第52話 モニカの恋


ある日のことだった。

家の呼び鈴が鳴り、浪曼が出ると、そこに立っている人物に目を見開いた。


「あ、アニャさん!どうしたんですか?!

実はパヴェル今は買い物行ってていなくてっ」


「…ごきげんよう…。」


明らかにシュンとしていて元気が無い様子だ。

そもそもこの子がうちに来るなんて初めてのことだし、人魚が陸に上がって来ること自体珍しい。


ひとまずパヴェルが帰宅するまでうちで待ってもらおうとお茶を出した。


「美味しい…」


「そうでしょう?これ、ピクシー村で栽培してる特殊なハーブなんですよ。疲労回復や精神リラックス効果があります!」


「……そうなの。香りも良いですわね…」


そう言ってもう一口啜るアニャ姫の眉はさっきからずっと下がりっぱなしだ。


自分が聞いてもいいものだろうか、どうしたの?と。

いや……やっぱりパヴェルが来てからの方がいい。この子は自分ではなく彼に会いに来たはずだから……。


「……あ、良かったらこれもどうぞ!手作りのお菓子なんですけど、家庭菜園で成功した柚と苺のドライフルーツです。あ、そうだこれはあなたの海の塩を混ぜたビスケットですよ!」


空気に耐えきれず、いつの間にかあれもこれもとアニャの前に置いていた。

昔からどうも、沈黙が苦手だ。

つまり人付き合いが苦手で、どう対応していいか分からない時が多い。


「……パヴェル様との暮らしはどう?」


食べながら少しだけ落ち着いてきたのか、アニャは口を開いた。


「あぁえっと、とても楽しいですよ!一緒にいろんなことを研究したり作ってみたり…僕は今までそういう仲間っていませんでしたから」


「楽しそうでなによりですわ。パヴェル様はワタクシとは遊んでくださらないので…」


「……あのぅ、ずっとお聞きしたかったのですが、なぜそんなにパヴェルのことを……」


そこまで声に出して急いで口を噤む。

何を突然こみいったこと聞いちゃってるんだよ!と。

しかしアニャは「ふふっ」と笑ったので目を見開いた。


「アタクシがまだほんの3.4歳の頃ね、パパに内緒で姉のモニカと陸に上がったことがあったの。勝手に他の種族の地に行って冒険したの。そしたらいつの間にか姉とはぐれちゃって……」


「ええっ!」


「あたりも暗くなっててわんわん泣いていたら、寝ている姉を抱いたパヴェル様が現れたわ。凄くかっこよくて…本物の王子様だった。

星の丘に連れて行ってくれて、ライトを照らしてくれた……あの美しい光景は忘れられないわ」


アニャの話す内容は、頭の中でありありと想像できた。

あんな妖艶な姿のエルフが月と星に照らされる中優しく迎えに来てくれたら、誰だって恋に落ちてしまいそうだ。


「昔はよく遊んでくれてたのよ。でも大人になるにつれ、全然構ってくれなくなっちゃって……」


「うーん……僕パヴェルを見ててずっと思ってたんですけど、単純に照れ屋なだけだと思いますよ」


「え?」


「アニャさんのこと、大切にしたいって気持ちが強いんですよ。」


「そう…なのかしら……」


「だって僕知ってますよ。こないだの人魚コンテスト。パヴェルってずーっとアニャさんのことしか見てませんでしたもん」


アニャの目がこれでもかという程見開かれ、浪曼は「ハッ」と口に手を当てるがもう遅い。

こういうところが人から嫌われる要因だ。


「ホントですか?!」


「は、はい。投票だってアニャさんにしてました。」


もうここまで来たら全部言っても言わなくても同じだろうと思い、浪曼は苦笑いしつつも結局全て暴露してしまった。

そのおかげで、アニャの表情は一気に明るくなる。


「照れ屋だから秘密ですよ?」


「はい!!」


良かった。多分。暗い空気から脱出!

浪曼は先程の気まずさと罪悪感は嘘のように消えていた。


「ただいまー」


2人同時に扉を向くと、パヴェルが荷物を入れた大きな籠を魔法で動かしていた。


「あーくそ。押し付けられたもん全部買ってたらこんなに大量になっちまった…」


「パヴェル様!!お帰りなさいませ!!」


「………は?」


案の定、パヴェルは袋から出した林檎を落としながら固まった。


「……な、んでお前がいんだよ、アニャ」


「アニャさんは話があるんだよキミに!ずっと待ってたんだ!」


パヴェルは眉間に皺を寄せつつ、神妙な面持ちでソファーに腰掛けた。

アニャが来ることなんてきっと珍しすぎるから、やはり少し緊張してる感じだなと浪曼は思った。


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生き残りの地球人、別の星で伝説になる 月咩るうこ🐑🌙 @tsukibiruko

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