第42話 マグダの過去
夕刻頃、
星の丘ではマグダがポツンと佇んでいた。
かつて自分が置いた星のペンダントを探してみる。
他の星たちでかなり埋もれていたが、そこにはまだ綺麗な状態のそれがあった。
中を開くと、かなり若い頃の自分が満面の笑みで茂光に抱きついている写真があった。
これは、バイソン社を築いたときの記念に撮ったものだ。
こうして彼は、いつも自分のじゃれ合いに付き合ってくれた。
そのくらい仲良しだったのだ。
でも……
茂光は、自分のことをただの可愛い妹のような存在としか思っていなかっただろう。
よく一緒にお酒を飲みながら、いろいろな話をした。
マグダは若い頃から、酒を作るのが趣味だったのだ。
" マグダはセンスがあるよ。本当に凄い。もっともっとこの酒を有名にして、皆を笑顔にすべきだ!"
その言葉がなかったら、今の自分はないと思っている。
でもマグダは、皆のためじゃなく、茂光を笑顔にするためだけに酒を作っていた。
きっと誰もがそうだろう。
誰もが皆、自分が1番大切な誰かのためだけに行動している。
" いつか、もっともーっと美味しいお酒で茂を笑顔にしたら、私と結婚してくれる?"
ある日、少し酔っ払ったような顔をした茂光にそう言ってみた。
しかし彼は途端に酔いが覚めたかのように一瞬困った顔をした。
その顔が、今でも忘れられない。
" ははっ、何言ってるのさ。俺はね、妻がいるんだよ?"
" そんなこと知ってる!でもどうせこの先も会わないし会えないなら、いないも同然じゃない "
" そんなことはないさ。いつか会えるって希望は、捨ててない。ちゃんと顔も名前も、ハッキリ覚えてる。
何に関してもそうだが、覚えている存在との関係は、なにがあっても切れないものだ。 "
…ショックだった。
その事実にショックだったのではない。
これほどまでに、自分が彼のことを想っているという重さが。
同時に……分かっていた。
きっとこの人ならそういう返答をするだろうと。
こういうところを好きになってしまった自分がなんとも皮肉だ。
" ……ふん。じゃあ、いつかすっごい最高のお酒を作っても、茂にはやらないから!"
" はは…それは困った "
その笑顔が、憎い。
その笑顔を向けられたくて頑張ってきたのに、なぜかそれが、ものすごく微妙な感情にさせる。
そしてそんな感情に浸る自分に嫌気がさす。
" マグダ。キミもいつかわかる時が来るよ "
" は?何がよ?"
" 誰かを愛するっていう気持ちだよ。"
" は……なに、それ…"
" 大事なことだよ "
なんなのそれ。
私はこんなにも、あなたを愛しているというのに。
" 愛って凄くてな…。なんだろう…こう…
それさえあれば、なんでもできる気さえするんだ。そして実際に、本当になんでもできてしまう。"
" ……意味がわからない。"
" だから言ったろ?いつかわかるって。
皆、誰かを愛するために生まれてくるんだ "
私は、あなたに愛を持っている。
実際、あなたがいたから私はなんでもできた。
他人との付き合いが苦手な私によくしてくれたから、他人を恐れなくなった。
得意なことを伸ばしてくれて、生きる希望をくれたから、なんでもできる気にさえなった。
" まぁ、そうは言っても…目に見えないものはいつだって複雑で難しくて、危ういなものだ。見えない分、自分のことまでも見失いそうになる。"
あなたの言いたいことは分かる。
愛ってきっと、相手の幸せを願うってことだ。
生命を持つものは皆、自分が1番大切だ。
だから自分以外の誰かのことを自分のことよりも想うって、それは口で言うほど簡単じゃなくて、実はとても難しくて残酷なんだってこと、知ってる。
時にそれは、自分を傷つけることもあるから。
だから、怖い。
だから、他人と深く関わることは怖いのだ。
それでもそれが、生きる上でいかに大切なものかも知ってる。
だから私は、一生あなたの幸せを願いつづける。
いつか私ではない誰かの元へ行ってしまっても。
それが本当の愛だと、ずっと思ってきた。
それなのに………
" 嘘つき!!嘘つき…嘘つき嘘つき!!"
彼の亡骸に向かって、大声で泣き喚いた。
うわぁあーーーと、声にならない声を上げてその場に崩れた。
首にかけていたペンダントが、彼の唇に当たった。
ねぇ…どうして、愛は教えてくれたのに、
それを失った後のことは教えてくれなかったの?
私はそれからずっと、それを探し続けていて、気がついたらもう、この歳まで生きている。
わからないまま、さまよい続け…
なんだか今はもう、どうでもよくなっている。
いつか飲ませて笑顔にすると約束した、この世で一番美味しいお酒……
作り方は、誰にも教えていない。
誰かに頼ることは、怖い。
自分の何かがなくなる気がするんだ。
私だけに作れるもの…私だけにできるもの…
そうじゃないと、あなたが褒めてくれた唯一の、私の価値がなくなってしまう。
" 社長!!マグダ社長!!
浪曼さんやりましたよっ!ズブロッカを使ったスイーツがなんと2種とも最上位入賞ですっ!!"
作業中にそう興奮気味に押し入ってきたのはラデックだった。
" はいコレ!社長のぶんって浪曼さんが。
絶対に食べてくださいね!!"
そう念押しして、箱を置いて行ってしまった。
どうにも箱を開ける気にならず、そのままここまで持ってきてしまった。
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