第9話 友人の正体
しとしとと雨が降る町中を巨大なトレーラーが進む。厳戒態勢が引かれた町は静かで街灯が落とされた道路をトレーラーのライトだけが照らしていた。
右折した加菜の横から雨粒をまとう窓ガラスを白いライトの光が照らしぼやかせる。窓のガラスの奥に巨大なコンクリート壁とその手前に組まれた足場が見えていた。
コンクリート壁はレッドデビルズと人間の領域を分ける分離隔離壁。高さ二十メートルで厚さが二メートルほどであり、数十メートルごとに監視塔が置かれている。町側に鉄筋の足場が増設され壁の上をパワードスーツを着たまま移動できる。
トレーラーは壁を左に見ながら町の東へ向かっていく。
コンテナの中で待機していたレイ達、彼らの耳に届く壁や天井にうちつけられる雨音が徐々に大きくなっていく。
「着いたよ」
天井にあるスピーカーから加菜の声がして、コンテナ後部扉がゆっくりと外側へ倒れて開く。四人は各自の武器を持ちレイ、甘菜、ヤマさん、未結の順でトレーラーから下りていく。
「あれー? 資材置き場がないよ……」
周囲を見渡した甘菜が声をあげる。トレーラーが止まった場所は資材置き場ではなく、郊外型のスーパーマーケットの広い駐車場だった。営業が終わったスーパーマーケットは、客も車もない雨音だけが響きひっそりとしていた。首をかしげている甘菜の後ろからレイが声をかける。
「目の前の通りを進んですぐだよ。いきなりこれで乗りつけたらみんな逃げちゃうだろ」
「おぉ! そうか。そうだよね」
右手に太刀を持って肩にかついで、左手の親指でスーパーマーケットの外の通りをレイが指している。悟達がいる資材置き場はスーパーマーケットから一区画ほど離れている。
「二人ともこっちに集合しろ」
ヤマさんに呼ばれた二人は駐車場の中央に集まる。
「如月…… 頼む」
「はっはい」
指示を受けた未結が、右手で頭の横にこめかみ辺りに手を置く。彼女の目が青く光り出し、目に映る風景が流れていきコンテナが並ぶ資材置き場が見えた。これが未結の特殊能力である千里眼、いわゆる透視能力で壁や障害物の向こう側が透けて見える。なお、集中する時間があれば、百キロ以上先の物や人を識別することもできる。また、エーテルと感応させることで、自分が透視した光景をディスプレイなどに表示させることも可能だ。
「できました。共有します」
レイの視界が急に開けえる。マウントディスプレイに、うすぐらい雨が降り地面に水が浮かぶ資材置き場が映し出された。資材置き場は小さな公園ほどの敷地を金属の薄い塀で囲まれ、パイプや鉄筋などの建築資材が置かれている。
「あれ…… 真ん中にあるのなんだろう?」
「舞台か。いや祭壇だな」
資材置き場の中央に金属で組まれた足場と板で作られた舞台があった。舞台の上には花や食べ物が置かれ円形にろうそくが置かれていた。
「如月。中央の祭壇をズームしてくれ」
「はっはい」
祭壇では四人の人間が作業をしていた。
「なんか全員オレンジ色のつなぎの作業着を着て帽子をかぶってるね?」
「あぁ。カモフラージュだな」
侵入者の姿を見て首をかしげた甘菜にレイが答える。作業着と帽子で関係者が、作業しているように偽装しているのだ。
「それと…… 歩きだすと肩が下がって足が重そうだ。きっと拳銃か何かを持ってるだろう…… うん!? 先輩! 舞台の下を見せて!」
「はっはい」
未結が返事をし、舞台の上から視界が回転した。マウントディスプレイが舞台の下へを映し出す。
「悟……」
祭壇の下には作業着を着た二十人ほどの、人間が膝をつき祈りを捧げていた。二人の男女が前に出てその後ろに十数人が横に並んで祈っている。前に出ていた男女二人の男が悟だった。横に居る女性は頬がこけ青白い肌の美人だが、やせすぎて目が飛び出しそうにぎょろっとして少し不気味だった。
「あれは……」
何かに気付いた未結は、意識を集中させ祈りを捧げている悟の胸元をズームする。彼が着ているオレンジの作業着の胸元に斜めの十字架と交差する傘のペンダントが見えた。
「傘と十字架…… ユースレスアンブレラです!!」
「チッ!何してんだよ…… あの馬鹿!!」
「レイ君!?」
声をあげたレイに驚く甘菜。二人の声を聞いた右手をあげヤマさんは未結に指示をだす。
「如月…… もういいぞ。引き続き監視を頼む」
「はい」
レイ達の視界が駐車場に戻った。未結が千里眼の共有を終わらせたのだ。
「ねぇ。レイ君…… ユースレスアンブレラって?」
「レインデビルズを聖獣って言って祀っている奴らさ。宗教団体って自称してるがただのテロリストさ」
「テロリスト……」
ユースレスアンブレラは女神ヘスティアを名乗る女性が、立ち上げた動物保護協会だ。ただし、動物保護協会とは名ばかりの集団で実態はレイが言った通り、天から降って来るレインデビルズを聖獣として祀っている。信者たちに聖獣による世界の救済が行われていると信じ込ませ、聖獣に協力し身を捧げることで世界は生まれ変わりすべての生命が救われ平和にすることを『生命の浄化』としユースレスアンブレラの使命としている。
町を守る分離壁を、生命の浄化を防ぐ不浄の壁として破壊工作を行ったり、聖獣を攻撃し駆除する番傘衆への攻撃などを行っている。
「どっどうして悟君がそんな団体に?!」
「そんなの俺が知るかよ!!!!」
「ヒッ……」
声を荒げたレイに黙りこんでしまう甘菜だった。友人がテロリストに加担していることにレイも混乱しているのだ。
二人の様子を見たヤマさんは首を大きく横に振り、二人の前へと歩み出た。ヤマさんは二人の目の前に立ち交互に二人を見つめて低い声で真剣な口調で話をする。
「レイ、甘菜さん。君たちの友達…… 悟君はユースレスアンブレラの可能性が高い。このまま彼と対峙することになる」
状況から悟はテロリストの一人であることは間違いない。資材置き場へ踏み込めば彼らは抵抗するだろう。戦争になれば、二人は悟に武器を向けねばならず、彼を傷つけ最悪の場合は殺すことになるだろう。ヤマさんは二人に悟を撃つ覚悟があるか問うているのだ。友人を自らの手で殺めることになるかもしれない事実に黙り込む甘菜だった。隣にいたレイは甘菜に視線を向けすぐに視線をヤマさんに戻し口を開く。
「俺は…… 番傘衆になる時に町を守ると誓いました。悟がもし町に危害を加えるなら俺は……」
レイの言葉が少し間途切れる。四人の間を雨をともなった風が、冷たくどこか優しく吹き抜けていく。
「あいつを殺します。それが答えです」
「レイ君……」
躊躇なく友を殺すと答えるレイ、あまりのあっさりとした回答に甘菜は心配そうに彼を見た。レイは甘菜に顔を向けて小さくうなずいた。彼は武器を手に取り戦うことを決めた時に覚悟を決めており、その覚悟は友人が敵にまわることでは揺るがない。付き合いの長い甘菜は彼の態度からそれを感じ取る。そして自分も覚悟を決めていたことを思い出す。
「わっ私もレイ君と同じです……」
少し震え自信のない声だが、甘菜もレイと同じだとヤマさんに答えた。
「了解だ」
ヤマさんは二人の回答に、何もいわず了解と返事するだけだった。
「如月。テロリストの警備を教えてくれ」
「入口の脇にサブマシンガンを持った警備が二人です。内部は祭壇の前に居る人たちが四人ほどいます」
「わかった。全員、僕の前に並べ」
三人がヤマさんの指示で彼の前に並んだ。ヤマさんは三人の前に立って淡々と話を始める。
「ユースレスアンブレラが何をしようとしているのかは不明だが。結界警報下の無断外出と資材置き場への不法侵入で全員逮捕する……」
緊張した面持ちで三人はヤマさんの指示を聞く。彼は少し間を開け指示を続ける。
「最優先は逮捕だが…… 今は結界警報が発令した厳戒下だ。抵抗するなら殺害も躊躇するな」
「「「はい」」」
「よし。じゃあ行く後」
そろって返事をする三人。小さくうなずきヤマさんは振り向くと通りを指して歩きだす。三人は彼の後に続くのだった。
スーパーマーケットの駐車場から通りに出た四人。前へと資材置き場を目指し静かに進む、強くなった雨の音に四人の音はかき消されていく。歩くこと一分ほどで、祭壇から漏れた光が道路を照らすのが見えて来る。資材置き場の近くまでやってきた。
「レイ、甘菜さんは入り口の警備を排除して中へ突入。僕と如月は側面から侵入して援護する」
「了解です。行くよ。姉ちゃん」
「はーい」
甘菜を連れて先に行くレイ、二人の背中を未結とヤマさんは見送るのだった。資材置き場の手前十メートルほどへとやって来た。資材置き場の入り口は閉じられていた。
「ここでいいかな……」
「うん!?」
つぶやきながら、甘菜の左へと回り込みレイは、彼女が持っていた盾をつかむ。
「姉ちゃんは俺と一緒に飛び込んだら番傘衆だって叫んで。警備は二人とも俺が片付けるから」
「えっ!? わっわかった」
レイの特殊能力は瞬間移動。視界の先へ一瞬に移動でき、彼が降れている物や人間も一緒に移動できるのだ。彼は突入の際に甘菜を連れて一緒に瞬間移動するつもりなのだ。
「ヤマさん…… レイです。準備できました」
「あぁ。こっちも敷地に潜入した…… 三、二、一で突入するぞ」
「了解です」
ヤマさんに返事をしたレイ、彼は甘菜へ顔を向けた。甘菜は彼を目をあわせて小さくうなずく。直後にヤマさんのカウントダウンが始まる。
「よし! 三、二、一! 突入!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
レイと甘菜の体が道路から消えた。直後に甘菜の視界が変わり、周囲に鉄パイプや鉄筋など建築資材が置かれている光景が見えるのだった。
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