第17話 ピクシー族

次に行ったのは、ピクシー族……つまり妖精の国だった。


そこにはこれまでとは180度違う、全くの別世界が広がっていた。


「妖精って……本当にこんな感じなんだね……」


想像していたのはもちろんティンカーベル。

実際ここにいるのはあそこまで小さくはないが、500mlペットボトルくらいの背丈で羽の生えた、まさしく想像通りの妖精たちだった。


そして、やはりこれまた想像通り、美しい森の広がる豊かな自然が彼らの住処のようだった。


「あっ♪パヴェル〜♪」

「久しぶり〜♪エルフの王♪」

「やっほぉ〜っ♪お友達〜?」


皆歌うような声でお喋りをし、話しかけてくる。


「よぉ、お前ら。あいつら知らない?あの双子。」


「あぁ、あいつらね♪さっきまで、すぐそこで喧嘩してたの見たけど〜♪今はどこだろう〜♪」


「あっ♪いたよっ!おーーーい♪

ヤクブ〜ミレナ〜♪♪」


なにやら向こうの方からパタパタと向かってくる騒がしい男女の妖精が見えるのだが、問題は何故かものすごく喧嘩をしているということだ。


「チッ。あいつらいつ会ってもこうだな。

おいコラ!ヤクブ!!ミレナ!!

お前ら俺のお出迎え係なんじゃないのかよ!」


「あっ、パヴェル様っ!

もぉほらっ!アンタのせいで迷惑かけてるじゃないの!」


「はぁああ?!なんで僕のせいっ、はっ!だったらパヴェル様に確かめてもらえばいい!

来てくださいパヴェル様!こちらに!」


「うわぁあっ!おいっ!引っ張るなよ!てかお前らの喧嘩の巻き添いにすんなっ!んなことしてる場合じゃないんだよこっちは!」


引っ張られて連れて行かれるパヴェルが浪曼を引っ張るので浪曼は声も出せずに結局巻き添いになっていた。

陽性はこんなに小さくても実はとんでもなく凄い力を持っているらしい。


そして到着した先で目を見張った。

一面に広がるのは、天国という言葉がピッタリの、まるでこの世のものとは思えない光景が広がっていた。


「うわぁ……すっごく綺麗な花畑だね……」


色とりどりの花が数え切れないほど咲いている。


「こんなに凄い花畑見たことないよ……」


浪曼が思わず心の底から感動を言葉にすると、双子の妖精のうち、男の子のヤクブが得意げに目を輝かせた。


「そうでしょう?!毎日丁寧に面倒を見て、今朝ようやく花を咲かせたんです!エヴァ様に驚いていただきたくて!」


「だから別の意味で驚いてしまわれると言っているのよバカヤコブ!エヴァ様に何かあったらどうしてくれんのよ!!」


「でもエヴァ様は花が1番お好きだ!遠くからでも眺められるようにこんなにたくさん頑張ったんじゃないか!」


なんだか話が読めないな。

一体何を揉めているんだ……??



「あー、なるほどな。つまりお前ら、女王の症状について喧嘩してるんだな」


「えっ、症状…って、病気なの?」


パヴェルのどうでもよさげな態度は別として、花から影響を受ける病気なんてフェアリーにとっては一大事に違いないと頭が混乱する。


「それって例えばどんな症状が?」


「ここ数年、エヴァ様は外に出ると、鼻水やクシャミ、目の痒みといったものに悩まされておりまして……」


「あ……それって……」


聞いたことがある。

昔、地球において人類が長年苦しんできた症状だ。

確か名前は……花粉症!



浪曼はゆっくりとしゃがみこみ、花を観察した。

この花は恐らく……いやどこからどう見てもチューリップ、そして水仙に……たしかクロッカス。

どれも同時期に咲く花だ。

よくこんなに立派に沢山咲かせたなと感心してしまった。


「大丈夫。」


浪曼はそう言って立ち上がり、にっこりと笑った。


「これらは女王様にプレゼントしても問題ないよ」


ヤクブの表情がパァと明るくなった。


「ど、どうして?」


焦ったような心配したような疑惑の目で問いかけてくるミレナに、浪曼は落ち着いた口調で言った。


「女王様の症状は、花粉症っていって、風媒花の性質を持つ植物に反応しているんだ。

風媒花っていうのは、花粉を風によって運んで受粉し、増える植物のこと。

ここにあるのは昆虫媒花。つまり昆虫に花粉を運んでもらって増やすから、風媒花みたいに花粉を飛ばす必要はないんだ」


「「「………。」」」


「あ……ごめん。えっと……」


説明が分かりづらかったよな。

そしてまた自分の世界に入ってしまっていた。

と、浪曼は焦り出す。


「なるほど、わかりました!

つまりエヴァ様は花粉に影響を受けてしまうということですね!?」


「あ、うんそうなんだけど、人によって反応する花粉の種類は違うんだ。

でも少なくともここにある花たちには影響されないはずだよ。

問題は多分……」


浪曼は歩きだし、キョロキョロと草木をチェックしだした。


「あぁ……これかなぁ。」


どう見てもその木は、スギだった。

花粉症の代表的な植物である。


「これですか?!この木は紙を作ったり、蜜を採ったりしている貴重なものなんです!」


「うん、そうだね。

スギは使い道が豊富だからね。でも花粉の強さはすごいんだ。地球人も長年これに苦しめられてきた歴史がある。」


風媒花は一般に花が小さく、派手な色や香りを持たないことが多い。

昆虫や動物による受粉を引き寄せるための特徴が少ないからだ。

その代わり、多くの花粉を作る。


「昆虫や動物が花に直接訪れないからね。

花粉が風によって遠くまで飛散して他の花に届く必要があるってわけ。だからその凄い量の花粉にアレルギー反応を起こす人が割と多いんだよ。

この星の季節のことは知らないけど、地球だと春とか暖かくなると特にね。」


ここエドラ星は年中暖かいように感じる。

砂漠も大自然も珊瑚礁もあるからだ。

太陽が出ないのに、それも不思議な話だ。


「じゃあとりあえずこのお花たちを摘んで、エヴァ様にお見せしても大丈夫ということですね♪良かった♪」


ヤクブはさぞ嬉しそうに花を摘み始めた。


「そんなんじゃダメよ!センスないわねヤクブ!」


「はぁっ?!なにすんのさ!」


「こうしてちゃんとバランス考えて!美しい色合いに組み合わせて花束を作らないと!」


微笑ましいその光景を見ながら、浪曼は考えた。


フェアリーが花粉症なんてそんなことがあるんだなぁ。


現代の地球ではもうとっくに花粉症の特効薬や、人体に影響しない花粉の苗が流通していたため、症状に怯える人はいなくなっていた。

つまり、浪曼が生まれた時には既に、花粉症という概念はなくなっていたのだ。


それはまさに、科学者たちが何十年何百年と苦労を重ねて実験を続けた努力の賜物だった。


だからここでも、しっかり効く花粉症の薬の作り方を教えないと。

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