第16話 巨人族の食事情
「自己紹介が遅れたね。
私はピエトル。巨人族の3代目王です。」
「寝坊助すぎて不安しかないから、業務はほとんどミコワイ叔父さんにやってもらってるお坊ちゃんさ」
パヴェルがバカにしたようにそう言い、大きすぎるマグカップをよいしょとテーブルに戻した。
バケツのように大きいマグカップを両手で持って、熱々のコーヒーを頂くのはなかなか大変なのは確かだ。
「先代の王、私の父も、パヴェルの父上と同じように例の襲撃時に戦いに参加しそのまま帰らぬ人となってね。
だから私もパヴェルも子供の頃から早くに即位したわけだけど、まぁ私の場合はパヴェルの言う通りほとんど叔父任せだよ。」
ミコワイが向こうのキッチンで料理をする音が聞こえる。
とても良い匂いがしてきて盛大にお腹が鳴ってしまった。
「ご、ごめん!ここへ来てからほぼ何も食べてなくって」
浪曼が、鳴ったお腹を恥ずかしそうにさすると、パヴェルがコソッと耳元で言った。
「俺がランチ時を狙ってここへ来た理由がわかるだろ?」
「へ?なに、どういうこと?」
「はぁ?お前マジでわかんねーのかよ!薄々気づいてたけどもしかして結構天然?」
天然……確かに昔からたまに言われてきた。
むしろ天然か変人としか言われてこなかった。
「そうなのかい?それは大変だ!」
「え!いや、えっとっ」
「叔父の作る料理はとーっても美味しいんだ!期待していてよ!」
あ、そっちか……良かった。
と、何に安心したのか自分でも分からなかったが、運ばれてきた料理にようやくパヴェルの意図を理解した。
巨大な料理たち。
つまりパヴェルがここを選んだ理由……
普通の大きさの自分たちにとっては、きっとはち切れんばかりにお腹いっぱい食べられるからということだろう。
だからわざわざ今まで訪問してきた小人族、人魚族、砂漠族の食事のお誘いは断ってきたというわけだ。
「わぁ、すごいっ……!い、いただきます…」
並べられている異常に大きい料理たちは、地球で見たことのあるようなものも多少あった。
創作寿司みたいなものや、何かの揚げ物や煮物たち、小籠包のような包物、パスタやピザ……
バラエティ豊かで見た目も匂いも良いご馳走が並んでいて目を奪われる。
腹ペコだったため、どれを食べても美味しくて無心に頬張った。
それにしても……明らかに地球の和洋中の料理からアイデアを得ているようにしか見えない。
やっぱり茂光さんは地球人だったんじゃ…?
美味しいと連呼しながら頬張り、ふとパヴェルを見ると、思っていたよりもあまり食べていなくて驚いた。
もしかして…パヴェルは少食?
ってことは、僕だけのためにここへ…?
「お腹いっぱい……苦しい……
ご馳走様でした…!」
パッと見は、浪曼もほんの数口しか食べていないように見えるが、実際はこれまでにないほどかなり食べたと思っている。
巨人サイズの食事を普通サイズの人が挑戦するのは案外楽しいものだなと思った。
「ミコワイさん本当に料理上手なんですね。地球にある料理にも似てます」
「料理本やレシピはたくさんあるからな。各種族によって多少料理の趣向は違うが、使っている食材はこの星内のものに限るから全く同じ。
お互いに輸出入し合って食を賄ってるんだ」
なるほど。各エリアによって特産物は異なることは当たり前だし、レシピは茂光さん伝授のものもあるかもしれないが、この星の生物たちもみんな相当クリエイティブだろう。
たからもっといろいろな料理に挑戦してみたいと浪曼は思った。
「叔父さんは、兄である私の父が亡くなってから、やたら料理に没頭するようになってね」
耳元でピエトルがコソッと囁いた。
「だが巨人族の間では昔から1つ問題があってな……」
「問題?どういう……?」
ミコワイはパンを片手にとって深刻そうに言った。
「小麦や米といった我々の主食である穀物が、このままいくと人口増加に追いつけなくて、足りなくなるかもしれんと推測されているのだ」
「それでなくても、私たちは巨人だからね。
食べる量は普通の種族の2倍3倍だし、将来を見越してますます大量の食料を賄わないといけない。」
2人の話に、浪曼はハッと気がついた。
穀物に最も必要なものは日光。そして良質な土と水。
ここの星は、太陽が出ない。
しかし日光が無いというわけではなく、常に隠れてしまっているというのが正確なため、紫外線や陽の光というものは僅かながら微量な明るさと共に入り込んできてはいる。
それに加えて、それぞれの種族と茂光さんの工夫によって、動植物はなんとか育つことができ、食料も水も賄えているというわけだ。
ほんの少しの微量な日光で電気を作るための発電装置も各地域に取り付けられているのを今日はたくさん見てきた。
「エドラ星の穀物はここ巨人族地帯が全体の8割を占めているんだ。このままだと他の種族への輸出も危うくなってくる。」
人口の増加によっての食糧危機。
それは地球でも何度も直面し問題視された課題だった。
実際、2500年に人口爆発による数々の問題によって戦争が起き、大量の人間が死んだため食糧難が若干の緩和。
その100年後には大規模なテロによる間接的大量虐殺ではないかとされる陰謀によってまた大量に人が死んだ。
3000年に突入する頃にはこのような歴史を数え切れないほど繰り返しており、現在は昔に比べてそこまで多くない人口によってどうにかできていたのが地球だった。
しかし、食糧生産の改善は人類の大きな科学目標として最優先に掲げられてきた。
「ちなみになんだけど、穀物や野菜果物を栽培する時の肥料って、どんなものを使っているの?」
浪曼は今まで何度も食糧生産における科学にも従事してきたので、尋ねてみた。
「主に落ち葉や藁を腐らせたものや、ホビットから輸入した鉱石を粉砕してカリウムを肥料に加工したものだな。」
「なるほど……堆肥とカリ肥かぁ。」
堆肥や腐葉土などの有機肥料は、土壌の保水性や通気性を改善し、微生物活動を促進する。
そしてカリ肥料は、植物や果実の発育や病気に対する抵抗力を高めるのに重要だ。
「それなら一度、リン酸肥料や微量元素肥料を加えてみてはどうかな」
「おぉ……肥料にする概念はなかったな。
リンはたまに食品加工に使ったりしていたが……」
「リンがもう既に鉱石とかから取れる状態なら、リン酸作りは早いよ。
方法はいくつかあるけど、酸素と完全燃焼させるか、酸化させるのが1番簡単かな。
そしたらそれを、肥料に加工して、植物たちの根元に埋めるんだ。」
「す、すごい知識だねぇ浪曼……」
「さっそく皆を集めて始めよう」
「あ、ちなみにね、今あるカリウムの肥料と合わせてリン酸カリウムを作ったらもっと効果が出るはずだよ。
植物って主にカリウムとリン酸を栄養素として取り込む性質があるんだ。」
「ほぅ、なるほどな。その成分なら俺も勉強したことがある。
でもその、微量元素肥料ってほうはなんなんだ?」
パヴェルが興味津々に言った。
やはり彼は、茂光の影響で科学に普通より詳しく、興味があるようだ。
「実はそのことなんだけど、含まれる微量元素が沢山あってね。それらを一つにまとめたナノ粒子肥料っていうのを作ろうと思うんだ。」
微量元素肥料は、植物に必要な微量元素(亜鉛、鉄、マンガン、ボロン、銅など)を含む肥料であり、これらの元素を植物に効果的に供給する目的がある。
地球では、それをナノ粒子化して様々な用途に、より簡単に使用できるとして、実は浪曼が長年の研究の末に考案したのだが、毎度の如く横取りされた。
そういうわけで、浪曼はまたここでも一役買って、巨人族にさぞ気に入られることとなったのだった。
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