第36話 ズブロッカ


ということで、貰った地図を見ながらさっそくズブロッカ社のマグダさんの所へ辿り着いた。


当然何名かの社員を雇っているようで、大きめの工場らしき建物だった。

先程酒場で見たズブロッカのウォッカのラベルと同じバイソン牛の看板が建物の真ん中で光っている。


ちょろちょろと忙しそうに動く人影が窓の向こうに見えた。

近づくにつれ、なんだか懐かしいような不思議な香りが鼻をつく。

香草やお酒っぽい香りなのだが、地球でも嗅いだことがあるような気がした。



「ご…ごめんくださーい」


「お前か。先程連絡してきた奴は。」


ビクッ!


何の気配もなく後ろから声をかけられたため、思わず肩が上がってしまい、急いでふりかえった。

そこには思いのほかだいぶ小柄で気難しそうな小人のお婆さんがいて、彼女にしては相当大きな酒瓶を両手で抱えていた。

ラベルはもちろんズブロッカのトレードマークであるバイソンである。


「あっ!こ、こんにちは!はじめまして!

連絡してくれたのはさっき酒場で出会った方々で……」


「ほれ、これだろ。やるからとっとと帰んな」


「え」


なんと持っていたのはプレミアムズブロッカだったらしく、グイと押し付けられた。


あまりにもアッサリ手に入ってしまって拍子抜けしてしまった。


「よ、よろしいんですかっ?」


「……ま、茂のおかげでうちがあるんだから、このくらいのことは当然だろ」


「??……えっと、茂さんと僕がどういう……」


「だってアンタ茂の孫だろ」


「………んんっ?!」


一瞬沈黙してしまった。

しかしマグダは懐かしむような目で真っ直ぐ見上げてくる。


「あ……あの……ちが」


「よく似てるな」


「?!」


「そうやって口を触る癖も」


言われてから、自分がいつもの癖で唇を触っていたことにハッと気付いた。

茂光さんにもこの癖が……?!


実は、今まで生きてきて1度たりとも父から祖父のことを聞いたことがなかった。

しかし自分があの泉で見たもの……茂光が持っていたフォトニッククリスタルを父の書斎で見つけて、そしてそれを今まで自分が持っていたこと……

なぜだろうか。全くこの考えに辿り着かなかった……


「ていうことだから帰んな。あたしゃ忙しいんだ」


「あっ!ありがとうございますっ!!」


深深と頭を下げつつも、やはり浪曼の性格上、これだけで帰るということができなかった。


「マグダさんっ!」


気がつくとその小さな後ろ姿を呼び止めていた。

ゆっくりと振り向くマグダが目を見開く。


" マグダ!"


完全に、あの頃の自分を呼ぶ茂光に重なって見えた。


「なにか手伝えることはありませんか?」


「………」


「……マグダさん?」


固まっていたマグダが我に返ったようにピクっと動いた。


「っ、手伝えることなんてっ…!」


" いつか、俺みたいな奴が来るかもしれない。そのときは、仲良くしてやってくれ "


「……ついてきな。」


マグダの後を追い、工場の中へと入っていく。

そこには5人ほどの従業員が働いていた。

凄まじい忙しさと集中力で、こちらには一切気がついていないようだ。


「わ……この香り……」


案内されたその奥には、大量の緑の草があった。

そして気付いた。

そうか、ここに近づいた時からしていた香りは、この草の香りだったんだ。


「これはバイソングラス。これがうちの酒の原料だよ」


バイソングラス……またの名を、スイートグラス。

この地にある貴重な薬草で、古くから滋養強壮など様々な効能があるとされているらしい。

野生のバイソンがこの草を好んで食べることから名付けられ、またラベル絵がバイソンとなったようだ。

そしてこの不思議な香りは、まるでほんのり桜みたいだと気付いた。

だから懐かしく感じたんだと納得する。


「これを漬け込んでズブロッカを作るんだ。」


「なるほど……。そして……あれが蒸留器ですよね?」


化学で使う実験道具なような装置が置いてあり、どうやらそれで一つ一つ丁寧に蒸留しているらしい。

さらにこのバイソングラスを漬け込み加工するプロセスが伴う。

その上貴重な薬草ということならば確かに、時間も手間もかかるだけこの酒の希少価値は高そうだ。


「ラデック!」


マグダが突然大声で呼びかけると、作業場から「はいぃ!!」と慌てた返事が聞こえ、すぐに1人の小人がこちらに駆け付けてきた。

自分とそこまで年が変わらなそうな、とても若い青年だ。

かなり適当な感じでマグダが浪曼に関して説明をし、この場はラデックが任される形となった。


「あ、ではよろしくお願いします!僕ラデックです!ここで修行を始めて3年になります!」


「浪曼です。こちらこそよろしくお願いします!」


ラデックはここについての一通りを、とても元気に丁寧に教えてくれてだいぶ好印象だった。


「へぇ……そっか。蒸留器が小さいということもあって、生産が少ないということですね」


「まぁそうなんですが、でも我々自体が小さいので、あまり大きなものは扱えないんです」


あっ、そっか……!

と言われて気がついた。


「とくにこのプレミアムの方はアルコール度数も高いから、何度も蒸留を繰り返して精製する必要があるんですよ!」


それによりアルコール度数を調整し、望ましい風味や品質を得ることができるというわけだ。

蒸留された液体は何度か蒸留を繰り返して精製されることがある。

これによりアルコール度数を調整し、望ましい風味や品質を得ることができるというわけだ。


「わぁ……浪曼さん手馴れてますね。経験がおありで?」


「いえ、お酒の蒸留はしたことありませんが、昔から化学実験などでこういった機械は何度も使ってて。」


蒸留は基本的には加熱して蒸発させ、その後冷却して蒸気を液体に戻すプロセスだ。

最初に発酵させた液体を蒸留器に入れ、加熱する。

アルコールは比較的低い温度で沸騰し、蒸発するが水分や他の成分は残る。

蒸気が冷却され、液体に戻されることで酒が得られるという仕組みだ。


手取り足取り教えてもらいながら作業を進めていく。

なかなか大変な作業だが、ラデックは実に楽しそうにテキパキと進めていっている。


「で、浪曼さんはうちのウォッカどう思いました?」


「っ!」


そんなやる気溢れるキラキラした瞳で聞かれたら、さすがに「飲み物とは思えませんでした」なんて失礼過ぎることは言えず、


「お、美味しかったです……とても。」


としか返せなかった。


「そうでしょう?マグダ社長はお年を召しているのに、何十年もずっと変わらずこの味を守り続けていて尊敬してるんです!僕は初めて飲んだ時に感動して、弟子入りを懇願したんですよ!」


「へぇ……というか、ここではお酒の年齢制限ってないんですね」


「年齢制限?地球ではそんなのあるんですか?理不尽ですねー……」


理不尽……なのだろうか?と苦笑いしてしまう。

こんなに強い酒をどの年齢でも飲めることの方がちょっとおかしいような気がするけど……


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