第30話 記憶の泉

「おい、浪曼はどこだ?」


浪曼の姿がないことに1番初めに気づいたのはパヴェルだった。

全員作業を止め、シンと静まり返る。


「本当じゃ…いつの間に……。さっきまですぐそこにいたはずなんじゃが。」

「まさか迷子になっちまってんじゃねぇのか?」


ダッと駆け出すパヴェルを、シモンが止めた。


「俺探してくるっすよ!夜行性なんで、暗闇でも目見えるっすから俺が最適っすよ!」


「き、気をつけろよシモンーっ」


パヴェルの声を背に、いちいちウインクでキメてから、ササッと一瞬で洞窟の奥へと消えていってしまった。


5分経っても10分経っても戻ってこず、痺れを切らしたパヴェルが探しに行こうとランプを持った時だった。


向こうから僅かな光が漏れてきて、それがだんだん近づいてくるのがわかった。


シモンの隣にいる浪曼は、暗闇を照らす何かを持っていた。


それを見た瞬間、パヴェルの目は大きく見開かれた。



ーーー今から数十分前ーーー



泉の水面に映る幼き日の自分の顔…


「……え?……僕?」


浪曼は自分の顔を触った。

しかしその水面の自分は、フッと笑って泉の流れる向こうの方に歩いていく。

浪曼は無意識にそれを追いかけた。

暗闇なのに、何故か道が見えたのだ。

そのまま追うように歩いていくと、大きな岩に阻まれ行き止まりになった。

どうやら泉は、この岩の向こうから流れているらしいと知る。

水面の中の自分は岩の中へと消えていってしまった。

浪曼は何も考えずに岩に手を置いた。


その瞬間を見たのがシモンだった。


「浪曼さん!!えっ!?ちょっと?!」


浪曼が岩の中へと消えてしまった。


「ど、どうなってるんすかちょっと浪曼さん!!!」




浪曼が入り込んだ岩の中には、なんとたくさんの光るクリスタルが、湧き出る泉を囲んでいた。


「なに……これ……」


なんとも幻想的な光景だ。


「光ってる……」


眩しいくらいに光るクリスタルたちが反射している泉もまた光っていた。


恐る恐るのぞき込むと、そこには幼少期の自分が当時の母と父と歩いていた。

楽しげに手を繋いで桜を見ている。

そして桜の木の下で母の手作りの弁当を広げ始めた。


お花見か……懐かしい……

思えばこれが、最初で最後のピクニックだったな……

お母さんの作る唐揚げと卵焼きがすごく好きだった。


愉しげに笑いながら弁当を頬張る親子がそこには映し出されていた。


しかし情景はまたサッと変わり、今度は病で倒れた母、治療薬を開発しようと躍起になる父、ショックで食が細くなる自分が映し出された。

正直今でさえ、母の顔はあまり思い出せない。

だからこの水面に映る母の顔は、懐かしいというよりも違和感だった。


その後すぐに母は死に、項垂れる父の隣で何故か浪曼は冷静だった。

父は、自分の無力さのせいだと涙を流していた。

父が長年躍起になっていたのは、人類が1000年以上開発に費やしても叶わなかった癌細胞を消し去る特効薬だ。

そしてしばらくして父は立ち直り、その開発に尽力するのはスッパリと諦めていた。

人間の脆さ儚さを知った瞬間だった。


それから取り憑かれたように科学の勉強に没頭している自分が水面に映り始めた。

何かの賞をとれば父や周りから認められ、同時に自身も満たされる気がしたからだ。


幸いだったのは、科学という分野が楽しかったこと。

元々の旺盛な好奇心と探究心は、科学において最大の武器だった。

実力主義の世界。

飛び級を重ね続け、いつしか天才と呼ばれるようになる。

まだ幼いうちから大学を卒業して様々な所からオファーが舞い込んだ。


ここまでは良かった。

好きなことをしているのは楽しかったし、ある程度自分に自信もあった。

でもどういうわけか、徐々に自分に自信が持てなくなり、自分のことを好きになれなくなってきていた。

理由はきっと、社会に出た途端に、自分勝手が許されなくなったからだろう。

誰かに求められることを優先しなくてはならないという当たり前を当たり前にこなす。

自分に圧倒的に欠けていた人間関係という学び。

それらを上手く機能させることができない世渡り下手な自分に嫌気がさしていたのかもしれない。

自分の好きな研究はできず、功績や実績は横取りされ続け、自分がなんのために存在しているのかわからなくなった。


受け入れられたい。認められたい。

誰かのためになりたい。感謝されたい。

そんなふうに思って生きてきたはずなのに本当はそれは、ただのエゴ、己の自分勝手な感情だったと気づいて逃げ出したくなった。


そうして気が付けば宇宙を1人で浮遊していて、気がつけば今ここにいる。


「あ……そうか……」


たった今気がついた。


自分がずっと求めていたものは、

「居場所」だったのかもしれない。


誰かが自分を必要としてくれる、受け入れてくれる、そんな居場所だ。


浪曼はゆっくりと水面に手を入れた。

波紋が広がり、たちまち自分の姿が消える。


「はぁ……自分のことをこうして振り返るって、結構キツいことだったりするんだな……」


このときの浪曼は、この神聖な場所にこうしていること自体が夢の中なのだと思っていた。

きっとまた貧血でも起こして意識が朦朧としているんだろうと。


「早く起きなきゃ……」


浪曼が離した手の先から水面の波紋は消えた。

かと思えば今度は、全く知らない人物が映し出された。


「!?誰っ……?」


その人も浪曼と全く同じような子供時代を送っていて、明らかにそこは地球に見える。

やがて結婚もしていたが、何度も宇宙と地球を行き来し、何かを研究し続けていた。

そして、1つの見慣れない星へと辿り着く。

そこで浪曼のように異国人たちに出会っていた。

エルフやドワーフ、巨人や妖精……どう見てもそれは、ここエドラ星だった。


「もしかしてこれ……茂光さんなんじゃ……」


彼は、パヴェルが以前説明していたように、この地を知恵と科学で開拓していっていた。

そして生まれたエルフの王子にパヴェルと名付けていた。


「はっ……ここ……」


彼は今浪曼がいるこの洞窟のクリスタルに囲まれたこの泉と全く同じ場所に来ていた。

そして何かを隠していった。


驚いたのは、彼が1度地球に帰っていたということだ。

となるとつまり、パヴェルが言っていた茂光が記憶喪失でどこの星から来たのかわからない生命体だということは嘘になる。

なぜ嘘をついたのかは分からないが、なんとなく、人間という残酷で欲深い生物をあまり好いていなかったからかもしれないし、他にも理由があったかもしれない。


家に帰ると、なんと妻には子供が生まれていた。

その子供に小さな水晶を授けていた。

それを見て浪曼は驚愕する。


「どうして……?!これって……!!」


そう、それは、父が死んだあと、父の書斎にあった小箱から出てきた石。

それを自分がフォトニッククリスタルに加工したものが今、ポケットの中に入っている。

つまりここに来る元々の理由となったものだ。

どう見ても、あの時見つけた石と全く同じだった。


「茂光さんって一体……」


その後彼はまたエドラに戻り、のちの戦争によってこの地で命を落とした。

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