第34話 マロンとロマン
次に訪れたのは、ホビット国だった。
ここにはラム酒を求めて来た。
酒といえばなんでも酒豪のホビットたちが好んで様々な酒を作っているとのことだ。
ということで、1人でこの地に降りたってみたわけだが、やはり自分は異様に目立っている。
周りをちょこちょこ動く小さい人たちがチラチラと見上げてくる様子がたまらなく可愛すぎて、ついまた禁句を言いそうになってしまう。
「それにしても……こうして歩くと、酒場って結構多いんだなぁ…」
可愛らしい酒場がたくさん並んでいるのだが、どこから当たっていこうか迷っていると、近くの酒場の外席で飲んでいる集団に声をかけられた。
「お〜い!そこの人間!」
「人間?!」「人間が?!」「地球人?!」などという声にたちまち囲まれる。
「あ……えっ……と……」
「ちょっと来いよぉ!」
「こっちこっち!」
やばい……喧嘩売られてる……?
でも無視する方が怖いし……
できれば事情を説明して情報を得たいけど……うまくいくだろうか?
浪曼は恐る恐る近寄っていく。
可愛らしい小人の若者が3人に、酒場屋さんのお姉さんらしき人がにこやかに酒をついでいる。
「あの、えっと、ですね…実は僕……」
「アンタあれだろ!伝説の人間!」
「わぁ〜有名人だ〜っ!彼女に自慢しよ!」
「クルト様の言ってた通り、ひょろっちいけど賢そうな顔だ!」
「え……っ」
「「「一緒に飲もうぜ!!」」」
と声を揃えて言われ、腕を引っ張られた。
「ちょ、ちょっとっあのっ……」
無理やり席に座らされ、勝手に酒を注がれてしまった。
「名前なんだっけな、あぁ、そうそうマロン!」
明らかに酔っ払っている感じで酒臭い。
「マロンじゃなくて、ロマンです……」
一瞬ピタリと全員の動きが止まった。
かと思えばドッと笑いが起こり、またクリスタルにエネルギーが溜まりだす。
「もう……」
これじゃなんだか道化人みたいじゃないか。
少々ムッとしながら目の前の小さなジョッキに鼻を近づける。
うおっ…!凄い香り!!絶対ビールじゃないだろこれ!それをジョッキで?!
「マロンといえばお前……クンクン……なんだかマロンの香りがするぞ!!」
「ギャハハハハハ!!お前もうよせよっ!」
「ははははっ!腹痛てぇからっ!」
さぞ愉快そうにまだ爆笑している。
つられてウェイトレスや周りにいる他の客たちも笑いだしたので浪曼は途端に恥ずかしくなってきてしまった。
「いや、ホントだって!マロンの香りだよ!」
んー?と皆が嗅覚に集中し始め、すぐに表情を変えていく。
「本当だ……」
「だろ?!」
あぁ、そういえば生まれ持った職人気質のホビットは、視覚も嗅覚も鋭いって聞いたなぁ。
にしても鋭すぎだけど……。
そう思いながら浪曼は、背負っていたリュックの中から、先程ミコワイから頂いた栗の甘漬けの壺を取り出した。
「はー。それってこれですよね?」
また笑われるのかなと思いながらため息を吐く。
パカッと開けると、ホビットたちは壺をのぞきこんで目を輝かせた。
「あらまぁ、マロングラッセ?ワインやシャンパン、ウイスキーにも合う定番のツマミよね」
ウェイトレスの言葉に顔を上げる。
「そうなんですか?」
「たりめーだ!マロンをナメんなよ!?」
「マロンと言やぁ絶対テキーラだろぉ?こうグイッとジョッキでやんのがいい!」
「いやいやマロンと言えばウォッカだろ!俺も嫁さんに作ってもらおっかな〜」
「あんたたち飲みすぎよぉ〜昼間っから。」
「あの……よかったら試食しますか?」
「「いいのか?!」」
「まぁ大量にありますし…」
正直この壺だけでリュックの中がいっぱいで、しかも重い。
それにそんな顔してマロンのことを語られてはあげないわけにいかないだろう。
ウェイトレスが持ってきた皿に栗を出し、皆に試食してもらった。
「「「っっっっま!!!」」」
ごくごくごく……
「「酒が合うぅぅう〜〜っ!!!」」
全員揃った言動がなんとも可愛い。
しかし同時に心配にもなっていた。
「あの……大丈夫ですか?そんなにぐびぐびと……だってそれ、明らかに強い酒ですよね?」
香りは確実にビールなどではなく、もっと物凄くキツイ香りだった。
酒には当然詳しくはないが、普通そんなふうにジョッキに入れて飲むようなものではないはずだ。
「なぁ〜に!こんなのたったアルコール62度のズブロッカだよ」
「62ぃぃい?!?!」
え、ちょっと待ってどういうこと?
普通高くても20とかじゃなかったっけ?
いや確かに自分は詳しくはないけど62なんて聞いたこと……
「す、すごすぎる……いろいろ……。
しかも割らずにストレートで飲んでますよね?!」
「ワラズ……?なんだワラズって」
その概念すらなかったぁぁあああ!!!
「あなたもどーお?ズブロッカは昔からあるホビット国名物のウォッカなのよ」
「ウォッカ……あの…遠慮しときます……
実は僕まだギリギリ未成年…あ、その、お酒が飲めない年齢なんです」
「「「はぁ??」」」
「僕のいた国では、20才以上じゃないと、お酒も煙草もダメなんですよ。まぁあと1ヶ月ほどすれば飲めないことも……ないですけど、体質的に僕は酒には弱いと思うし」
明らかに、ナンダソレと言った顔がたくさんこちらに向いている。
まぁそうなるよな……。
どう見てもこういう概念もなさそうだし。
「お前が今いんのは地球じゃなくてエドラだろマロン!今この瞬間を楽しまなくてどーすんだ!!」
その言葉にドクッと鼓動が跳ねた。
「そうだぞ、いいか、マロン。
人生で一番大事なこと、それは、楽しむことだ!!」
「楽しむこと……」
何度も頷く皆の真剣な視線が突き刺さる。
「今この瞬間は二度と訪れない!だからすぐに忘れちまうこともあるかもしれねぇし、二度と忘れない思い出になることもあるかもしれねぇ!
いずれにせよ、この一瞬一時はたった一度しかない奇跡の通過点なんだ!」
赤い顔をしてそう言いながら、ごくごくとジョッキの中身を飲み干している。
別の小人が浪曼の肩に手を回した。
「つまりな、マロン。
結局俺らが何を言いたいかっていうとな……
その二度と訪れない時間を全部楽しまなきゃ損だろうということなんだ。」
心が何かに揺れる感覚がした。
「違う!」
ガタタッ!
突然の声にビクッと肩を揺らすと、今度は別の小人がジョッキを掲げて立ち上がった。
「俺らの言いたいことはそんなことじゃない!」
えっ……?!
「とにかく飲もう!!ということだ!!」
え……
しばしの沈黙のあと、
「「うおおぉ〜〜っ!!」」
などという雄叫びと共に皆がジョッキを持って立ち上がり、また凄い勢いの盛り上がりとなってしまった。
目が点になって固まっている浪曼のクリスタルはまたエネルギーを溜め込み出していた。
「なっ♪マロンほら!わかったら飲めよ!」
無理やり52度ストレートのウォッカを持たされてしまった。
「伝説の人間!マロンにかんぱーい!」
「「かんぱーい!!!」」
「マローン!」「マロン!!マロン!!」
浪曼を囲って皆がさぞ楽しそうに盛り上がっている。
そんな笑顔溢れ、プラスのエネルギーが充満するここは、自分のいた地球とは大違いだと思った。
確かに……、今この瞬間は二度と訪れない。
ならばその一瞬一瞬をなるべく楽しめるようにすることこそが、生きる上で1番大切なことなのかもしれない。
「でも僕……」
ん?と皆が騒ぎを止めて浪曼を見た。
僕は……
違うんだ……
ずっと間違ってる……
浪曼は真剣な顔をして、酒の水面に映る自分から顔を上げた。
「僕はマロンじゃなくて、ロマンです。」
全国に笑い声が届いているんじゃないかというくらい盛大なエネルギー溢れる時間だった。
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