第20話 お菓子の家の王

ようやく辿り着いたのは、御伽噺のドラゴンの城を想像……させない、むしろもっとヤバい感じの建物だった。

いわゆるそれは、一見すると……


「なにこれ?!お菓子の家?!」


そう。別の御伽噺を連想させる、まさしくお菓子の家そのものだった。そしてかなり大きい。

とはいえもちろん本物のお菓子ではなさそうだ。

壁や屋根や窓など全てがあらゆるお菓子の形をしていた。


「え…本当にここがドラゴンのおうち?

これって絶対観光名所だよね?」


「はっ、仕方ねぇよ。中にいんのはただの悪趣味クソ野郎だし」


パヴェルはここドラゴンエリアに着いた時点からとても不機嫌なように見える。

ミレナがパヴェルに言っていた、" 大丈夫なんですか?"という言葉も気になっていた。


「アルトゥルちゃ〜んっ!かわい子ちゃんたち連れて来たわよーーん!♡」


この大きなお菓子の家に入る前からそう大声を出したスワベックにビクッとする。

するとたちまちドタバタと地響きがしたかと思えば、バンッとチョコレートの扉が開いた。


「!!!」


現れたのは、スラッと長身で大きな羽を持つ、これまた美男子。

しかし髪が真っ青だ。まるで海や空のような、完全なるブルーだった。

それにも驚いたわけだが……


「うっわぁああ〜〜っ!!」


内装までとんでもなくスイーツすぎて、浪曼の目は小さな子供のように輝いた。


「ケッ。相変わらずバカ丸出しだぜ」


「……あぁ"?なんか言ったかエルフ野郎?」


「んだ、やんのかドラゴン青頭」


突然胸倉を掴みあったため、浪曼は「へっ…」と目が点になる。


「パヴェル様とアルトゥル様は、昔っから犬猿の仲なんですよ。なんっかソリが合わなくって…」


慣れているのか、呆れたように耳元でミレナが言った。


「あぁっと!アルトゥルちゃんほらっ!お土産あるのよケーキケーキ!食べたがってた新店のよぉ〜♡」


「えっ!マジ?!気が利くじゃんスワちゃん!」


バッとパヴェルを離して瞬時にスイーツに飛びつくアルトゥルは、甘いものには本当に目がないらしい。


案内されたビスケットの席に着くと、甘々のホットチョコレートを出された。

先程甘いものをたっぷり食べてしまったせいか、胃がもたれそうだ。

しかし浪曼もスイーツ男子を名乗るほどの甘党なので、こんなところで負けてはいられないと謎の対抗心が芽生えていた。


「で、浪曼はさぁ、なんのスイーツが好きなん?」


浪曼に関する紹介を聞いたあとのアルトゥルの第一声はこれだった。


「えっ?あー、スイーツなら全般好きですよ!

地球にいた頃は本当に毎日食べてましたし!

和菓子も洋菓子もどっちも好きで…あ!和菓子っていうのはたとえば餡子とか羊羹とかなんですけど…知ってます??」


「餡子は俺も好きだぜ!俺が考案したあんパン最高なんだ!

でも、ようかん…?それは知らねぇな。なぁ作ってくれよ!」


「えぇ良いですよ!羊羹ってちょっと科学的製法が必要なんで、食べたことないかもしれませんね。お饅頭やお団子あたりはどうですかー?」


スイーツ男子2名はスイーツの話しかしなくなってしまった。


「でも俺、実は悩みがあって……」


「ど、どうしたんですか?」


あんなに盛りあがっていたのに、突然泣きそうな顔になるアルトゥルに困惑する。


「甘いもんの食いすぎで、ドクターストップかかっちまってんだよ…糖分の摂りすぎで早死するとかまで言われてて…」


プーッ!とパヴェルが盛大に吹き出し、笑いを堪えている。


「なぁっ!どうしたらいいと思う?!俺甘いもん止めるなんてできねぇ!スイーツは俺の生き甲斐なんだ!!好きなんだ!この世の何よりも!!」


「お、落ち着いてアルトゥルさんっ」


泣きながら縋りつかれてしまった。

まぁ気持ちはよーく分かる。糖分というものは、長年人類を苦しめてきた様々な病の元凶だ。

肥満や高血糖、高血圧、高コレステロール、肥満や虫歯など、過剰な糖分摂取はリスクが凄まじい。

しかし糖分による脳の快感物質によって、依存性が強いことが何より厄介だ。


「そぉだわ、ハイこれ。頼まれていた薬よ。

血糖値を緩やかにする錠剤と、虫歯のリスクを軽減させる歯磨き粉。」


スワベックが頼まれていたものはそれだったらしい。

ともかく、彼の健康のことを考えても放っては置けない。

こんなお菓子の家まで作ってしまうほどなのだから、頭の中がスイーツでいっぱいなのだろう。


「甘いもの…つまり糖分って、身体には悪影響だけど、精神的にはとても良いこともある。だから無理にやめさせようとは思わない。

地球でも昔はスイーツ断ちなんて言葉があったけどね、実は科学的な甘味料が生まれたんだ。」


不思議そうな顔をする3人を前に、浪曼はニッコリ笑った。


「たとえば、合成甘味料や合成香料とか、味はほぼ同じなのにローカロリーのものやゼロカロリーの食べ物を生み出すことに成功しているんだ。」


「えぇっ?!カロリーがないのか?!それは凄すぎるぞ…!」


「それから分子ガストロノミーで作った料理やスイーツなんかは、地球ではとても主流で、つまり科学技術を使った手法なんだけどね、見た目も味も、本来のそれそっくりにできるんだよ。」


いくらやキャビアといった魚卵なんかは分子ガストロノミーで作られるのが一般的となっていたし、ムースやクリーム、ゼリーやアイスクリームなどといったものは分子ガストロノミーで作る独創的な見た目や食感が大人気だった。

つまり地球における食文化は、ほぼ科学を用いたものに生まれ変わっていたのだ。

中身の素材もある程度コントロールできるように進化していたため、分子ガストロノミーで低カロリー高栄養にすることも簡単だった。



「やっぱ浪曼は救世主だな!!お前が来てくれたおかげで、この星の健康は維持され、全員が救われる!!!」


「誰彼お前みてーに砂糖依存症じゃねーんだよ」


「んだコラ!てめぇっ!!」


ボカスカとまた喧嘩を初めてしまったが、浪曼はここエドラヒルに不時着してよかったと思っていた。


受け入れられたい。

ずっとそう願ってきた。

必要とされる場所が欲しい。

一緒にいたいと望んでくれる人が欲しい。

そのために自分を変えたいと。

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