第39話 審査員
パヴェルは目の前に並べられた色とりどりのスイーツ30個程を前に、眉を寄せていた。
どう考えてもこんなに食べられるわけがない。
そもそもぜんっぜん甘党じゃない。
この甘味狂い野郎のように……
と心の中で貶しながら隣のアルトゥルを見た。
彼は無我夢中でバクバクと食べ進めつつ、なにやらメモを取っている。
「……てめぇ本当に味わってんのかよ」
「んん…っ…うまいっ…これもうまっ…おぉこれもっ!」などともごもご呟きながら、目の前のスイーツに完全に全神経を持ってかれているらしく、こちらに対しては全く無関心だ。
マルチン「おぉ…なんとも見た目も華やかな……」
エヴァ「このアイスクリームは口溶けが素晴らしいわ」
シンシア「なにこれ…スポンジふわっふわなんだけど……」
クルト「ふん。今年もやけにシャレたもんばっかじゃな」
ピエトル「このティラミスはカフェイン入りかな?寝れなくなったらどうしよ」
それぞれの種族の長たちも、なんだかんだ楽しみながら審査をつけているようだ。
パヴェルはハーっと大きくため息を吐き、フォークを握った。そのとき、
「パヴェル様っ♪」
ビクッ!
また突然耳元で甘えた声を囁かれ、鼓膜に息がふきかかり、ぞくぞくっと反射的に体が震えた。
「どうせそんなに食べられないんだから、ワタクシと半分こにしましょ♡」
正体はもちろんアニャ姫。
グイッと勝手に隣に座られ、勝手にフォークを奪い取り、目の前のスイーツを一口切り分ける。
「はいパヴェル様、あ〜ん♡」
「はぁっ?ふ、ふざけるなっ!こんなとこ誰かに見られたらどーすんだ!だいたいガキじゃねぇんだぞ俺はっ!!」
「パヴェル様」
「……」
「あーん、は?」
その可愛らしい笑顔の威圧感が半端なくて思わず黙り込む。
かなり不機嫌な表情を貼り付けたまま、パヴェルは仕方なく口を開けた。
確かにこの量は自分一人で消費するには不可能だし、そもそもスイーツの類自体、誰かが口に押し込んでくれなければ自ら入れる気力がわかない。
もうどうにでもなれと思えてきて、ダルそうに口を開けた。
ゆっくりと口の中にむせるほどの甘みが広がるが、見てもいないので一体今どんな見た目のスイーツを噛み締めているのか全く分からないし、なんなら興味もない。
「どうです?パヴェル様」
「………。」
どうですと言われても、なにも感想がないのが正直なところ。
実はパヴェルは、そもそも食に全く興味が無く、普段パウリナや浪曼が作ってくれなかったら、パンしか食べていないだろうと自負している。
甘いものなんてとくに、味が全て同じに感じるのだ。
ただ、甘い。砂糖の味。それだけのもの。
「……うーん!美味しいですわ〜♡」
今自分の口に残っているものと全く同じものを口に入れているはずなのに、アニャはとろーんとした実に幸せそうな顔をしている。
「………」
どうして皆、そんなに幸福な顔して甘いものを食うんだ?全然分からない。
「……次。」
「はぁい♡パヴェル様♡お次はどれにしましょうかね〜」
所詮、口に入れるものなんて胃の中で消化され、排出されるだけ。
何を摂取してもおんなじだ。
腹が膨れればそれでいい。
そう思ってきた。
しかしそんな中でも唯一、忘れられない味がある。
「なぁ…モンブランは。」
「え?モンブランですか?」
「浪曼が作ったやつ。」
ぶっきらぼうにそう言い捨てる。
そもそも俺は、これを食いに来ただけだ。
と心の中でボヤく。
モンブランには思い出がある。
かつてこの地に様々なスイーツ文化をもたらしたのも、もちろん茂光だった。
ある日、俺と茂は、泣いているドラゴンの子供を見つけた。
俺と同い年くらいのくせに、めそめそダッセーなって思った。
" おやおやどうしたんだい?大丈夫?"
茂は当然、どんな奴にも優しいし、明るい。
太陽ってもんよりも明るいんじゃないかと思えるくらいに、茂はいつも笑顔だった。
泣き止まない子供。
よく見ると、ドラゴンの翼に傷がついていた。
" あちゃー。喧嘩でもしたのかい?今魔法の薬を塗ってあげるからもう大丈夫!"
茂は自作の軟膏を取り出して、
" 痛いの痛いの飛んでけ〜" とか変な呪文を唱えながら塗ってやっていた。
" ほら、もう痛くないだろう!治ったね!"
治ってはないと思うが、子供はまんまと騙され泣き止んだ。
しかし、笑顔はない。
あれ…よく見たら…こいつ知ってる。
ドラゴン王の次男のほうじゃね?
確か名前は、アダム。
さては長男の方に虐められでもしたか?
" そうだ!とっておきの魔法の食べ物をあげるよ!"
そう言って、茂は何かを取り出した。
" これを口に入れると、どんなことも叶うんだぞ!"
それは、小さなビー玉みたいな綺麗なものだった。
" なにそれ、食いもんじゃなくね?"
" 食いもんだよ!"
" んぐっ…"
悪態をついた俺の口に、茂はそれを押し込んだ。
" ……うっ…甘い…なんだこれ…"
口の中でゆっくりと溶けていくそれは、俺にとってはただただ甘くて少し頭がボーッとした。
ある意味魔法だと思った。
" はい、キミも。ネガティブな気持ちなんて一瞬で吹き飛ぶぞ〜"
アダムは渡されたビー玉を、恐る恐る口の中に入れた。
そしてたちまち目を見開いた。
どこか嬉しそうな表情になっていくアダムに、茂は満足そうな顔をしていた。
" 幸せな気分になると、なんでもできるんだよ "
今思うと、それはただの飴玉だった。
甘いものはどうやら、気持ちをコントロールする作用があるらしい。
それ以来、アダムは定期的に茂のところに遊びに来るようになり、俺とはしょっちゅう喧嘩をしていた。
" なぁ茂はなんでそんなに甘いもんが好きなんだ?"
" なんでって幸せな気持ちになるからさ "
意味がわからないという顔をすると、茂は笑った。
" 子供なのに珍しいな。普通甘い菓子には飛びつくもんだけどな。まぁあまり健康的なもんでもないからいいか。"
" 俺別に甘いの食っても幸せな気持ちにならないぞ "
" ははっ、それはまだ自分の好きなスイーツを見つけてないからだよ。甘いものは、脳に幸せな刺激を与えるものなんだ。だからつい欲してしまうんだが……たまにってところがポイントさ。なんでもそう。欲望のまま欲を貪るのは逆効果だ。だからこうして、たまぁに…"
" どこがたまぁにだよ。しょっちゅう食ってるじゃんか "
" ははは、バレたかー!
でもな、俺がいっちばん好きな栗のお菓子があってさ、本当はそれが食べたいんだよ "
懐かしむような切なげな茂の表情をその時初めて見た。
" じゃあオレが作ってあげる! "
そう言ったのはアダムだった。
" はぁん?てめぇにできんのかよ!"
" 作るもん! "
アダムは茂の手を借りて、自国を本当にスイーツでいっぱいにした。
だけど、茂を本気で納得させられる栗のスイーツとやらはできなかったらしい。
それでもアダムは自国をあげてどんどん新作のスイーツを生み出して行った。
あの飴玉の一件から、本当に見違えるように、なんでもできるような自信満々の生意気男に成長していった。
俺とは違い、どんどん成長していくアダム。
それでも俺と、いつも些細なことで喧嘩ばかりしていたアダム。
茂が好物だという栗の菓子…モンブランに一生懸命こだわるアダム。
なんか違うだのなんだのと何度も改良を迫る茂に、飽きることなく楽しそうに向き合っていたアダム。
" オレいつか、ぜーったいに茂を幸せにするものを作る!"
口癖のように、そういつも言っていた。
それが、アルトゥルの父親だ。
アルトゥルが生まれてから、アダムは例の戦争で死んだ。
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