第40話 恋愛とは


「……パヴェル様?」


アニャに名を呼ばれ、ハッと我に返る。


口の中には、あの頃から何度も食べてきたものとは別の栗の味が広がっていた。

ほのかに酒の香りと蜜の甘み、ナッツの香ばしさなど、様々な風味が絶妙にマッチしている。

クラリと脳が揺さぶられる懐かしい感覚がした。

あぁ、この感じ……あの時以来だ。

もう一度感じてみたいと思っていた衝撃。


チラリと横を見ると、アニャがさぞ美味そうにソレを頬張っていた。


シュッー!


「っあ、もうっ!パヴェル様ったら」


「これは俺が食う」


アニャからモンブランを引ったくった。




一方その頃、浪曼の元には、あのズブロッカ社の従業員ラデックが来ていた。


「すみません…結構しつこく誘ったんですが…」


どうやらマグダは来てくれなかったようだ。

しかし浪曼は明るく笑った。


「そんなっ、ラデックさんが謝らないでください!はいこれ、ラデックさんの分とマグダさんの分です!食べてくれるかは分からないけど持っていってください」


「あ、ありがとうございます!必ず食べてもらいますから!」


ラデックはそれを大事そうに抱え、せっかくだから別のスイーツも見て回ると嬉しそうに言って離れていった。


次に来たのは……


「あっ、パウリナさん!と、君は確か…」


「お疲れ様浪曼。レオンとは家が近いから、お母様に頼んで一緒に来ちゃった」


そうだ、レオンくん!

初日にも星の丘で会って、パウリナさんの生徒でもある!


「はい、どうぞ!モンブランとサヴァラン2つずつ入ってます!でもどちらもお酒が効いてるから…レオンくんはどうだろう?大丈夫かな…」


「………。」


そういえばこのレオンという少年は、父親を亡くしてから滅多に喋らなくなったと言っていたな…


「浪曼、この星には、お酒がダメな生物なんていないよ?赤子だってミルクより好きなんだから」


「はっ、はぃい?!?!」


ミアのシレッと言った爆弾発言に困惑していると、レオンが手元の箱を嬉しそうに受け取ったのがわかった。


「食べたら是非、感想を聞かせてね、レオンくん!」


こくり、と1つ頷いて離れていった。


それから続々と知り合いは来た。

ミコワイにスワベック、シモンにドミニカ、クルト王の奥さんイザ、そしてホビット国の酒場で出会いズブロッカを教えてくれた兄さんたちなどなど……

皆心の底から楽しそうにしていて、やっぱりどの世界でも、お祭りやイベントの力は凄いなぁと思った。



そして次に来たのは、見覚えのある男女のカップルだった。


「すごい!ここのはもう残り10切ってるじゃない!」

「本当だね!じゃあ食べておかないと!すみません!2つずつください!」


「あっ、はい!ありがとうございます」


浪曼はケーキを包みながらチラチラと目の前のカップルを見て考えた。

どこかで見たような……どこの誰だったかな…


「お待たせしましたー!」


「どうも〜♪行こっ、トメック!あ、違うよこっちこっち。向こうはパパに近づいちゃう」


っ!!分かった!!

初日に砂漠国でバッタリ出会った、マルチン王の長女モニカだ!

確かこの砂漠国のトメックって男性と駆け落ち同然に家出しているっていう…


「んでやっぱり…脚がある…」


ラブラブな2人の背を見つめながら呟いた。


「え?脚?」


ミアが不思議そうに尋ねてくる。


「あっ、うん、あのさ…聞いてもいいかな?」


「どうしたの?」


「その…人魚って、陸に上がると脚が生えるの?」


一瞬、時が止まったようにミアがキョトンとした。

あれ……変なことを聞いてしまっただろうか…


「当たり前じゃないの。何言ってるの?」


「あっ当たり前なのぉ?!」


「あーまぁそっか。浪曼はここの星の生物じゃないから、知らないことはまだあるんだぁ。でも今更そんな質問…ふふっ!」


笑われてしまうほどどうやら当たり前のことらしいが、いろいろと納得がいかない。


「ちょっと待って?じゃあどうして海に住んでるの?陸にも住めるってことだよね?」


「陸に住んでる人魚たちもいるわよ?

たとえばほら、さっき来たのってモニカ姫でしょ?

噂じゃあ、陸のがいいって言ってあのチャラ男と砂漠に住んでるじゃない。」


「いやいやいやいや待って待って、チャラ…チャラ男君なの?トメック君てのは…」


「アタシは男見る目あるもん。あれはどう見てもチャラ男よ」


なんですと?!?!

人魚の姫がチャラ男にドハマりして海の都を抜けたですと?!

それって普通に考えてだいぶ一大事なんじゃ…!


「でも…その…チャラ男には見えなかったけどなぁ」


「そりゃあチャラ男に見えるチャラ男なんているわけないじゃん」


「そ、そうなんだ…」


この手の話は、まぁ確かに疎い…どころか、全然分からない。

恋愛というものをしたことがないからだ。


「アタシのね…」


「ん?」


「アタシの友達も、付き合ってたことがあんのよ、あいつと…」


「えっ?」


ミアはテーブルを拭きながら、声のトーンを下げた。

なんだかミアらしくない、暗い空気だ。


「アタシは止めたのに…彼はそんな人じゃない!とか言って、結局捨てられてさ…ふ…バカみたい。

恋は盲目って本当なのよ。後のことなんて塵ほど目に見えなくなんの」



まるで独り言のように呟いているが、その声色と雰囲気は、なんとも言えない切なさと怒りを孕んでいた。


「ま、どんな形であれ、終わりは来るんだからさ。他人を愛するなんてバカバカしい。そう思わない?」


こちらの意見を聞くための質問というようには聞こえなかった。

それは、切なさでも怒りでもなく、諦めに近い声だと感じた。


「恋愛って、人を狂わせる。だからしないほうがいいよ」


「……したことないから分からないけど…

ミアちゃんはしたことないの?」


その時、ピタリとミアの動きが止まった。

その手に握りしめている布巾に少し力が入ったのが分かる。


「……あるから、言ってんのよ」


それ以上は、何も聞けなかった。

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