第14話 砂漠の女王
しばらく歩いていくと、立派な宮殿のような場所にたどり着いた。
ほぼ顔パスで警備員を通り抜け、中に入るシモンの後を追う。
そして1つの部屋に現れたのは……
「えっ、かっ、かわっ……!!」
可愛すぎる……!!!
そこにいたのは耳としっぽのある、なんとも愛らしい幼い女の子のフェネック人だった。
可愛いものに弱い浪曼は目をハートにしてしまった。
正直言えば、てっきりクレオパトラのような女王を想像していた。
良い意味で今、期待を裏切られてしまったわけだ。
「御無沙汰しております女王陛下」
その光景に思わず生唾を飲み込んだ。
なんとあのパヴェルが跪き、女王の手の甲に唇を寄せたのだ。
ということは……もしかしたらこの女王、実はめちゃくちゃ気難しいか、恐ろしい非情さを持ち合わせた厄介な性格なのか……と、いろんなことを考えてしまった。
「ふんっ。妾に媚びを売って今度は何を企んでおる」
その可愛らしい姿とは別人のような話口調には驚いてしまった。
声は完全に子供なのだが。
「はぁ〜っ……」
パヴェルはため息を吐きながら立ち上がり、
「企んでるってなんだよそれ。お前毎回これやらねぇと口開いてくんねぇじゃねーか」
いつもの彼に戻っていて浪曼はある意味安心した。
「あっ、浪曼兄貴、紹介するっすね!
こちらが砂漠族の女王、シンシア。
俺の妹っすよ」
「えっ?妹なのぉ?!」
まぁ顔はとても確かに似ている……
でも態度は全然違う気が……
「おー、そんでシンシア、メールで言ったのはこいつのこと。
なんとこいつが地球から来た例の、光をもたらす者なんだぜ!」
また毎度の如く、パヴェルが得意げに言った。
「はっ。面白い冗談だ。」
「冗談じゃねぇっての」
「まぁそこに座れ」
ということで、とりあえずテーブルにつき、世話係だと紹介された年配の執事が出してくれた冷たい飲み物を、乾いた喉に流し込んだ。
「美味しい……」
思わずそう呟いてしまった。
砂漠地域は気温が高く、乾燥しているせいもあるかもしれないが、この得体の知れない味のドリンクが妙に美味しく感じた。
「不思議な味だけどなんだろう……一口で体が一気に潤う感じの……」
「これは砂漠のオアシスの水と、喉に良いらしいレモンと蜂蜜とスパイスを調合した飲み物なんすよ!我々砂漠の民にとって、いかに効率よく潤いを取るかは重要っすからね」
「へぇ、そっか。やっぱりここは乾燥が激しいんだね。」
そういえば……と浪曼の脳が回転した。
「潤い成分といえばグリセリンなんだけど、植物からも動物からも取る事が出来るんだ。
それを飲み物や食材、医薬品とか、いろんなものに混ぜることによってかなり乾燥を軽減することができると思うんだけど……」
3人の、何言ってんだこいつみたいな目線に気が付き、ハッ!と口を噤む。
また自分の調子で話し出す悪い癖が出てしまった。
「おぬしそれ……」
「え?」
「それ、作れるのか?」
「あ、はい。ヤシの木があれば、パーム油が取れるのでそれを加工して…」
「やるのじゃおぬし!」
「ヤシの木ならすぐそこにたくさんあるっす!」
「あ、じゃあまずはヤシの実や種子から油を抽出しなくちゃならないから」
「カミル!今すぐヤシの実を持ってくるのじゃ!」
「かしこまりました。シンシア様」
執事のカミルは電話をかけ始めた。
シンシアはこんなに幼いのに、結構女王っぷりが凄いと思ってしまった。
まぁ行動力があるのは良い事だとよく父が言っていたし…わがままとは違うよなと浪曼は自分に言い聞かせる。
「な?言ったろ、こいつは只者じゃないって。
なんたって光をもたらす者なんだからな!」
またそれかー……。
「お待たせ致しましたー!ヤシの実のお届けでーす!」
「えっ、早っっ」
カミルとほか数名が10個ほどのヤシの実を運んできた。
「これで足りるのか、光をもたらす者よ」
「あ、うん充分だよ。ていうかよく考えてみたら、パーム油を摘出するための機械が必要で……それは僕のロケットの中にあるんだけど」
「なんだおぬしパーム油が必要なのか。
パーム油はうちの特産品。無限にあるぞ」
「えぇっっ。あっ、そっかごめん言い忘れてて……。ならヤシの実はいらないよ……ご、ごめんなさいカミルさん。」
「いえいえ。どうせシンシア様が好むヤシの実ジュースを作るのに使いますので」
「あっ、なるほどヤシの実ジュースで実験しよう!」
キッチンへ案内してもらい、大量のパーム油と水を加熱した。
これによって、グリセリンと脂肪酸に分解できる。
そうして加水分解した混合物から、グリセリンを取り出す。
次に、グリセリンを中和し、不純物や余分なアルカリを取り除く過程に入った。
その流れるような手早い速さに、一同ただ目を丸くしていた。
「すっげぇなやっぱお前って……俺も加水分解くらいは経験あるけど、混合物から特定のものを取り出すプロセスは、まだ上手くできたことないんだぜ」
「まぁ慣れだよそんなの。僕は小さい頃からこういう遊びばかりしていて……なにしろ友達いなかったし、こういうことをしている時間が唯一、大好きな自分の世界に入れるときだったんだ。」
人って誰でもそうなんじゃないかと思う。
なんでもそうだ。
ただ好きで無心になれることをひたすらやっていれば、気がついた時には誰にも届かない所に達していて、各分野のそういう人のことを、人は天才と呼ぶだけだ。
「よいしょ。それで、これを最後、蒸留して精製。つまり、純度を高めるんだよ。」
本来ならばこの全ての過程を終えるのに最低丸1日はかかってしまうだろう。
しかし浪曼は、これらを最小限に時間短縮するやり方を独自にマスターしている、実質上地球で特許を持っている科学者だった。
「まぁ、横取りされたわけなんだけどね」
「へ?なにがっすか?」
「あ、いや……地球にいたときさ、僕の科学者としての発見は、全部誰かに盗まれてしまっていてね」
「は?!なんだよそれ?!」
「けしからんなやはり人間というのは!」
「うん、そう……人間ってのは醜いのさ。
己の利益以外は目に見えない人たちばかりでね。
だから僕はもう……疲れてしまって。」
残留を終えたグリセリンを、クルゴンが用意してくれた丸ごとヤシの実ジュースに混ぜた。
「だからこの星に辿り着いたわけ。これも何かの縁かもしれないな……はい。できたよ。」
全員で乾杯し、グリセリン入りのヤシの実ジュースを試飲した。
「「おいしい」」
「うまいっ」
「うんっ!」
「体の乾きを潤す他に、喉の炎症を抑えたり、傷の治りを早めたり、いろんな用途があるから何に混ぜて使ってもいいんだ」
「凄い!最近は俺たちの足の裏が荒れること多いからそれにも使えるっすね!」
「え?足裏?砂漠で擦りむくの?」
「妾たち砂漠族の足は、どんな砂の上でも飛んだり滑ったりいくらでも耐久性があるのだが、砂の質が年々変わってきていてな…」
シンシアの耳が徐々に垂れ下がっていく。
砂の質が変わっているというのは、日光や雨などの自然によるところが大きいのだろう。
「あと数十年後には、ここエドラ星は無くなるのではないかと言われている。」
「えっ?!そんなっ……」
いや、そうはさせないようにするのが自分がここに来た役目なんじゃないか?
「太陽の光が出ないせいで、夜間は酷く冷え込むんすよ。寒暖差が年々激しくなっていくから、体調を崩す者も多くなって…」
「海質も陸質も気質も、全てが日に日に少しづつ悪化していってるんだろうな。
ま、茂も、日光は生きる上で元も重要だみたいに言ってたし……その恩恵が何百年もない土地となると、何ら不思議じゃねぇよな…」
シンシアに続いて、シモンとパヴェルも悔しそうにため息を吐いた。
「僕が、どうにかするよ。」
顔を上げた3人に、真剣な浪曼の視線が交わる。
「僕が、この星を救う。」
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