフが…… クソ!」


 直径一メートルほどの空中に浮かぶ輪の中に、巨大な狼が鼻をつっこんでいた。体高が一メートル五十センチはある巨大な狼の魔物ガルフ、真っ黒な体に鋭い牙と爪を持っている。牙は黒炎をまとい噛みついた物を燃やす。

 徐々に大きくなっていく輪、前足が前後に動き土が輪からこぼれて来る。輪の中でガルフが地面を掘って輪の中へ入ろうしていた。


「ヤマさん輪の中にガルフが……」

「転送魔法か…… なるほど結界の外から中には無理だが中から外なら使えるからな」


 レインデビルズはファンタジー世界から地球に送られた魔物だ、火を吐き魔法を使うことなんかざらにある。レイ達は何度も戦闘で魔法を見てその身に受けて来ていた。

 輪を見上げながら悟は笑顔で、輪から放たれる光をあびるかのように上げていた両手を広げる。


「おぉ美しい…… 聖獣様…… その力によって穢れた人間達の浄化を!!!」

「浄化した世界を二人で歩きましょう…… 悟」

「美波…… あぁ。一緒だ」


 うなずいてそっと悟は美波の腰の手を置く、彼女の足が浮かんで悟に引き寄せられる。美波は悟の近くに来ると彼の肩に手をおく至近距離で見つめ合う二人。


「これからの未来も一緒に……」

「はい」


 目を閉じた美波に悟は自分の顔を近づけ口づけをする。しばらく二人は舞台の上で唇を重ねていた。重ねられた唇が名残惜しそうに離れていく。


「さぁ…… 最後の仕上げを…… あいつらに鉄槌を!」

「あぁ」


 笑顔で美波は悟の肩を押すようにし、一歩下がって膝をつき顔をあげ悟を見つめるのだった。


「なにが奇跡だ…… ガキが大人を舐めるなよ。如月。いけるか?」


 舞台の左手にある資材置き場の管理事務所が入る二階建てのプレハブ小屋。その屋根の上に未結とヤマさんがいる。未結は膝をつきライフルを舞台に向け、ヤマさんは彼女の斜め後ろに立っていた。未結はライフルを構えたままヤマさんに返事する。


「はい。照準は対象の頭部を捉えてます。即座に沈黙させられます…… いいですね? レイさん」


 淡々とレイに問いかける未結。丁寧だが力強い彼女の言葉、ジッ前を見る彼女の目が青く光っていく。おそらくレイがどんなことを返しても、未結が引き金にかけた指は止まらないだろう。この未結の問いかけはレイに覚悟をしろとつたえているだけなのだ。レイは首を横に振って小さな声で未結に答える。


「先輩…… やってくれ」

「レイ君…… 待って! 悟君はきちんと話せば……」

「時間がない。あいつを説得している間にガルフが町になだれ込んできたら…… どうする?」

「でっでも……」


 食い下がる甘菜に未結の通信が届く。


「甘菜さん。ガルフはただの狼じゃありません。彼らはさらに知能の高い魔物に使役されています。町に入られたら被害は甚大になるでしょう」

「そうだ。叔母さんだって危ないんだ。やるしかない」

「うぅ…… わっわかりました……」


 通信が終わるか終わらないかの内に銃声がこだました。同時に悟の頭は横に吹き飛んだ。頭蓋骨は銃弾によって粉々に砕かれ中身を舞台にぶちまけた。


「キャッ!!」


 銃弾が通過した風に押され美波は尻もちをつく。首から上を失った悟の体は膝から崩れるようにして倒れ、彼の斜め後ろに立って居た美波に彼の肉と脳髄の破片がぶちまけられていた。

 上空にあった輪は悟が倒れると同時に消えた。わずかな沈黙の後、目を大きく見開いていた美波は自分の体にふりかかった、愛しする男性の血肉を抱きしめるように両手を体の前に交差させた。


「悟!? 悟るーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!! いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 膝から崩れ落ち美波は、目の前にいる頭を失い肉の間から、背骨をむき出しにする悟に向かって叫ぶのだった。

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