第11話 宇宙周遊の本当の理由
「きゃぁあ~っ!パヴェル様ぁあっ!」
ドンッ!
「わっ……!」
突然押し飛ばされた浪曼はよろける。
どこかから瞬時に泳いできたのは、これまた見目麗しい女性の人魚だった。
「もぉ~っ!随分とご無沙汰じゃありませんか!何してらしたんですか〜?!ワタクシを放置して!」
「あぁ?なんだよ放置って。マジでお前さ、俺のなんなんだよアニャ。勘弁してくれ」
腕を絡ませるアニャという人魚を、ウザったそうに払い除けるパヴェル。
誰がどう見てもアニャがパヴェルにゾッコンなのは明白で、無視を貫くパヴェルにはお構い無しに、アニャはしきりに何かを話しかけている。浪曼のほうには一切見向きもしないため、もはや気がついていないかもしれない。
宮殿を歩いていってたどり着いたのは、色とりどりの魚と珊瑚でできたカーテン。
それが可憐に開かれ、王冠を被って椅子に座っている、これまた威厳のある人魚がいた。
「マルチン!ちょっと遅れちまってゴメン」
「パヴェル、ようやく……ん?なんだアニャとデートをしていたから遅くなったのか?ならまぁ良いが」
「いや違うけど。フツーにホビット爺さんとこ行ってただけだけど。」
「にしても、実に1ヶ月ぶりだな。
我が娘を放ったらかして一体どこの誰と……
ハッ!まさか砂漠族のシンシアではなかろうな!」
「なっ?!パパそれ本当?!そうなのパヴェル?!」
「なんだそりゃふざけんな。ロリコンじゃねぇんだわ。
つか親子揃って人の話聞かねぇな相変わらず」
全く話が噛み合っていない上に、自分は無視されているので浪曼はいろんな意味で心配になってきてしまった。
この人魚の王が人間嫌いだと聞いていたため、自分がどう出ていいか分からないし、なによりこのマルチン王……威厳威圧が半端じゃない……!
対面しているだけで怯んでしまいそうなほどに凄まじいオーラを放っている。
「ん?して、メールで言っていた、私に紹介したい者とは、そこにいるなんの特徴も無い若者のことか?」
なんの特徴もない……
まぁ確かにそうだけども、改めて言われるとなんだろうこの微妙な気分……。
「そ!浪曼っつってな、こいつは太陽を作る人間だ!」
「「ににににニンゲン?!」」
ビシっ!!と周りの警備人魚たちが、一斉にこちらに槍を向けてきて、ヒッと声を出す。
「やめろよお前ら!んな警戒することねぇだろ?!」
やれやれと息を吐いているパヴェルの傍で、人魚親子は息を飲んで目を丸くしている。
「今朝、地球からロケットで不時着したんだぜ!」
あ、そうかまだ1日も経ってないんだ。
ということに今更気がついた。
「そんで、とにかく科学に詳しくてさ、ほら、どことなく茂光に似てるだろ?」
顔を近づけ、ふーむ…と目を細めるマルチン王。
「地球になんかあったらしくて帰れなくなったんだと。だからこの地で太陽を作って暮らすって意気込んでんだから、エドラ総出で協力してやろうぜ」
「だがスパイだったりしたらどうする?
70年前の襲撃に来た奴らのリベンジの可能性も……」
「70年前の人間なんて死んでる可能性のが高いし、浪曼はそんな奴じゃねえよ。話してみりゃ分かる。
こいつは…光をもたらす者だ。」
たくさんの視線を浴びる中、パヴェルのその言葉にどことなく照れ臭くなる。
「…お前がそこまで断言するなんてな……。
しかし、人間を信用することはそう簡単にできることではない。しかも根拠がただの勘というのは如何なものか」
「は~ったく相変わらず頑固だなぁ
そんなんだから、1番上の娘の反抗期を止められなかったんじゃないのぉ~?」
「なっ?!何を言う!モニカのことは今関係ない!」
なにやら言い合いを始める中、浪曼はあることに気がついた。
「……あれ?なんか王様、鱗から血が出てません?」
浪曼は、マルチン王の鱗が一枚剥がれそうになっているのを発見した。
「ん、ん?あぁこれは、近頃の水質の原因らしくてな……私だけでなく、ほかの人魚や海洋生物たちに影響を与えていて……困っているところだよ」
どうやらマイクが言っていたことは本当だったらしい。
「そんなことよりだパヴェル!さっきの言葉を取り消せ!モニカが私のことをクソオヤジだと思っているだと?!」
「クソオヤジなんて言ってねぇだろ……まぁ本人は言ってるかもだけど。
まぁとにかく今どきの若者ってのはな、頑固オヤジなんて嫌いなんだよ!時代遅れってこと!」
「あー、パパまた絆創膏剥がれてる〜!もおっ」
絆創膏を取り出すアニャを、浪曼は「ちょっと待って」と止め、それをまじまじと見つめた。
水中でも粘着力が落ちない絆創膏……か。
でも今の現代にはもっと画期的なものがある。
浪曼はミニバッグからポーチを取りだした。
大きなテープのようなものを取り出すと、ちょうど鱗の大きさに切り取った。
これは、どこを切っても用途に合った大きさの絆創膏を作ることが出来る。
しかも治りがかなり早い特殊なものだ。
現代ではもうとっくにこれが主流となっている。
そしてそこに先程マイクに使用した軟膏を塗った。
「あ、そうだ。ついでに消毒もしといたほうがいっか」
特殊なガーゼを取り出した。
それはもう既に消毒液が染み込んでいる、一切乾くことのない優れものの消毒ガーゼ。
しかも、どんな傷にも染みないところがポイントで、現代ではもうほとんど液体は使われていない。
「よし……と。はい、これで良くなると良いのですが」
言い合いをし続けている中、浪曼はマルチンに消毒をして軟膏入り特殊絆創膏を貼る治療を終えた。
知らぬ間に完璧な治療を施されていることに気がついたマルチンは、ようやく口を閉ざした。
「おぉ、痛くなくなったし、血も止まったようだ!ありが」
「浪曼浪曼!アタクシのお肌の乾燥はどうにかならない?!」
王を遮って顔を近づけてきた姫の肌は、確かによく見ると荒れていて、しかも痒がっている腕も乾燥している。
亀のマイクが言っていたように、海に様々な弊害が起きていることはやはり本当だったのだ。
「この海で今起きているトラブルを、僕が全部解決します。水質を変えるのも、なんとかやってみます。」
おぉ……と周りから感嘆の声が聞こえた。
海の生物たちも寄ってきて、浪曼の意気込みを見つめている。
「思えば僕は昔から、自分の趣味で誰かを助けられる人になることを目指してた……。
未知のことを探求するのが好きで…それが誰かのためになって褒められると、すごく嬉しかった。……でも……」
浪曼は思いを馳せるように、どこか悲しげに微笑んだ。
「ごめん、パヴェル。
研究のために宇宙飛行してて、たまたまこの星に不時着したっていうのは、嘘なんだ」
「えっ?」
「本当は僕、地球が嫌になって逃げてたんだ。思い通りにいかない日常から……」
僕は幼い頃から変わり者の天才と言われてきた。
普通じゃないものの考え方をするし、誰も疑問に持たないようなことを気が済むまで調べあげないといられないタイプだったからだ。
数百年前から飛び級制度になっている人類社会では、僕はかなり進級の早い方で、10代前半で既に大学を卒業していた。
僕は父のように、早く立派な研究員になりたかった。
だけど実際なってみると、人間関係をほぼ学んでこなかった僕にとっては、社会というのはただ良いように使われるだけの場所だった。
成果は全て横取りされ、若さと能力を嫉妬され、虐められ、完全にストレスの捌け口と駒のようにされていただけだった。
約8年間……
いつかは好きな研究をさせてもらえるはずだと淡い希望を抱きながら、今思うとよくそんなに長いあいだ我慢してこれたなと思う。
唯一の癒しは、自分が作ったロケットで宇宙周遊をすることだった。
無限大に広がる宇宙を浮遊している時だけ、現実から逃避できた。
無限大の可能性と夢を見させてくれている錯覚に陥ることができた。
だから、このまま好きなだけここにいようと、気がつけば3ヶ月間も宇宙にいたのだ。
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