第22話 知ることはロマン

家に帰ると、パヴェルは自室で居眠りをしていた。

目の前にはいろいろな道具が散らばっているため、きっと寝落ちしたのだろうと思った。


「ちょっと兄さん!まぁたそんなことしながら座ったまま寝て!もうっ!私が食事の用意しないと飲まず食わずなのよ!はー。ごめんなさいね、浪曼さんお腹空いたわよね」


「いえ!大丈夫です!今日結構いろいろと食べてきちゃいましたからっ!パヴェルもきっとお腹いっぱいだし疲れてるしで寝落ちしちゃったんですよ」


「そうなの?じゃあ軽く何か作っておくわね」


お構いなくと言おうとしたのだが、パウリナはすぐにキッチンへと引っ込んでしまった。


パヴェルの机をよく見ると、明らかに宇宙船のモデルに挑戦しているような機械たちや絵が散乱している。


「すごい…」と思わず呟いてしまうほどそれは精巧だった。


" 自分で作った宇宙船で宇宙に行ってみたいんだ!"


あれ、本気だったんだ。


" 僕いつか、宇宙を旅行したい!"


" ほぉ。ロマンだなぁ "


幼い頃に父としたそんな会話を思い出し、目を細めた。



しばらくして、パウリナが夕食の用意ができたと知らせに来たため、パヴェルを起こした。


「んん……なんだよ、今いいとこだったのに…」


「ははは、夢の中で何してたんだよ」


薄ら目を開けたパヴェルの前には、呆れたように溜息を吐いているパウリナと、愉しげに笑っている浪曼がいた。


「あれ……俺どのくらい寝てたんだろう…」


パヴェルは自分が作った時計を手に取った。


「うわ…2時間も寝てたのかー。ふわぁあ〜」


「簡単なものだけど、サンドイッチとか作っといたから。ていうか兄さん、部屋少しは掃除しなさいよね!これから浪曼さんと暮らすんでしょう!じゃあ私帰るから!」


パウリナは早口でそう言って出ていこうとする。


「あれっ!ちょっと待って!そういえばパウリナさんはここに住んでないの?」


「こいつはアレだ。ボーイフレンドと暮らしてんだよ」


パヴェルの寝起きのかすれ声が後ろから聞こえ、その事実に驚いてしまった。


「そ、そうなんですかパウリナさん?!彼氏ってことですよね?!フィアンセ?!」


「………。」


パウリナは顔を真っ赤にして何も言わずに出ていってしまった。

少し突っ込みすぎてしまっただろうか。


「ぇあっ?!お前これ……」


「あぁ、うん。少し進めちゃったよ、勝手にごめん…」


パヴェルは自分がやり途中だった宇宙船モデルの図工が既に美しく完成していることに驚愕していた。

そしてやはり、浪曼は只者ではないと言葉を失う。


俺が何ヶ月かけても全然完成しなかったものを……

たった数十分で?!?!




浪曼はその夜、パヴェルと共に天体観測に出た。

場所はもちろん星の丘だ。


なんとパヴェルも双眼鏡を持っていた。


「うわぁすごい!ちゃんと立派だ!」


「むかーし茂光がくれたんだぜ!メンテナンスは自分でやってきたから、今でも充分使える!」


パヴェルは得意げに双眼鏡を覗いた。


「ちなみにパヴェルは好きな星座はあるの?」


「俺はー……アレかな。デネブ。」


「あぁ!白鳥座!」


浪曼はレンズをそこに合わせ、ゆっくりとスライドした。


「うん。ちゃんと、夏の大三角になってるね」


「ベガと…アルタイルだっけ。懐かしいなぁ〜。最近こんなふうに星を見たりしなかったからなー。」


夏の大三角形とは、白鳥座のデネブ、こと座のベガ、わし座のアルタイルのことだ。


「僕もだよ…最近はずっと宇宙にいたからさ。」


「宇宙から見る星はどんななんだ?」


「そうだなぁ…宇宙は……」


浪曼は双眼鏡から目を離し、丘のてっぺんから見える夜空の遠くを見つめた。


「すごく不思議な空間なんだ。広大な銀河が沢山広がっていて…無限に広い場所。

星は色んな大きさや色の光に見えて…凄く美しい。でも…近づけば近づくほど、それは岩やガスなんだって気付くんだ。」


パヴェルのグリーンの瞳の中には今、広大な宇宙が広がっていた。


「その時なぜか僕は、欲望とか憧憬とか…人が皆持っているものを想像したよ。」


「…ん?どういうことだ?」


「距離があればあるほど輝いて見えて、近付きたくて堪らなくなる…

でも実際近づいてみると、思っていたものと違うと気付いて…少し怖くなるんだ。逆に、近付けば近付くほど見えづらくなったりもする。」


「……ふぅん。まぁ遠くから見ていた方がいいもんってあるよな。たとえばここから見える景色とか自然とかさ。」


どんなに清く美しいものや人にも、汚い部分はある。

知らないほうがよかったことが多く見えてしまったりもする。


「でもな浪曼。これでもかってほど近付いてよぉく見たもんは違うぜ。

本当のものをちゃんと見て初めて、自分が今まで見ていたもんがなんだったのかわかるんだ。」


ハッと息を飲んで視線を向けると、パヴェルはクルリと回り、大空に両手を広げた。


「だから俺は見たいんだ全部!

俺の知ってる何もかもを!知ることは怖いことじゃないぜ。」


流れ星が一筋流れた。


「知ることは、ロマンだ!」


その時のパヴェルは、光を背にして玲瓏に輝く、茂光の姿と被って見えた。

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