第21話 学校
長い一日だった。
ようやくパヴェルの家に帰ってきた時には結構へとへとになっていた。
外も少し薄暗くなっている。
「今日はありがとう、パヴェル。
僕のことをみんなに紹介してくれて…」
おかげで皆に受け入れてもらえた気がした。
「地球では僕はさ…なかなか受け入れてもらえなかったから…」
「………。」
パヴェルはお茶を入れながら、冷静な視線で浪曼を見た。
「別に良くね?どうして誰にでも好かれようとするんだ?」
カチャンと置かれたハーブティーの水面に、自分の情けない顔が映った。
「……どうしてだろう?自分以外の誰かに認めてもらわないと、不安だからかな…」
だから子供の頃から、たくさん勉強をしてきた。
数々の賞を取り、より多くの人に認めてもらうために。
幸運だったのは、科学という自分の好きなものを得意分野にできたことだ。
「僕は存在してもいいんだって、自分が自分を認めたいからかも…」
「自分に自信がないんじゃないのか、浪曼。」
その言葉にドクッと鼓動が跳ねた。
「茂が言ってた。
ありのままの自分を受け入れてくれる奴のことを大切にすればいいだけだって。
誰にでも受け入れてもらおうとして自分を変える必要はない。」
何も言えなくなってしまっていると、「あっ!」と突然パヴェルが大声を出した。
「やべっ、わっすれてた〜。今日夕方、パウリナの手伝い約束してたんだったわ…」
「なんの手伝い?」
「あいつの勤め先の片付けとか掃除とか。明日から新学期なんだよ。だからやること多いんだと」
「もしかしてパウリナさん、学校に勤めてるの?」
「おーそうそう。まぁまだ間に合うだろうし、ちょっと俺行ってくるわ」
「僕が行くよ!!」
パヴェルに簡単な地図を書いてもらい、徒歩でわりとすぐに小さな学校に到着した。
異世界の学校というものに単純に興味があった。
「あ、ラッキー。もしかしてまだ授業中♪」
窓から覗くと、なんとも可愛らしいエルフの子供たちが数十人、パウリナの授業を一生懸命聞いているようだ。
しかしその中で1人だけ、下を向いて必死に何かを書いている生徒がいた。
「あれ…あの子見たことあるような…」
そうだ!今朝見かけた子だ!
確か名前は……レオンくん!
一体なにをあんなに没頭してるんだろう?
あっ、パウリナ先生に気づかれて怒られてる!
〜〜〜♪
その時ちょうど、本日3回目の音楽が流れた。
朝、昼、夜に流れる、パヴェルの父が作曲したという音楽だ。
そこに歌詞をつけたのは一体誰なのか分からないが、なぜか自分だけが知っていた。
「お疲れ様です、パウリナさん!お手伝いに来ました!」
皆がバタバタと帰っていく中、パウリナは突然現れた浪曼の姿にやはり驚いていた。
「ちょっ、えっ?兄にお願いしたのに」
「今日は僕のためにいろいろと疲れさせちゃったので。僕にできることがあればなんでも言ってください。」
「あ…ありがとう。助かるわ。新学期になると言っても、ここの生徒は入れ替わらないんだけどね」
「そうなんですか?そういえばクラスも一つだけみたいですね。」
「えぇ。他にも学校は幾つかあるけどね。基本的に、一定年齢ごとに割り振っていて、100歳まではその学校に通い続けるのよ」
なるほど。成長過程が遅くて寿命が長い種族は、一般的な学校とはいろいろと桁違いだ。
「じゃあ遅くならないうちにさっそく始めちゃいましょうか」
「はい!……わっ!?」
なんとパウリナは魔法を使って物を動かし始めた。
なるほど…だからパヴェルを呼んだのか…。なのに自分が来てしまった…
「すみません、僕役立たずですよね」
「そんなことないわよ。魔法っていってもね、こういうふうに小さいものを動かしたり、隠したりすることくらいしかできないし。」
パウリナの指示通り手伝いをしながらいろいろな話をした。
今日会った人たちのことや、この星のこと、好きな食べ物の話や子供たちのこと…
彼女ともかなり打解けることができた気がした。
「地球の学校はどんな感じなの?」
「地球では、1年ごとに学年が上がっていくのが一般的ですが、年齢は関係ないんです。
何歳だろうと、能力によってどんどん上がっていきます。昔は違ったみたいなんですけどね。
今では一人一人が好きな分野の勉強だけを極められるシステムになっていて。」
「それはいいわね。全員が同じ勉強をするわけではないということね」
「はい。僕は7歳の頃から科学を学び始めました。厳密に言うと、父の影響で4.5歳の時から興味を持ち始めて」
「まぁ凄いっ!自分の興味のあることだけ突き詰めていけるのっていいわね。」
「えぇ。賛否両論ありましたけど、それぞれ向いていることと向いていないことがありますし、興味のあることを学んだ方が、皆効率よくできるんです。
そのシステムにしてから、各分野の技術進歩も格段に上がったそうですよ」
「まぁ…!じゃあエドラの教育も考えた方がいいかしら。ここでは皆同じことをしなくてはならないから…」
「昔は地球でもそうでした。差別化を図るのは、自信損失や劣等感を植え付けるとして推奨されていませんでしたから。けれど実際やってみれば、誰もがその良さに気付いた。誰しも結局、興味があることや好きなことが一番伸び、そうでないものは嫌々やっていても記憶に残らないものなんですよ」
パウリナは眉を寄せてレオンのことを思い浮かべた。
「あっ、これってもしかしてレオンくんのっ」
箱の中にたくさん入っている、"あるもの"たちを見て浪曼はかなり驚いてしまった。
「えぇ、そうなの…。授業中もなかなかそれをやめないから困ってるのよね。
でも…今日浪曼さんの話を聞いて思ったわ。
好きなことをやらせてあげないなんて、教育じゃないわよね」
パウリナは静かに笑った。
「……。パウリナさんはどうして教師になったんですか?」
「それは……」
パウリナは教室をゆっくりと見回し、それぞれの生徒たちに思いを馳せた。
「ロマンを持って生きていってほしいからよ」
その言葉に、かつての父の言葉が蘇った。
" 人は、浪漫によって進化してきた。
この世の全ての発展は、浪漫が創り出したもの。
浪漫は私たちにとって、一番大切なものなんだよ。"
「この先の未来、どうなるか分からない。
言い伝えのことがあるから、皆心の中では誰もが不安でいっぱいなの。
私たち大人の世代が死んでも、いつ終わるかも知れない未来を生きていく子供たちはこの先も生きていかなきゃならない。
あなたの子供も、その子供も、そのまた子供たちもずっとよ……」
パウリナの目の前には今、世代がどんどん移り変わる教室が見えていた。
「この先この星に希望なんか無いように見えても、子供たちにはロマンを持ち続けてほしい。ロマンは希望でしょ。」
浪曼のハッとした表情に彼女はニッコリ笑いかけた。
浪曼の手に持つ紙には、レオンの精巧な絵が描かれていた。
眩い太陽に照らされたエドラだった。
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