第51話 鯨と歌


自然現象というものは誰にもコントロールできるものじゃない。

だから、季節や気候がどうとか、場所や警備がどうとかってのはほとんどあてにはならないということだ。

いつ何が起きてもおかしくないのが自然の摂理。


「とくに海の中なんて、それが当然だ。」


「あっ、あのっ、王!そんなこと言ってる場合じゃっ」


「鯨の気分なんぞコントロールはできんよ。鎮まるまで待とう。」


「えぇぇえ〜〜っ!……ってまぁ手段は無いから仕方ないですね…」


「「!?!?」」


幾人かの兵とマルチン王はそのとき目を見張った。

クジラを追いかける薄紫色の尾ひれと髪が見えたからだ。


「おい危険だ!あの人魚を今すぐ止めろ!」


「「はっ!!」」


バルバラは鯨をなんとか鎮めようと一生懸命対話をしていた。


「そこの君!離れなさい!危険だぞ!……て君はバルバラじゃないか!逃げるよう命令があったろう!!」


「兵長さん!でも早くこの子を落ち着かせないと海の生物たちが大変なことに!」


「バルバラ!!」


追いついてきたのはマイクと浪曼だった。

マイクは何が起きたのかを把握しようとよく鯨を観察しだした。


「こいつっ…!何か体が痛いみたいだ!苦しそうにしてる!」


「でも何も言ってくれないの!!」


「ねぇもしかして……っこの鯨さん……」


浪曼は鯨をよく観察した。

間違いないと思った。

頻繁に尾ひれを水面に打ち付ける行動、水飛沫の多さ……


「出産……しそうなんだよ!」


「「!!!」」


それを聞いたバルバラは、急いで鯨を撫で始めた。


「皆も手伝って!こんなふうにマッサージしてあげるの。リラックスさせれるように」


浪曼も兵士も言われるがまま従い、なんとか鯨を徐々に落ち着かせることに成功した。

静かで落ち着いた海の真ん中に移動させ、先程まで荒れていた波も凪となったころ、バルバラは歌を歌い始めた。


浪曼はハッとする。


透き通ったその歌声が紡ぐその歌詞は、紛れもなく「光をもたらすもの」だった。

これはこの星に1日3回響き渡る曲だが、歌詞を知っているのは浪曼だけなはずだった。

しかし、バルバラは浪曼の知る歌詞と全く同じものを口ずさんでいる。

まるで眠ってしまいそうなほど優雅で甘美な歌声が海に響いた。


〜♪

夜空に輝く星々のように

暗闇に光をもたらす者

心に灯す希望の火

皆を包み温める陽

大地を染める灯

全ては黄金に輝く

道を示す導き手

全てを守る守護者

勇気を与える存在

光をもたらす者



鯨は、苦しみから開放されるように子供を産んだ。

その瞬間は誰もを感動させた。

自然の摂理とは、実は感動と同義なのではないかと思っている。



「よく頑張ったね……偉い。凄いよ……」


バルバラが涙を浮かべながら鯨を撫でると、彼らは元気そうに海の向こうへ泳いでいってしまった。


「バルバラ、お前も偉いぞ」


「うん!本当に偉いし凄いよ!」


バルバラは「え……」と口を開け、ぽかんとしている。


そこかしこから拍手が響いた。

皆、バルバラの歌声と活躍を見聞きしていたのだ。


そして、いつの間にか乱れたお下げ髪が解かれていた。

歓声に包まれ、涙を流している人魚、長い髪を下ろしているバルバラは、お下げ髪の時よりも美しく大人っぽい人魚に見えて、皆息を飲んだ。


今年のコンテストの優勝者……

それは断トツでバルバラだった。




後日、浪曼はマイクとの約束通り、本当にバルバラが賞として手に入れた海底の土地をコーディネートすることになった。


「海藻や海ぶどうのショップを開くんじゃなかったのー?マイク。」


「あれから考え直したんだが、お前の能力を売る方がいいと思ったんだよバルバラ。」


なんとここを、歌唱スクールにするというのだ。

つまり、バルバラが講師として歌を教えるのだと。

始めは照れ屋で人見知りな彼女は反対していたのだが、浪曼が背中を押した。


「挑戦するって、常に大事なことだよ。自分の理想に少しづつ近づくには、たくさんの勇気の先を超えていかなくちゃならない。」


そう言うと、バルバラは目を輝かせた。

あの日から彼女の雰囲気はかなり変わったとマイクは語る。

少しづつ自分に自信と信頼を取り戻していくような感じだと。


バルバラは生徒や友達を少しづつ増やしていった。毎日充実した生活を楽しそうに送っている。


「あいつはな、親もきょうだいもいなかったからオイラだけが唯一の遊び相手だったんだ。」


「そうなの…」


「だがもう、オイラだけじゃないって思うと…なんていうか……」


あぁ、そうか。マイクは寂しいんだ。

長年育ててきた娘みたいな存在が自立してしまったことが。


「じゃあマイクもロマンを持とう!」


「ロマン?」


「夢や理想!たとえば…そうだな…マイクは楽器なんかやってみたらいいんじゃないかな!そしたらバルバラちゃんをずっとサポートできるし!」


「……そうか、なるほど!ならオイラの甲羅を楽器にしてもらうのはどうだ?!」


「ははは!それもアリ!」


クリスタルの光がかなり溜まってきている。


夢やロマンはきっと、光の源だ。

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